第113話 サーベラス

「おう、起きたか」


 ソファの上で目を開けると、ハイドラが突っ立っていた。

 向かいのソファに目を向けると、モニクが寝息を立てている。

 例のウィスプはその間でふよふよと浮かんでいた。


 モニクが俺より寝てるなんて珍しい……というか寝てるところ自体初めて見たな。

 ああ、ハイドラが立ってるのは座る場所が無いからか。

 家主に席を譲るべく立ち上がった。


「メシ用意してくるわ……」


 あくびと共にキッチンに向かう。


 コボルドたちを見習って料理でも、と思ったが結局自力で用意したのはコーヒーのみ。

 あとは惣菜パンとかをローテーブルにドサドサと置く。

 俺とハイドラはソファに並びながら、向かいで寝てるモニクを眺めつつ、無言でそれらを頬張った。


 ダメ人間の集まりみたいだなあ……。

 エーコやコボルドたちは朝から元気だったりシャキっとしたりしているのに、この落差よ。ある意味戦力の配分をミスったといえよう。


 しばらくすると、モニクが目を覚ました。

 だが、上体を起こしてから喋るまでに結構タイムラグがある。

 眠そうな顔だ。お子様だからね……仕方ないね。

 まあ、この場に居るメンツは全員眠そうな顔をしているのだが。


 コーヒーにミルクを多めに注いでから差し出した。

 それを見てからモニクはようやく口をひらく。


「おはよう……昨日は突然倒れたと思ったら普通に眠ってたからびっくりしたよ」


 なんの話?

 ああ、俺のことか。


「ああん? 何をしてたんだ一体」

「そこに浮かんでるウィスプ、モニクが子供化した一部始終を見てる可能性があるんだよな。それを調べようと思ったらぶっ倒れた」


 ハイドラが引きつった顔でのけぞり、ウィスプから距離を取る。

 さわんなきゃ無害だぞ。多分……。


 昨日見たウィスプの記憶について、ふたりに話した。


「スネークが見たのは、ほんの最初のほうの記憶だけってことか」

「アヤセ、かなり消耗しているな。このウィスプから無闇に記憶を読むのは少し危ない。回復してから再挑戦したほうがいいだろうね」

「再挑戦するのは前提なんだな……」


 またぶっ倒れそうなので、ちょっと気後れする。


「情報も欲しいけど、魔力操作の訓練にもなる。今のアヤセが強くなるのに、意外と悪くない方法だね」


 そうなのか。

 確かにここ最近は実力も伸び悩んでいる気がするし、新しい方法も取り入れるべきかもしれない。


「なら今日は掃除でもしてるわ」

「掃除もキミの場合、魔法の訓練みたいなものだろう。禁止だ」


 カフェオレをすすりつつピシャリと言う。


「ハイドラは逆に、日中は全て訓練に当ててもらう」

「あ、ああ……頼む」


 なるほどモニク先生はスパルタだな。

 俺への指示内容は「全力で休め」だったが。

 ふたりは俺を置いて外へ出かけていってしまった。ウィスプもモニクを追いかけていったようだ。


 …………ヒマだ。


 こんなに無目的に過ごすのは久々だ。

 終わりの街じゃあ、ヒマなときは訓練なり街の掃除なりしていたからな……。

 スマホの電波は相変わらずで、ネットでの暇潰しすら出来ない。


 帰ってくるのは夜か。

 晩メシの支度でもするか。召喚も禁止なのかなやっぱ。

 食料がなくなったらそんなことは言ってられないが、昨日召喚した食材は大量にある。

 電気も使えるしなんとかなるか。




 夜になって、ふたりが帰ってきた。

 ソファに倒れ込んだハイドラはうんうんと唸っている。


「お帰り。どんな感じ?」

「魔法の発想力はあるね。でも短期で物にするのは難しいかも」


 ハイドラは素のスペックが高いから、俺よりも短期間で強くなれそうなもんだが。

 しかし、デビュー戦の相手が百頭竜ともなるとそう簡単ではないか。


「ハイドラー。メシあるから起きろ」

「ううー」


 ソファでだらけながら食うのも嫌いではないが、しっかり食べるならテーブルに並べたメシを姿勢正しく食うべきだよな、と俺は考える。普段の自分の生活態度のことは置いておこう。


「おお、色々あるね」

「だいたいはレトルトか冷凍だけどな。好きなもんを適当に食ってくれ」


 米を炊いて汁物を作った以外はほとんどそんなものである。素材から調理するスキルはない。

 ハイドラもふらふらと移動してきてモニクの隣に座り、無言で食べだした。

 訓練に悪影響があるかもと思って酒は出していない。俺もしばらく禁酒かな……。


 民家でテーブルを囲みありきたりなメシを食う。そう言うとなんだか家族っぽくもあるが、向かいに座っているのはゴージャスな金髪美女と白髪の褐色美少女だ。今までメシを食っていたのは主に無人のショッピングモールの食堂とか、非日常空間だからそこまで気にしたこともなかったが、普通の住宅内でこれは違和感が凄いな。




 体力はすっかり回復して調子もいい。

 モニクに許可を貰ってから、ゴミは魔法で消失させた。ついでに食料も補充しておく。


「明日なんだけど、ハイドラの部屋ん中ちょっと見せてもらっててもいいか?」

「なっ……!」


 食事を終えてボーっと座っていたハイドラの目が見開かれる。

 動揺と怒りの感情を感じ取れた。

 かつてここまで感情を読みやすい鑑定対象が居ただろうか。

 鑑定とか関係無しに、こいつが分かりやすい奴なだけの気もするが。


「いや、留守番しててヒマだったんだよ今日。お前の部屋、なんか色々あるじゃん」

「……………………」


 しばらく俺を睨みつけていたハイドラは、席を立って手招きした。


「指定した場所以外を漁ったらぶっ飛ばすからな」


 どうやら今部屋に入れてくれるらしい。

 今ぶっ飛ばされるのかと思ったわ……。




 二階のハイドラの部屋は、心なしか昨日より片付いていた。

 モニクもヒマなのか付いて来ている。例のウィスプも然り。


「そこの棚に入ってるゲームとか本とか、テレビとゲーム機は好きにしろ。ベッドとかクローゼットには触んな」

「了解」


 棚の中を眺める。

 昨日掃除したときはあんまり興味なかったので、具体的に何が置いてあるのかまでは意識していなかった。


「今遊ぶのかい?」

「帰ってきてから一度も動作確認してないからな。今少しやっとくか」


 俺はこの後ウィスプを調べる予定があるから別に今遊ぶ気はなかったのだが、まあ少しくらいなら構わんか。

 ふと、あるゲームのタイトルに目が留まる。


 ――『サーベラス・オブ・ザ・デッド』。


 オブザデッド、の辺りになんとなく午後ショー感がある。

 手に取ってジャケット裏を見ると、昔のゲーセンとかによくあったゾンビガンシューらしい。

 ガンコン使うのか……。

 棚に視線を戻すとガンコンの箱はすぐ見つかった。三種類あった。

 いやどれだよ!

 取り出すのがめんどいのでヤメヤメ。

 だいたいタイトルのサーベラスってケルベロスのことだろ?

 不吉な名前だから触んないほうがいいな。


「おお、それを取るとは見る目があるな」


 なんか変なとこで食い付かれた。

 ハイドラは妙に古いゲーム機とブラウン管テレビの電源を入れる。

 そっちでやるのか……。


 モニタに映った主人公はボロボロのマフラーを身に着けた黒い衣装の長髪の男。

 片手で撃ったら肩が外れそうなゴツい銃を装備している。

 おかしいな?

 ゾンビゲーのはずなのに主人公だけファンタジー世界の住人みたいなナリなんだが。

 2プレイヤー側のヒロインは普通に警察官の格好だし、現代モノだよねこれ?


『地の底から蘇りし者よ――今度こそ、永遠の眠りにつくがいい』


 他が真面目に現代モノをしているのに、主人公だけポエミーな台詞でやたら浮いている。

 こういうノリは嫌いではないが。

 適当に交代しつつ、三人で遊んだ。


「死体から蘇っても急所は頭部なのか。興味深いね」


 モニクさんが意外にハマっていた。

 ガンコンを構えながらゲームシステムにも独特な考察を行っている。

 子供化のせいなのか、これが素だったのかは俺にも分からん。


 呑気に遊んでる状況でもないのだが、俺もハイドラも休息は重要だ。

 ボケっと過ごすよりはいい気分転換になったかもしれない。

 俺とハイドラが遊んでいるとき、合間に居たモニクはいつの間にか寝息を立てていた。


「おいスネーク、お子様が寝落ちしてるぞ」

「ここで寝かせといてやってくんね? 俺は自分の仕事してくるわ」

「ウィスプはモニクのそばに居るから、それだとここで記憶読むしかないんじゃねーの?」


 あ……。

 そうだった。ウィスプはモニクの上で浮いている。一階で鑑定するならモニクごと連れて行かないといけないな。でもまたソファで寝かせるのもな。


「こいつを鑑定すると、俺がまた倒れるかもしれん」

「そしたらお前だけ廊下に出しといてやるよ」


 ヒデーことを親切っぽく言うな。


「スネークの魔法も参考にしたいから、今やってみせてくれ」

「分かったよ……」


 昨日と同じように、ウィスプに向けて精神を集中する。




 ――浮遊感。


 ウィスプの視点。

 街に居た。見覚えのある景色。ここは終わりの街か?

 目の前に現れたのは大人の姿のモニク。

 そして、すぐそばにもうひとり。そこに居たのはハイドラだった。


「ああ、そうだ。彼女にも朝食が必要かと思ってね」

「モニク、それってウィルオウィスプか? 今の声スネークだろ? 通信機の代わりかよ……」


 聞き覚えのある会話だ。

 かつて俺はこの会話を、ウィスプを通じてショッピングモールの食堂で聞いていた。

 その後も、そのときの会話が続いていたようだったが……。


 ウィスプの記憶を覗く俺の意識は、いつの間にか途絶えていた。

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