第109話 空席の座
あ、あれは交番の拳銃!
かつて俺が使おうか使うまいか、散々悩んだ上に結局存在を忘れたやつだ。
ハイドラの奴、それをあっさり持ち出した上に人に向けるとか。
バカって
「ま、待てハイドラ! そりゃあいったい何の真似だ!」
「んっ……? ん~~~? なんだ、やっぱ本物のスネークだったか」
「どこに疑う要素があるんだ! あと銃を下ろせ!」
ハイドラの殺気は急速に消え失せていった。
が、銃口は俺をロックオンしたままだ。
「わりーわりー。なんか家の前で立ち止まったまま動かねーから怪しいなって思って」
ようやくハイドラは銃を下ろす。
……そうか、こいつは鑑定索敵も含めて魔法の技術が未熟だ。
そのため俺が本物だと、確信を持てなかったんだな。
「だから言ったじゃないか、ハイドラ」
その声は、ハイドラの頭の位置よりもだいぶ低い場所から聞こえてきた。
そこに居たのは子供だった。
十歳くらいだろうか、身長はハイドラの肩の高さにも満たない女の子だ。
その彼女が、ハイドラの背後から覗き込むように俺を見ていた。
何者だ……?
ここはハイドラの実家。
ならハイドラの妹さんだろうか?
いや、いや待て俺。
いくらなんでもその推理は雑過ぎる。
「おい……スネーク」
うるさいな。今その子が何者か推理してるんだ。邪魔するな。
「ちょっと待て」
「…………」
制止するとハイドラは黙った。
女の子は目をぱちくりさせて俺を見ている。
いいだろうか。
まず、ハイドラというのは厳密な意味ではその精神を形成する生前の人間とは別人である。
したがって、この女の子が生前のハイドラの妹さんだとすると、自分の姉をハイドラと呼ぶのはおかしい。
本名か、お姉ちゃんと呼ぶのが適切であろう。
それに外見……。この子はハイドラに全然似ていない。
いや、いやそれも待て俺。
そもそもハイドラの外見は生前とは似ても似つかない別人だという話だった。
だったら今のハイドラとこの子が似てないのは当たり前の話じゃないか。
改めて女の子を見る。
うーん……。
生前のハイドラがどんな奴かは知らないけど、魂レベルで似てないなこれは。
ハイドラはなんかツンツンしてて常在戦場な感じのちょっと勘違いした痛い奴だが、この女の子は穏やかそのものの表情だ。
「違う。違うな」
「何がだよ」
「ハイドラの妹さんじゃなさそうだなって」
「当たり前だ! 何言ってんだお前は!」
「ぷふっ……」
俺とハイドラのやり取りを聞いていた女の子は、こらえきれないというようにクスクスと笑い始める。
「やっぱり面白いな、アヤセは」
俺の名前を知ってるのか?
いや、ハイドラから聞いているのか。
こいつのことだから、俺の名前をスネークとか教えてそうなもんだが、本名を教えるくらいの常識はあったようだ。
……そうすると、この女の子の正体について、振り出しに戻ってしまったな。
「おい、スネーク……」
「もう少し待て」
「……………………」
再び黙るハイドラ。
そう、似てる似てない以前に不自然なことがある。
ハイドラの実家は普通の住宅だし、表札もありがちな名字だった。
この女の子はどう見ても日本人ではないんだよな。
だから生前のハイドラの妹とか、最初からほぼ選択肢には無かったのだ。
ではこの女の子がどんな外見なのかと言うと。
日焼けしたような小麦色の肌。褐色肌っていえばいいのか?
そして長い髪は真っ白だ。銀髪というのかもしれないが、なんとなく
小麦色の褐色肌に映える透き通るような白い髪。そして穏やかな笑みをたたえた可愛らしい顔。
着ているのはなんかよく分からん服だが、妙に見覚えがある。
ただ、記憶のそれとはサイズが合っていない。
袖がダダ余りだ。
レザーっぽい短パンも、サイズがぶかぶかでキュロットスカートのようだ。
そうか。つまりこの女の子は……。
「モニクの妹さんかな?」
「…………本当は気付いてるんだろ? あきらめて認めろ」
ハイドラは気の毒なものを見るような目を俺に向けると、決定的なひと言を俺に突き付けた。
「こいつが、モニク本人だ」
……………………。
「なんでそんなことになってるんだ!?!?!?」
「あたしが聞きたい」
「残念だが、ボクも何があったのか覚えていないんだ」
と、小サイズのモニクが言う。小モニク。いや、モニク本人だったな。
最初の索敵で正体が分からなかったわけだ。
元々のモニクは、俺の鑑定ではっきりと捉えられるような存在ではなかったからな。
でも、今は――
「立ち話もなんだ、上がんな」
そう言うとハイドラは、玄関の奥に引っ込んでいった。
「行こう、アヤセ」
「お邪魔します……」
靴を脱ぐと、おとなしく小モニクの後に続く。
……意味が分からん。
アレか? アンチエイジング効果かなんかか?
アンチエイジングってそういうのだっけ……?
屋内の照明が点灯している。この地域、電気は生きているのか。
ハイドラはリビングのソファの上で、脚を組んで身体を沈めていた。
長身でスタイルも良く、ボリュームのある金髪がそれを彩っている。
どんな格好でも、それなりに様になっているな。
俺と小さいモニクは、その向かいに腰を下ろす。
「あたしがこの街に帰ってきたのは今日の朝だ」
俺が終わりの街を出たのは昨日の深夜。
どちらかといえば今日の早朝と言ってもいい。
そこから始発でしばらく移動し、ヒュドラの映像について報告を受ける。
ハイドラはその後に瓦礫の街に到着。
俺がヘリに乗るか、乗っている最中くらいだろうか。
「スネーク、透明のデカい化け物は見たか?」
「見た。イルヤンカって名前らしい」
「ああ、イルヤンカがこの街の百頭竜なのか。透明化の能力はボクも知らなかったな」
ハイドラはモニクの発言にピクリと反応を示すが、それには答えず話を続ける。
「とりあえずあれは避けて、家に帰ってきたんだ。そしたら家の前に小さくなったモニクが居た」
「終わりの街を出発したところまでは記憶があったからね。気付いたらひとりでこの封鎖地域に居たので、ハイドラの住所を頼りにここに来たんだ」
そしてしばらくこの家で話し合い、今に至る、か。
「モニクはそうなった原因に心当たりは無いのか? 例えば、若返りの魔法を使う術者がいるとか。アンチエイジング的な」
「お前はアンチエイジングをなんだと思ってるんだ」
ハイドラから突っ込みが入る。
俺もあの妙な異能者に会ってなけりゃ、そんなトンチキなことは言い出さなかったが。
「アヤセが言いたいのは時間魔法のことかな? あれはそんなに便利なものではないよ。結局のところ、本人の能力を超えるような事象は起こせない。若返りなんてものを自在に使えたら、それは不老不死を実現できるのと同意だからね」
自分の力を超えることは実現不可。魔法の基本だな。
「それに……かつてのボクに対して、そんな術をかけられる程の使い手に心当たりが無い」
うーむ。あのクロって奴も只者じゃあないんだろうが、確かにモニクに敵うような存在とは思えない。
それより今、俺が気になっていたことに言及したな?
「なあ、モニク。『かつての』って言ったけど、やっぱり今は――」
「ああ。ボクにはもう超越の力は宿っていない。力を取り戻せるという見通しが全く浮かばない。恐らく――《死の超越者》は完全な空席になってしまった」
俺の問いに対して、想像していたよりも重い答えが返ってきた。
元に……戻れない?
ハイドラも驚きに目を丸くする。
「ここに残された今のボクは……いかなる存在なのだろうね?」
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