第123話 望んだこと

「アヤセ……その威力だと……」


 モニクが何か不穏なことを言いかけてる気がするが。

 今更調整とか出来ないんだが?

 これは攻撃用の魔法ではない。だから何も壊さないはずだ。

 ……そうだよね?


 これは、モニクの《死の権能》から着想を得た魔法なのだから。


 世界蛇の牙は、エキドナどころか瓦礫の街を包み斬り裂くかのような光を撒き散らす。

 今は昼間なので、モニクの権能に比べると絵面は地味だ。

 そして、実体があるものを何ひとつ壊すことはない。

 これでいい。


 魔法の核を絶たれたブレスの力が。

 エキドナの喉の奥、体内に至るまで全て消失した。


 竜の纏う力が。

 九つ首を捕食したことで得た膨大な力が消え失せる。


 地面の下、迷宮を覆う対超越者結界が。

 ダンジョンマスターが役割を放棄したがために、いとも容易く砕け散る。


 迷宮を満たす魔力が。

 大地の奥底までその毒を分解され、消失していく。


 大気を満たすヒュドラ毒は急速に浄化され、街はかつての空気を取り戻していく。


「これは……アヤセ、キミはエキドナだけでなく――」


 俺とモニクとハイドラ、そしてエキドナを残し。

 この街から魔法由来の何もかもを、きれいさっぱり消し去っていく。


「封鎖地域を…………迷宮を、斬ったのか!?」


 そして、役目を終えた《世界蛇の牙》は砕け散った。

 光の粒子となって、世界に還元されていく。


 たった一発撃っただけでこのザマか。

 これではもう、世界蛇の召喚はできないな。


『な……なんだ……今の力は……貴様は……何者だ』


 ……フン。

 お前になんざ、自己紹介は不要だよ。


 竜の鱗は透明化の能力を失い、巨大なトカゲがその全貌を現していた。

 そして、こいつに止めを刺すべき者は俺ではない。


「今だ! ハイドラ!」

『今だじゃねえよ! あたしが溜めてた波動双掌破まで消えちまったじゃねえか!!!』


 波動……なんだって?


「真面目にやれ!」

『大真面目だよ!』


 そう……。


「ハイドラ、思い出せ! テュポーンをふっ飛ばしたとき、お前は拳銃を使うことで魔法の威力を増した。架空の必殺技よりも、現実の武器のほうが魔法のイメージが容易だったんだ! その感覚を掴め!」


『そ……そうか! 分かった、分かったぞ!』


 ハイドラは潜伏していたビルの窓から跳び出し、驚異的な跳躍力でもってエキドナの頭上、その眼前へと跳び乗った。


 あ、あいつ!

 狙うのは口の中だって言っただろうが!

 頭の上に乗ってどうする!


 こうなったら仕方がない。

 あいつがやれるっていうなら、そのまま攻撃するしかない。


 どのような力を求め、どう戦うか。

 そのためのヒントはもう教えた。


 ハイドラは右手首を左手で掴み、精神を集中する。

 ハイドラはヒュドラの後継者。

 迷宮を創り眷属を造る者。

 その能力の真骨頂は――《創造》だ。

 魔力の光が収束し、その手に宿敵を屠るための武器が顕現する。


 それは片手で撃ったら肩が外れそうなほどのゴツい銃で――


 ん……? その銃……。


 ハイドラの着る服が、光の粒子に包まれその形状を変えていく。

 光が収まり現れるのは、黒い衣装……。

 ファンタジー世界から抜け出てきたような奇抜な装備。

 そして、風に棚引くボロボロのマフラー。


 あ、あれは……『サーベラス・オブ・ザ・デッド』!?

 ――のコスプレ?


 ち…………。

 っっっが~~~う!!!

 そっちじゃねえ!

 俺の言った意味と全然違う!

 しか合ってねえよ!!!


 頭上のハイドラを振り落とすべく、エキドナが頭を振るう。


わらわは……死なぬ……不老不死は……神の座は……すぐ……そこに』


 ハイドラは銃口を真下にあるエキドナの眉間に向け――




『地の底から蘇りし者よ――今度こそ、永遠の眠りにつくがいい』




 ……はい?

 突っ込みを入れる間もなく、突如発生した強大な圧に当てられた。

 銃口から、竜のブレスに匹敵するほどの凄まじい魔力が放出される。


 それは竜の眉間を撃ち抜き、脊髄を破壊して貫通し、地面に穴を穿ち、地下の迷宮の天井を粉砕する。

 最終階層までをもブチ抜き、地獄の番犬サーベラスの炎は地の底を荒れ狂い焼き尽くす。


 ――《瓦礫の迷宮》は、一度も探索されることなく文字通り瓦礫の山と化した。


 エキドナの念話は、二度と聞こえてくることはなかった。


 そしてその後、戦場は巨大なクレーターとなった。

 俺とモニクの立っていたビルは倒壊したし、なんならそれに巻き込まれたときが、今回の戦いで一番ヤバかった。


 ……やっぱりハイドラには、俺のアドバイスなんて意味ねーんじゃねーの?




 大破壊が収まったクレーターの中心にて。

 イルヤンカの死体を消失させた俺は、ハイドラに振り返る。

 例の黒い衣装はそのままだった。


「……サーベラスの決め台詞とか、言う必要あった?」

「あ、ああしたほうが威力が出る気がしたんだよ!」


 ならばあれは、ハイドラにとっては魔術士の呪文のように、魔法の威力を高める効果があったのか。


 こいつ……意外と魔法戦の才能があるな。

 エーコに鍛えさせたら化けるかもしれん。


 と、感心したところでハイドラはぶっ倒れた。

 今回も顔面から行った。

 燃費の悪いヤツめ……。


 ともあれ。


 ドゥームフィーンドの、そして地球に住まう人類以外の知的生命体の希望。

 ――《魔王》ハイドラはここに、その戦いの人生の一歩を踏み出したのだ。




「そうか、テュポーンが単体の超越者に……。それが多分、ボクが生き延びたことの代償なのだろうな。迷惑をかけた」

「迷惑だなんて思ってないさ」


 普通に本心なので、スマホをいじりつつ生返事気味に返す。


 電波が少し回復しているな?

 着信が山のようにある。

 後で返信しとくか……。


 ハイドラを運ぶのは面倒なので、回復するまで寝かせっ放しだ。

 つい出来心で、サーベラスの主人公が倒されたときのポーズに似せてみた。

 モニクにバカウケだった。

 ゲームだとこの後ゾンビに喰われることになるんだが。


 そのそばで瓦礫に腰掛けながら、ふたりで話している。


「ミドガルズオルム、と言ったか」

「ん? ああ」


 ヨルムンガンドって言ったほうが分かりやすかったかな?


「北欧神話は歴史が古いし世界蛇も有名だろうけど、あれはドゥームダンジョンのミドガルズオルムだろう? だから今はまだそこまでの力は無いようだが……。あれは、アヤセが創ってしまった『無より現れし神』――新しい超越者になる可能性を秘めた存在だ」


「そうなの? でも牙は砕けちまったし。ああ、少しだけ素材を使った片手斧はあるけど……あれで喚ぶのは無理なんじゃないかなあ」


「それでいい。あれはちょっとアヤセの手に負える存在ではないと思う。他に使い手がいないなら、そのうち忘れ去られるだろう」


 そうか……。

 俺以外にドゥームダンジョンの世界蛇を喚び出せる者がいなければそうなるのか。

 そうして神は忘れ去られていくのだな。


 ……………………。


 あれ、そんなに危なっかしい存在だったのか。

 ま、召喚用の《世界蛇の牙》がなくなったからモニクも安心だな。


 食堂でいつも酒飲んでる誰かさんの腰に、もう一本差さってることは黙っておこう……。




「アヤセ」

「ああ……何?」

「ボクが生き延びた理由だけどね……」


 モニクはスッと立ち上がった。


「魔法は自分の望むことしか実現しない。だからきっと、これはボクが望んだこと」


 数歩前に進み、白い後ろ髪が揺れる。

 その表情を窺うことは出来ない。


「それは、命と引き換えに《死の権能》を使うことではなく――」


 それはウィスプの記憶の中で、かつてのモニクが最後に言いかけた言葉。


「力を失おうとも、自分の出来得る範囲で懸命に生きること」


 そう言ってモニクは手を後ろで組みながらくるりとターンをして腰を折り、目線を合わせて俺を見る。

 柔らかな笑みと共に、彼女はその望みを口にした。




「ボクは――――アヤセのようになりたかった」

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