第121話 解放されし真なる竜
小型のウィルオウィスプを二体召喚すると、片方をハイドラに向けて飛ばす。
「これは?」
「射程距離五百メートルほどの短距離通信型ウィスプだ。お前を自動追尾するから操作の必要は無い」
接近戦タイプの俺と、遠距離砲撃タイプのハイドラでは離れて連携する必要があるだろう。
ハイドラはウィスプの維持も操作も出来ない。
そこで、音声垂れ流し状態になるこの雑なウィスプの出番だ。
俺の技術だと、これくらいの性能が限界である。
「あいつはデカいから俺の攻撃では身体の芯まで届かない。足を止めるから上から攻撃してくれ。どんな反撃が来るか分からんから、撃ったらその都度ビルを移動したほうがいいかもしれない」
「分かった……」
テュポーンをふっ飛ばしたような一撃が出せれば一瞬で終わりそうな気もするが、それは難しいだろう。
いつでも撃てるのならば、訓練でも撃てなければおかしい。
本人の感情や、遥か格上の強敵に追い詰められる状況など、色々な条件があるはずだ。
イルヤンカでは、ハイドラの本気を引き出せまい。
さて、ビルを駆け下りるほど悠長にはやってらんねーな。
少しおっかないが練習はしているから大丈夫なはず。
ちょっと、少しだけ、練習時よりも場所が高いだけだ……。
ビルの屋上から近場の背の低いビルに向けて跳躍した。
「ウィルオウィスプ!」
俺の身体能力では一度では届かないが、中間点の空中にウィスプを召喚して足場にする。
そして、ウィスプの魔力を爆発させるように放出する。
攻撃としてはいまいちだが、跳躍の補助としては充分……!
イルヤンカへの距離を一気に詰める。
奴の殺気がこちらへ向いた気がしたが、その頭部に向けて上空からの魔力弾が命中する。
ハイドラの攻撃だ。
轟音と共に、着弾点の透明な鱗がトカゲのようなそれへと変色する。
効いている!
ウィスプの体当たりとは比べ物にならない攻撃力だ。これなら。
地面へと到着した俺は、イルヤンカの足元へと駆けた。
「魔力剣……!」
片手斧マムシの先端から伸びた魔力の切っ先で、その巨体の足首を斬り裂いた。
バランスを崩した巨体は、斜めに崩れ落ちる。
いける……!
魔力剣の射程範囲まで降りてきた頭部に対し、斧を振り上げる。
ウィスプからハイドラの声が響いた。
『スネーク! 待ってくれ!』
斧の動きを止めた。
『そいつ、そいつはこの街を……あたしの、家族を』
ああ、そうか。そうだよな。
振り上げた斧を下ろし、ウィスプに向けて答える。
「宿敵は自分の手で倒す。そうだろ?」
『…………ああ。そうだ!』
近くのビルの屋上に、ハイドラの姿が見えた。
己の仇に止めを刺すべく、渾身の魔力が込められていく。
俺はイルヤンカの頭部からゆっくり後ずさった。
これで、この街の戦いも終わる。
――そのはずだった。
強烈な殺気と圧力に、俺が選んだのはアギトでもウィスプでもなかった。
この圧は魔法ではない。そして、俺が防げるようなレベルの攻撃でもない。
反射的に展開したのは、最も修練を重ねた最初の武器――《水魔法》。
インパクトのその瞬間まで、何が起きたのか分からなかった。
それはイルヤンカの一部だった。
分かりづらかったが、多分しっぽの部分ではないだろうか?
俺は頭部のそばに居たはずなのに何故?
こいつは……巨大化生物クラスの巨体を、俺が視認できないほどの速度で回転させ、単純な物理攻撃を仕掛けてきたのだ!
俺の周囲に展開された巨大な水球がクッションとなり辛うじて直撃をまぬがれる。
だが、水球ごと地面から打ち出され、ハイドラの居たビルへと激突した。
水球内を貫通した瓦礫は速度を大幅に減衰されるものの、生身の俺を何度も打ち据える。
水中のため叫び声すら出ない。
口から空気の泡を吐き出す。
今居る場所はビル内だ。水球ごとめり込んだのか。
上から落ちてくる瓦礫が無くなった瞬間、即座に水球を解除した。
大量の水が屋内に広がる。
そばに居たウィスプに怒鳴り付けた。
「
正面に開いたビルの大穴、その向こうに居るイルヤンカは、上空にその頭部を向けている。
口腔内に収束された魔力は、ハイドラの攻撃魔法などとは比べ物にもならない。
「ぐうぅっ!」
身体中が軋む。
どこを怪我したのか自分でも分からない。
ポタポタと血が地面に落ちる。
止まっている場合かよ!
地面を蹴って、再び屋外へと跳び下りる。
思ったより高い位置だった!?
慌ててウィスプを召喚し、足場を中継して地面へと降り立った。
その瞬間、『竜』のブレスは上空へと放たれた。
その光線はハイドラの居た屋上を融解させ、遥か空の彼方の雲をブチ抜き、何処までも続いていた。
ほんの短い時間だった。
その光線は、ブレスは、すぐに消え去った。
アマテラスが周辺地域の住民を避難させていたことは、実に先見の明があったといえよう。
だが、足りない。
全く足りない。
もし、あの攻撃が地上に向けて放たれたら……。
ヒュドラ毒に勝るとも劣らない、破壊と殺戮が巻き起こるだろう。
俺は――《百頭竜》をナメていた。
バジリスクを倒し、その上を行く黄金騎士を倒し、《百頭竜》程度ならなんとかなる、そう勘違いしていた。
違う。
バジリスクには、ダンジョンマスターとしての縛りがあった。
黄金騎士は、百頭竜ケクロプスの部下に過ぎなかった。
『スネーク!』
「……! 無事か、ハイドラ!」
『どうなってる! 急に強くなったぞ!?』
奴は……イルヤンカは――
「あいつ……このままでは勝ち目が無いと悟って、ダンジョンマスターの役割を放棄しやがった!」
それはつまり。
百頭竜、本来の力を取り戻したということに他ならない。
何故だ。何故今になってそんなことが出来る。
恐らくヒュドラ生物にとって上位者の命令は絶対。
地上をうろついていたイルヤンカは既に正気では無かったのかもしれないが、それでもダンジョンマスターであり続けた。
あのバジリスクも、死ぬその時までダンジョンマスターだった。
迷宮の維持は、奴らにとってそれだけ重い命令なのだと思っていた。
自らの意思では、解除できないほどの。
考えが甘かったのか。
それとも他に要因があるのか?
『ワ…………ワ……ラ……』
これは……。
イルヤンカの念話か?
なんだ? 何を言おうとしている?
『
「お前は……エキドナ!?」
ウィスプからハイドラの怒鳴り声が聞こえる。
『ヒュドラのボスだと! 死んだはずじゃないのか!』
「詮索は後だ! ビルの上を移動して次の攻撃に備えろ! 今の攻撃を水平に撃たれたら、避難地域をブチ抜いて大勢死ぬぞ!」
『わ、分かった!』
急いで近くのビルへ近付き、ウィスプを足場に上階まで駆け上がる。
追撃はまだ来ない。
奴の場所はとうに鑑定の射程距離外だが、膨大な魔力はそんなことに関係なく感じ取ることが出来る。
それ故に、体内に魔力を収束させているのがありありと分かった。
念話の様子では、声はかなり苦しそうだった。
瞬間的な爆発力以外では、そこまで速く行動できないのかもしれない。
そうでなければ付け入る隙が無い。
……あれはエキドナの声ではない。
記憶で聞いたエキドナの声とは違い、男の声だった。
聞いたことはないが、恐らくはイルヤンカの声だろう。
意識だけが、エキドナに乗っ取られているのか?
そんなことが起き得るのだろうか。
ヒュドラは不死の怪物だが、その不死性は擬似的なものだ。
ビルの屋上に到達し、再びその巨体を観察する。
異様なほどに膨大な魔力。
ヒュドラの死。
超越の力を取り入れるほどの器は持たない竜。
そうか――
「ハイドラ、奴の正体が分かった」
ウィスプに向けて話しかける。
「この街で死んだ六体の《九つ首》――」
それは、超越者ではなく五体の百頭竜とひとりの異能者だ。
「奴はそれらの死体を《捕食》し、エキドナの記憶と人格を引き継いだ存在だ」
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