第114話 創造の魔法
目が覚めると毛布をかけられていて、頭の下にはクッションが突っ込まれていた。
隣ではモニクが寝息を立て、その向こうにはハイドラの寝顔が見える。
……廊下には出されなかったらしい。
そして誰もベッドを使っていない。床に三人で川の字になっていた。
なんだろうねこれ。ハイドラの遠慮かなんかか? 単なる寝落ちかもしれないが。
そっと起きると、朝食の支度をするべく階下に降りることにした。
「少しずつ記憶が現在に近付いているみたいだね」
昨日のウィスプの記憶に関して、モニクはそんな感想をもらす。
ハイドラはその横で、大きなあくびをしていた。
ミノの腕前には及ばないが、ベーコンエッグを焼いて牛丼屋朝定食風の朝食を作る。
それだけじゃ足りなかろうと、サブの小鉢的な物も色々用意した。
朝も牛丼派な俺ではあるが、納豆定食も卵かけご飯も好きだ。
いつものように皆静かに、そしてよく食った。
食後に俺の健康状態を鑑定したモニクが驚いたような表情で言う。
「ひと晩寝ただけで、もうここまで回復するようになったのか? これは予想以上だ」
「確かに疲れは残ってないな。これなら日中も活動できるかな」
「だったらあたしの訓練に付き合ってくれ……」
モニクは「ふむ」と考え込むと、ハイドラの意見を採用した。
今日は訓練の付き添いか。
体力が回復したならまたウィスプの鑑定をするという選択肢もあるだろうが、焦るのも良くない。どのみちハイドラがそこそこ戦えるように仕上がるまでは、この街から出るつもりもないしな。
ハイドラ宅を出てしばらく進むと、建物が派手に壊されて広大な空き地になっている場所に出る。
うん、訓練場向きだな。
「アヤセ、アギトを持って標的代わりになってくれないか?」
「アギト? もしかして首刈りアギトのことか?」
「そうそのアギト」
ハイドラの質問に答えると、収納から召喚した片手斧のグリップを掴み、軽く振るってから見せてやる。
「斧じゃん……」
なんかがっかりされてしまった。
でもこれがそうだと、ひと目で分かるんだな。
片手斧アギトの素材になった、《世界蛇の牙》の気配のせいか。
「じゃあハイドラ、昨日試した攻撃をひと通りアヤセにぶつけてみようか」
「えっ? そんなことして大丈夫なのか?」
「まあ大丈夫だろ多分。無理なら避けるし」
モニクの指示で、ハイドラから十メートルほど離れる。
ずいぶん離れるな? あいつの攻撃、そんなに間合いが広いの?
「それじゃあ……いくぜ」
ハイドラは足を肩幅にひらくと腰を落とし、俺に対して斜めに構える。
なんか思ったより本格的だな?
更に腕を身体の横に構えると、両手で包むように球形の魔力を練っていく。
んん~? ちょっと待て、それって――
「破ァァァーっ!!!」
突き出された両掌の先から、魔力の球が轟音と共に射出される。
い、色んな意味でマジかこいつ――!
高速で飛来した球の中心点にある魔力の核を、片手斧アギトで斬り裂き迎撃する。
球は跡形もなく消え去り、突風だけが突き抜けていった。
「……………………」
「おお、《魔法斬り》とはやるじゃねーかスネーク。その斧がアギトだってのはどうやらフカシじゃないらしいな。だが、今のはまだ基本形だぜ」
続いてハイドラは、片手を振り上げると真下に拳を突き降ろした。
地面から炎が噴き上がる。
炎は地面を舐めるように直線に燃え広がり、俺に向けて襲いかかってきた。
魔力の核の位置は地面の高さだ。斧では斬りづらい。
魔力剣を展開して、地面に向けて斬り払う。
ハイドラの手元から俺の側まで発生していた炎は焦げた地面を残して瞬時に消え去り、熱の余波だけが噴き上げていった。
その後も氷だの雷だの、色違いの炎だの、謎のブラックホールだのが飛んできたが、性能はどれも大差なかった。
雷は何故か視認できる速度で飛んできたし、ブラックホール的な何かは見た目だけの
見たことのあるような技が多い。具体的には、ハイドラの部屋の棚にあるブツに関連したものが。
俺が知らないだけで、未見の技もなんかのパクリと思われる。
なんなんだこれは……。
俺の水魔法やエーコの風魔法は事前に水分や空気を集めて射出しているのだが、ハイドラの魔法にはそういった根拠は見られない。
いや、魔法には本来そんな前提は必要ないのだろう。ただ、己の為したいことを実現する。そして「出来る」ということを疑ってはいけない。
ハイドラはその方向性が、俺とは違うのだ。
こいつは、ヒュドラ生物の進化のためにヒュドラ自身が選んだ逸材――
あのドゥームフィーンドたちの創造主だ。
その才能は、超越者に至る可能性すら秘めているというが。
創造の才能……といってもオリジナリティには欠けるみたいだな。
ま、何事も最初は模倣から入るもんだ。
「そんな簡単にスパスパ斬られちゃ自信なくすぜ……」
「気にするなハイドラ、これは相性の問題だ。実力で大きく上回れば、あの魔法斬りも破ることが出来る」
モニクの言う通りだ。
相性有利程度では、絶対的な実力差は覆せない。
「アヤセからなにかアドバイスはあるか?」
アドバイス~?
こんな意味不明な魔法を使うヤツにどう助言しろってんだ。
いや……そうだな。
「漫画やゲームの必殺技を使おうとしてるのがダメなんじゃないかなあ……」
「こ、これしか出来なかったんだよ!」
「いくら魔法に不可能は無いったって、リアリティの無いものは実現を信じ切ることが出来ないだろ?」
「うっさいな。じゃあ何を参考にすればいいんだよ」
「午後ショーを毎日見ろ」
「よりダメじゃねーか! チェーンソーで台風が斬れるわけないだろ!!!」
何言ってんだテメー、チェーンソーに斬れないものはないぞ。
ただ残念なことに、午後ショーはローカル番組なのでこの街では見れない。
「ボクは今のままでも悪くないと思う。直接攻撃する魔法はイメージするのが難しいからね」
……そういう見方もあるか。
確かにこんなストレートな飛び道具型の攻撃魔法は、俺の知る限りじゃ逆に珍しいな。
水魔法や風魔法はどちらかというと搦め手だ。
ドゥームダンジョンの攻撃魔法は速度が遅くて、現実世界じゃ単独で戦うのに向いていない。
今まで見た中だと、黄金騎士の衝撃波が一番まともな攻撃魔法だったかもしれない。
ハイドラの訓練は夕方まで続いた。
元から高い身体能力と急速に伸びた環境耐性から、戦闘スキルの伸びも期待できた。
そう考えていた時期が俺にもあったけど。
ポテンシャルは感じるんだが、どうも危なっかしくて前線に出すことが出来ない。
成長が遅いってセルベールも言ってたな。
そんなんじゃ超越者になるのに千年はかかるぞ……。
あれ? セルベールって割とマジでそう言ってたの?
勢いでこいつをダンマスとの戦いに連れていくと言ってしまったが、うっかり死なれでもしたら困る。
……駄目そうだったら置いていこう。
「夜は外食に行こう」
「お、おう」
俺のレパートリーだとワンパターンになりがちだ。
好き嫌いはあってもいいが、色々食べないと身体を壊しやすいというのが俺の持論である。
「モニクにも栄養つけてもらわんとな」
「お子様扱いはやめてほしいが、キミたちの栄養状態も心配なのは事実だね」
「スネークの用意するメシ、少しずつ進化してて面白かったんだがな」
残念ながらその進化は終点だ。
地元民のハイドラに、この辺でお勧めの飯屋を聞いてみる。
「お勧めっていうか、ガキの頃よく連れて行ってもらったとこなら」
ハイドラに案内されたのは居酒屋だった。
子供をよく連れて行く店だろうか……?
「居酒屋なんだけど、食べるものも色々あんだよ」
なるほどね。
店内と周囲の状況を鑑定すると、ひとまずゴミを消失させるべく魔法を発動する。
瞬く間に店の汚れが落ちていく。
外観すらも見て分かるほどに変化していく光景に、ハイドラのみならずモニクも唖然としているようだった。
「……キミのその魔法、ますます鋭さを増したな」
確かに……。
ウィスプの記憶解読のおかげで、ここまで魔力操作の精度が上がるとはな。
戦闘方面には今のところ特に影響はないが、何かしらの助けにはなるかもしれない。
店内に入ると、壁一面にお品書きが貼ってある。
終わりの街にもこういう店があった。そういや、結局あの店ではゆっくり飲めていないな。
よく見ると飲み屋なのにハンバーグだのカレーライスだのもある。和洋なんでもござれだ。
三人で吟味し、色々と召喚しては食べた。
「今はやめとくけど、ビールが欲しくなるな……」
「禁酒とは偉いじゃないかアヤセ。魔法の精度も、もしかしたらそのせいかもね」
あり得ない……とは言い切れないのが恐ろしい。
でも今回はハイドラの訓練に付き合って禁酒してるだけだ。
普段は飲みます。
「昔この店に来てたとき、周りの大人たちや両親は美味そうに酒飲んでてさ、あたしも大人になったら一緒に飲むもんだと思ってた」
「……そうか」
「あ、わりい。シケたこと話して。もうここのメシを食えることも二度と無いと思ってたから、スネークには感謝してる」
首を横に振ってハイドラに応えた。
気にすることはないさ。
それにこれくらいのこと、俺にはお安い御用だ。
「この街での用事が片付いたら、最後にここで酒を飲みながらメシを食おう」
「ん……楽しみにしとく。けど――」
けど?
「それってなんか、フラグっぽいな?」
不吉なこと言うんじゃねえよ。
お前の魔法、そういうのを具現化しそうで怖いわ。
ハイドラ宅に戻ると、ソファの上でウィスプの鑑定を始める。
実行した場所で倒れるのがほぼ確定してるので、最初から寝る場所でやるべきだよな。
三度目の記憶鑑定――目の前に広がったのは夜の瓦礫の街だった。
確証は無いが、モニクの空間収納から外に出された瞬間ではないだろうか。
今まで見た記憶もウィスプが外に居るときに限られていた。
ウィスプには顔も目も無い。
その気になれば、全方位を見渡すことも出来る。人間の視界のように感じているのは、知覚している俺が人間だからに過ぎない。
意識を集中して、素早く周囲の状況を確認する。
まず、そばには大人の姿のモニクが居る。
ここはビルの上か……。
眼下には荒廃した街と瓦礫の山があるばかりだ。
星明かりだけで細部まで見通すことは難しいが、その景色の一部が動いているように見えた。
あれは――《百頭竜》イルヤンカ!
子供になったモニクは記憶を失っていたが、かつてのモニクはイルヤンカの存在を確認していたのか。
なら、すぐに俺と同じ結論に到達するはず。
モニクもイルヤンカも、その動向をヒュドラの九つ首に監視されている可能性が高い。
もし、両者が邂逅してしまったなら――
モニクは俺――つまりウィスプのほうに向けて、何かの術式を発動した。
これがウィスプを強化した魔法だろうか。
そして、モニクはウィスプに語りかける。
「アヤセ……この記憶をキミが見ているとき、ボクはもうこの世に居ないだろう」
……………………いや?
普通に居るけど?
背はちょっと……縮んだけどな。
と、心の中でツッコミを入れたところで今回の記憶は途切れていった。
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