第112話 記憶の燃えさし
皆、昨日からほとんど寝ても食べてもいない。
ひとり記憶喪失が混ざってるが、多分同じような状況だったはず。
黙々と惣菜や弁当を消費し、さっさと寝ることになった。
ハイドラは二階の自室に。
俺はリビングのソファ。
モニクは好きなとこで寝ていいと家主の許可があった。
よし、寝るか!
と思ったらソファの前に小モニクがやって来た。
「モニク……? お子様は早く寝たほうが」
「それはもういいよ。ちょっと話しておきたいことがあってね」
呆れ気味の表情を浮かべながら、モニクは向かいのソファに腰掛けた。
俺も話したいことは色々あるような気がする。
でも明日でも良くね?
「ハイドラの前では言わなかったが、今ボクたちは非常に危険な境遇だ」
「まあ、そうだな」
ヒュドラが実際に居るのかどうかでもだいぶ違うが。
少なくとも、モニクをここまで追い込める存在が居たことは間違いないわけだからな。
「ボクから超越の力を奪った者が敵であるなら、他の超越者が加勢に来ても、果たして勝利できるのかも怪しい」
モニクは超越者の中でも強いほうってことかな。
だとすればモニク以上の驚異に対しては、必ずしも他の超越者が当てになるわけではない。
「その割にはいつも通りだよなー、モニクは」
それを聞いたモニクは少しくすりと笑い、「お互い様だろう」と返した。
「ボクは、こんなことになってもほとんど動揺しない自分が不思議だった。でも、アヤセに会ったことで少し分かった気がする。……そして、それが今回の不可解な出来事を解明する鍵になるかもしれないと」
「んー……?」
正直話が見えない。
「アヤセは今のボクを見ても、ほとんど悲観しなかっただろう? 超越者という戦力を失ったのだから、もう少しそこを心配しても良さそうなものだが」
そうだっけ?
自分の行動を思い返してみると、そんな気もするな。
だがその理由は明白だ。
「あー、そんなことか。だってあれだよ」
「?」
「モニクが無事で本当に安心したからな。それに比べりゃ他は些細なことだし」
モニクは一瞬呆けたような顔になった。
レア表情だ。
「く、ふふ……。これが、この状態が無事だって? 超越の力もアヤセにとっては些細なことなのか。それは……いいな」
子供らしい無邪気な笑顔でモニクは言う。
んー。これはレア表情かな?
身体が子供化したので無邪気な笑顔に見えるだけかもしれん。
「もしかしたら――かつてのボクもそう思ったのかもしれない」
…………?
「それが今回の事態にどうつながるんだ?」
「まだ分からない。確証が持てない」
「ならいいさ。分かったら教えてくれ」
「ああ」
そうだ。俺はモニクのことが心配で、こうして本人は無事だったから他のことは頭から抜けてたんだな。
それを自覚すると、気になることが増えた。
「ところで、あのデカい剣は何処にいったんだ?」
「魔剣タナトスなら収納に入っている。今のボクには重くて振るえないし」
あの剣、そんな物騒な名前だったのか……。
そして、もう今のモニクには扱えないのか。
モニクは目を閉じて収納内部を探るような感じの魔力操作を行っていた。
そんな魔力の動きをあっさり俺に感知されてしまう辺り、本当に超越者ではなくなってしまったのだということを、改めて認識させられる。
「ん……?」
少し怪訝な表情でモニクは動きを止める。
「これは……」
両手で包むようにその場に取り出されたのは、音信不通になっていたウィルオウィスプだった。
収納と呼ばれる異空間に物を仕舞う魔法。
そこに隔離されていた上に、術者本人がそのことを忘れていた。
だからこいつは音信不通になっていたのか。
目の前のウィスプは俺が召喚した弱小モンスの割に、妙に魔力に満ちている。
標準的な青白い色ではなく、緑がかった光を放っていた。
モニクの影響だろうか。
「ウィスプが単体でも消失しないよう、強化を施してあるのか? かつてのボクは、何故こんなことを……」
「戦闘に巻き込まれて、やられるのを防ぐためとか?」
「それなら収納に入れれば済む。これはまるで、ボクが死ぬことを前提としているかのような処置だ」
実際モニクは力を失い、こんな姿にされたわけだしなあ。
それほどの強敵に会ったのなら、死んだ後のことを考えるのも不思議ではないと思うが。
何かが引っ掛かるのか、モニクは考え込んでいる。
俺にも疑問はある。
なんでウィスプなんかを残したのかってことだな。
本人が死んでしまったら、通信機代わりでしかないウィスプを残す意味は希薄だ。生きるか死ぬかの場面でウィスプなんか強化してる場合だろうか? 超越者ならそのくらい片手間なのかもしれんが、いずれにせよ行動の目的が分かりかねるな。
「仮にさ。モニクが死を覚悟したとして、ウィスプを残そうと思う?」
「…………。それも確かに疑問だな。アヤセから預かったものだから大事には扱っていたが、強化したところで機能が変わるわけでなし。かつてのボクが何者かに追い詰められていたとして、ウィスプを残そうとする理由か。死んでしまったら通信も出来ない……いや、アヤセはヒュドラ魔法の模倣が得意だから――」
ブツブツと考え事を口にしていたモニクは、ある結論に辿り着いたようだ。
「セルベールという男は、ヒュドラ生物の記憶が読めるのだったね?」
……それか!
ウィスプが見た記憶を俺に伝えるために……!
ああいやでも、どうかな、うーん。
「直接見たわけじゃないから、上手く出来るか分かんないぞ」
鑑定で記憶を読む能力。
俺は物からも、場所からも記憶を読むことが出来るが、その能力は限定的だ。
具体的には、普段は食品に関する記憶しか読めない。
それ以外を読むことも、ポテンシャル的には不可能ではない気もするのだが、多分覚悟が足りないんだよな。
人の心を読むとか記憶を読むとかは、身に付けると不幸になる能力の定番だ。その考えが、魔法の妨げとなって実現に至らないのではないか、と自己分析している。
例えば、ヒュドラと戦うために手を組んでる某JKが本心では俺をどう思っているのかとか、怖くて聞けないじゃん? 心を覗くとか論外だわ。
他にも永遠の命だとか、あまりにも範囲のデカい知覚能力であるとか、時間に関する能力とか、フィクションだと上手く使いこなせない能力の定番だな。
過ぎたるはなんとやら。
永遠の命とか個人的には絶対に後悔するヤツとしか思えん。身の丈に合わない大食いチャレンジみたいなもんだろそれ。
鑑定索敵の範囲が今より広大になっても煩わしいだけだし、宇宙レベルになったら発狂するぞ。
タイムリープだのループだのも、俺には絶対に使いこなせないという自信がある。何度やっても同じ結果になりそう。
魔法には、術者のスペックというストッパーがあるのが幸いだな。
心を覗く……。ウィスプの場合はどうだろうか。
こいつらには自我がない。ウィリアムの一部であったときは喋ったりもしていたが、俺が召喚するウィスプは俺の一部でしかない。単独の思考能力とかは無いんだよな。
だったらプライバシー的な問題は無いので、ウィスプの記憶を読むこと自体は問題ないだろう。
あとは読めるかどうか、だな。
モニクの手から、向かい合ったソファの中央へとウィスプは浮かぶ。
そして、俺はウィスプへと記憶鑑定を――
かからなかった。
「なんかコイツ、やたら強固な結界みたいなので鑑定を防いでるんだけど」
「強化の副作用か……。そこをなんとか頑張って読んでくれ、としか言えないな」
マジかー。
超越者が施した強化だけあって、俺にも今のモニクにも解除できない。
改めて気合を入れ、ウィスプに集中する。
俺の意識はそこで途切れた。
――昨日はほとんど寝てなかったからな。
そこに腹いっぱい食ったもんだから、眠気が限界だった。
ちょっと魔法に集中したから寝落ちしてしまったのだろう。
今何時だ……。
起き上がろうとしたのだが、何か妙だ。
手足の感覚が無い。
身体がふわふわと宙に浮いている。
これは……夢だろうか。
目の前にはかつての――大人の姿のモニクが居た。
「なるほど、このヒュドラ生物を使って遠距離での会話を行うのか。面白いことを考えるね、アヤセは」
なんだこれ……モニクの記憶……それとも単なる俺の記憶か?
いや、ちょっと違うな。
――ウィスプの記憶。
いつだったかセルベールが言っていた、ヒュドラ生物の記憶を読む能力か。
モニクにウィスプを渡した日。
俺は今、ウィスプの視点でその記憶を見ているんだな。
しかしながら、見れたのはそこだけだった。
俺の意識は、今度こそブラックアウトした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます