第126話 時の歪みし神殿

「この神殿の中では、外の世界よりも高速で時間が流れていたりするんでしょうか」


 サラッとおっかないことを言うセレネ。

 本人は無表情なのでどう思っているのかよく分からんが。


「前回はそんなことはなかったが、クロノスがこっちの迷宮に来たのはつい最近か。しかし、時間魔法ってのはそんな大掛かりなことが出来るのか?」


「超越者ヒュドラの一部であった頃のクロノスなら、迷宮ひとつの時間を進めるくらいは出来てしまったかもね。今はそこまでではなくとも、代わりに『迷宮の力』とやらを使うことが出来るのだろう?」


 全ての封鎖地域の魔力を集めた『迷宮の力』。

 終末化現象をも引き起こしかねないというその力は、使いようによっては超越者の力をも上回るのだろう。


「神殿内の時間を進める……。そんなことをする理由はなんだ?」


「その前に先輩、カオスとクロノスの目的が分かりません。エキドナと同じ不老不死なんですか?」


「あいつらはエキドナとは違う考えがあると言っていたが、不老不死を目指さないとは言ってないな」


 神殿の時間を進めた理由について、モニクが見解を述べる。


「考えられる理由としては、超越者を目指しているというものがあるね。彼らなら時間をかければ超越者に至ることは不可能ではない。ただ、普通はその前に寿命が尽きてしまうからね。その程度では素質があるとはいえないのだ」


「奴らは本来、超越者化する前に寿命が尽きるはずだったてことか? でもクロノスの特技で、その辺をなんとか出来てしまうかもしれない、と」


 クロノスは去り際に、自分たちは今よりも強くなると予告していた。

 奴らが居るのは迷宮の先だ。

 対超越者結界がある以上、アネモネやハトホルの助力は頼めない。

 時間をかけるほどに、俺たちは不利になっていくことになる。


「本当に外の世界と時間がずれているのか、一度戻って検証しよう」


 モニクとセレネが頷き、ミノもコクコクと頭を振って同意した。




 迷宮内に侵入したときは時間を計っていなかったが、外では特におかしなことは起きていなかった。

 スマホの時刻を調整しても変化は無い。

 より正確に計るため単独で神殿と地上を往復し、セレネの持つスマホとの時刻を比較する。

 結論としては――


「先輩に向こうで十五分待機してもらいましたが、こちらとの時差は全くないですね。神殿階層にタイムマシン的な効果はなさそうです」


「今はもう、と付け加えるべきかもしれないかな。アヤセはどう思う?」


 申し訳ないが、最悪の事態しか想像できない。


「クロノスの用事は既に終わっている。つまり奴らはもう超越者になってしまっている可能性があるな……」


「もしそうならハイドラとブレードだけで勝つのは難しそうですね。私も手伝うので別の手を考えましょう」


 セレネは常に淡々と言うので、絶望的な状況でもぱっと見は普段のままだ。

 ちょっと笑いそうになってしまった。


「ああ、そうだな。取り敢えず当初の目的通り、神殿階層の先を調べよう」


 気を取り直して、再び迷宮へと向かう。




 神殿の二階にはひとつ気になる部屋がある。

 七体のドゥームフィーンド・オリジンが眠る、あの部屋だ。


 部屋に到着すると、鑑定索敵で内部の様子を窺う。

 敵の気配は無いが、慎重に扉を開けた。


 …………。


 中を見て絶句した。

 一部予想していたし、一部は予想外だったというか。


 オリジンたちは、カプセルの液体の中で白骨化していた。

 衣装が無ければ、どれがどのキャラクターなのか分からないレベルである。


 ただ、一体を除いて――


「これがハイドラと同等の肉体を持つという、ドゥームフィーンド・オリジンですか?」

「大半は既に朽ちてしまったようだね。ところでこの残ってる一体は?」

「そいつは『ローグ』。他の六体に比べてちょっとだけ出来が良かったらしい」


 この神殿の中でどれだけの時間が経過したのか分からないが、こうも綺麗に白骨化するほどとはな。

 そして、その長い時間にも耐える肉体を持つローグ。

 他とは微々たる差だったらしいが、それがこの結果につながったのか。

 これだけの器も今のヒュドラたちには不要であるらしく、室内は完全に放置されているようだ。


 ミノはローグのカプセルに近寄るとすんすんと匂いを嗅いでいた。

 モニクはローグや白骨を鑑定しているようだが、有用な情報は得られないらしい。


「先輩、これそのうち悪用されたりしません? 火葬して灰にしておきますか?」


 サラッと怖いことを言うセレネ。

 ブレードも似たようなことを言っていたが。

 ローグは別に死体ではないし、燃やすのはあんまり見たくない光景だなあ……。


「いや、放っておこう……」


 その部屋を後にして、前回は上らなかった三階への階段へと向かった。




 三階も神殿内の風景は代わり映えしなかった。

 何階まであるのだろうか。


「他の部屋には寄りますか? それとも最短で階段を目指します?」

「可能なら最短かなー」

「少し待っててください」


 セレネの魔力の気配が広がるのを感じた。

 それはあっという間に俺の知覚範囲を越えて広がっていく。


「見つかりました。では行きましょう」

「えっ? うん……」


 階段、もう見つかったの……?

 元ダンマスだけあって、鑑定の射程距離がとんでもない。

 俺たちはセレネの後を大人しく付いて行った。


 そして四階への階段に到着した。

 さらば三階。短い付き合いだったな……。

 これ、一日で何処まで進んでしまうのだろうか。

 帰り時間も計算して慎重に進まないとな。


 という心配は、六階に上がったところで終止符を打たれた。


「先輩、悪い知らせと悪い知らせがありますけど、どっちから聞きます?」

「それじゃ悪いほうから……」


 って、どっちも悪い知らせやんけ!


「ひとつは、ダンマス級のヒュドラ生物が一体、次の階段前を塞いでいます。……もうひとつは、向こうもこちらに気付いてますねこれ」


 セレネの索敵に弱点があるとすれば、魔力を広範囲に撒き散らすので、索敵される側がそれなりの相手だと気付かれるということか。

 しかしダンマス級ね。強さの基準がよく分からなくなってきた。

 前回のイルヤンカみたいな特殊型はさておき、通常のダンマスなら正面突破も視野に入る。

 進むべきか退くべきか。




『何をモタモタしておる……。わしに今戦う気はない。オロチに話がある。さっさと来い』




 念話……!

 俺の索敵範囲の外側からかよ……。


「んなこと言ってるけど、どう思う?」

「会ってみよう。ボクも話を聞いてみたい」


 そうだな。情報は少しでも集めておきたい。


「セレネは召喚で援軍とか呼べるの?」

「通常モンスターはもちろん、進化したユニークモンスターも転移で喚び出せます。ただ、ここは場所が狭いのでゼファーのような大型は喚べません」


 ……は? 転移召喚?

 いつの間にそんなことが出来るようになったんだ?


「神殿階層と他の場所って、ウィスプの念話も届かないけど?」

「夢幻階層で中継できなかったら、多分私の召喚も使えなかったと思います」


 なるほど、セレネの転移も当然距離制限はあるのだろう。

 でも夢幻階層の元ダンマスであるセレネは、夢幻階層と転移門で恒常的につながっている場所であれば、迷宮間の距離は無視してドゥームフィーンドを召喚できるのか。

 ならば戦力的には問題あるまい。


「よし、行ってみるか」




 六階の最奥に進み、その扉の前に立つ。

 ここまで来れば、俺にもその気配ははっきりと感じられた。

 ヒュドラ生物特有の敵意が無いわけではない。ただ、戦意は感じられない。

 今は戦う気がないというのは、本当かもしれない。


 扉を開いて、中を見た。

 部屋の奥には騎士のような鎧姿の老人がひとり立っており、こちらを見据えている。

 無言で中へと進んだ。

 続いて入ってきたモニクが老騎士へと声をかける。


「やあ、ケクロプス。久しいね。キミがこの神殿の主なのかい?」

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