第110話 再起の拠点
重い沈黙がリビングを支配していた、かに見えた。
悩んでるヒマなんかねーな。
さっさと話を進めてしまおう。
「ふたりに聞いておきたい。まずはモニク。現状への対策とか、今急ぎですべきことはあるか?」
「今のところはさっぱりだよ。そうだね、出来れば終わりの街に帰還してアネモネと合流したほうがいいかな? ただ、今のボクでは道中の安全をどれだけ確保できるか」
ふむ……。
まあ外の世界に由来する危険なんてヒュドラたちに比べればどうということはない。
そこは俺が頑張ればいいだろう。
「ハイドラは?」
「あたしは……」
「お前、言ってたよな。実家の様子をちょっと見てくるだけだって。なら、その目的はもう果たされたんじゃないのか?」
「…………」
ハイドラは目を伏せて沈黙している。
「分かった。まだ帰らねーんだな? 俺も少しこの街でやることがある」
「何をするんだい? あ、もしかしてイルヤンカを倒すのか?」
ハイドラが反応してこちらを見た。
こいつ……やっぱり。
「それはついでだ。この街はどうもダンマス以外に色々問題を抱えているっぽくてな。最重要なのはここにヒュドラが来ているのかどうか、だな」
「九つ首が? 何故……。ああ、そうか。イルヤンカとボクが原因なんだね?」
「待て。納得してないであたしにも説明してくれ」
俺はハイドラにも分かるよう、地上に出ているダンマスの特殊性と、ヒュドラの行動原理について説明していく。
「以前言っていた解放された封鎖地域……。スネーク、お前がダンジョンマスターを倒して実行したってのか?」
「信じる信じないは――」
「信じるよ」
モニクが頷くのを見ると、ハイドラは素直にそう言って続きを促す。
追加情報として、昨晩撮影されたヒュドラらしき映像を見せる。
「こいつが――」
ハイドラは映像を見て戦慄しているようだ。
が、種族特性のメンタルの強さ故か、最初の俺ほどに狼狽えてはいない。
「アマテラスはこれがヒュドラだと疑っている。モニクはどう思う?」
「どちらとも言えない。姿くらいは変えられるだろうけど、ヒュドラは人間出身の超越者なんだ」
人間出身……? 今初めて聞いたぞ。
長年生きた蛇の怪物が超越者に至ったとか、そういう存在ではないのか。
「姿を変える、ね。……例えばこれがヒュドラだとしたら、モニクから力を奪ったり、子供の姿に変えてしまったりとかも可能なんじゃないか?」
「そうか、それは無いとは言い切れないね。彼らもボクの知る能力ばかりというわけでもないだろうし。ならばボクもそれを調べたい。ただ、そのためにアヤセたちを危険に晒すのは本意ではないな」
確かになー。
今まで終わりの街では《死の超越者》という後ろ盾が居たから、ヒュドラのお膝元でも俺たちがのうのうと暮らせていたという側面がある。
その点、今の瓦礫の街は危険すぎるな。
ならやっぱりアネモネを――いや、待てよ。
「そういや、《嵐の超越者》ってのがこの街に来てたぞ」
「……知らないな? 新しい超越者だろうか」
……え?
そういうこともあるのか?
この辺はあれだな、俺には超越者間の事情というものが分からないのでなんとも言えない。
「だが、そうだね。九つ首を追っていた他の超越者たちもこの街に来る可能性は高いか」
「あ……すまんがアネモネには留守番を頼んじまったんだ」
「それは構わないさ。彼自身が本当に必要と判断したなら、何も言わずともここに来るだろう」
む、確かにそうか。
俺の判断よりもアネモネ自身の判断のほうが信用できる……。
その件ではうじうじ悩んでしまっていたが、アネモネが終わりの街に残ったのは本人の判断でもあったんだな。
「なあ、スネーク。つまりお前の目的はヒュドラの存否を確認することなのか? 本当に居たらどうするんだ? お前が戦うわけじゃないんだろ?」
「そうだな……出来れば映像の怪物はヒュドラではなかったという証拠が欲しいかな。最悪街にミサイルが飛んでくることになる」
いや、一番いいのは追っ手の超越者がヒュドラを仕留めてくれることだが。
そんな都合良く行くのを期待してもな。
「な……!? ミサイル!? そんなことが……いや、有り得る……のか?」
「落ち着きたまえ、ハイドラ。少なくともアヤセがこの街に居る間はそんなことは起こるまい。
ああ、なるほど。
すぐぶっ放すよりも、俺を生かしておいたほうが色々とお得なんだな。
そう考えると、俺もそれなりに役に立――
って、その理屈だとまた俺の個人情報をバラ撒かれるのが前提やんけ!
「いや、急いだほうがいい。きっと」
「アヤセ?」
「そうだな……あたしもそう思う。これ以上この街が荒らされるのは我慢ならねえ」
理由は違うみたいだが味方を得た。
多数決でなるべく急ぐことにしよう。
ただでさえ外の世界での自由度が低いんだ。
海外のスパイとかにまで追っかけ回されるような将来は勘弁願いたい。
「よし、スネーク! 何から始めればいい?」
「家の掃除」
「はい?」
「聞こえなかったか? 掃除だよ。急ぐったって一日や二日でどうにかなると思ってんのか? まずは拠点の掃除」
この家も腐敗臭が酷いのだ。
普通のご家庭だからキッチンもあるだろうし仕方がない。
俺は立ち上がると、台所らしき場所にズカズカと歩いていった。
「あっテメ、勝手に……」
手をかざすと、腐敗臭の発生源を空気もろとも、一斉に《消失》させた。
「おおー。相変わらずキミの魔法は、その方面に対して神がかっているね」
「…………? 今、何をした……?」
ハイドラに向き直り、魔法の解説をする。
「これはヒュドラが使う《捕食》の応用だ。特定の物体だけを消失させて、魔力化、情報化、あるいは世界への還元を行う。……それも難しければ一時的に異空間に隔離して、適当に別の場所で捨てる」
俺の言ったことを反芻するように、ハイドラは考え、そして己の希望を口にする。
「あたしにも……使えるようになるか?」
首を横に振った。
「お前は……普通に掃除したほうが早そうだな?」
「なんでだよ!」
「魔法には魔力体力を消耗するんだ。多分、今のお前の腕じゃ普通に掃除するより疲れることになるぞ」
「ぐぬぬ……」
悔しがるくらいならまだ見込みはある。
こいつの危険回避能力は、超越者じゃなくなったモニクに会ったことで消えちまったんだろう。家に帰るという意思が回避能力を上回ったんだな。
だったら。
「お前に必要なのは掃除の魔法じゃない。戦闘用の技術だ。今のままじゃ、イルヤンカには届かない。もう一度言うが、一日や二日でどうにかなると思うな」
「……え?」
ハイドラは、己の望む答えを突き付けられたことに唖然としている。
つーか、気付かないとでも思うのかよ。
……俺とお前は、そこだけは、ひょっとしたら少し似ているみたいだしな。
「お前に戦う気がないのなら、俺ひとりでやる。ここで昼寝でもして待ってろ」
「待て、あたしもやる! だから――」
真剣な目つきで、ハイドラは俺とモニクを交互に見据えた。
「スネーク、モニク。あたしに……戦い方を教えてくれ」
よし、ならばモニクにはスパルタで特訓を頼むとするか。
俺?
俺に教えられることなんて、なんかあったかなあ……?
「あとスネーク」
「なんだ?」
「勝手に人んちを拠点にするな」
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