第108話 嵐の超越者
うんざりした気分で振り返る。
そこに居たのは、珍妙な格好の――いや、ファンタジー的にはそんなに変な格好でもない。なんだけど、ここはドゥームダンジョンではない。現実の地上だ。魔術師のような、派手なローブ姿……。
やっぱり珍妙な格好の男だな。
エーコ? 彼女のローブはシンプルなのでギリギリただの上着に見えないこともない。
「あんたは……?」
「ほう。
いや……そうじゃないんだ。
本当は驚くべきなんだが、つい先程同じようなことが起きたので悪い意味で慣れてしまった。
良くない傾向だ。
こいつだって気配なく俺の背後に立った。その気になれば俺を殺すことも出来たはず。そうしないのは、ひとつに敵ではない可能性。もうひとつは、不意討ちだろうが正面からだろうが、俺程度は難なく殺せるという自信の表れ……かもしれない。
気を引き締め直し、ローブの男に向き直る。
人を『若いの』とか言ったり、一人称が『儂』だったり。言葉遣いは老人っぽさがあるが外見はとても若い。そして結構ゴツい。
俺よりは上だろうが、おっさんというほどでもなく。
髪は濃い茶色。西洋系の顔立ちだな。
クロとは異なり、鑑定の妨害はしていない。
だが、その正体はぼんやりとしていて、よく分からない。
人間にも、ヒュドラ生物のようにも思えない。
その他のカテゴリといえば……他の超越者か、あるいはその眷属か?
俺が鑑定の精度を上げたことは当然気付かれているだろう。
しかし、男は態度を崩すことなく俺に尋ねてきた。
「どうだ。儂が何者か分かったか?」
「…………超越者、か」
「その通りよ」
超越者、か、あるいはその眷属。と答えようとしたのだが。
食い気味に返答を返された。
俺の鑑定では超越者の強さなんて計りようもない。正解なんて分かるわけもないな。
「儂は《嵐の超越者》」
「……………………」
そんだけ? 名前とかねーの?
いや、簡単に名前を名乗ったモニクやアネモネのほうが変わり者、という可能性もあるか。
モニクだって自称だし、いわば偽名みたいなものだった。
アネモネに至っては、意思疎通できる相手がほとんど居ないのだったか。
「ふむ。ひと目で儂の正体を見抜いたくらいだ。名のある異能者なのだろう。ならば、儂が超越者という割に力が小さいことが気になるか?」
「え……いや」
「誤魔化さずとも良い。貴様の見立て通りよ」
そうなの?
言われてみりゃそんな気もしないでもないが、そもそも俺には超越者の力の大きさなんて分からねーよ。
どうもこの男、ひとりで勝手に話を進めるきらいがあるな。
「昨晩ちと大きな戦いがあってな。そのときに力を削られ過ぎた。回復まで今しばらくかかろう」
…………!
それはまさか。
「それは……」
「貴様には関係無いことだ。忌々しい相手だったが、今となってはどうでもいい。それよりも、生き残った我が眷属を探さねばな」
うぐ……。教えてはくれないのか。
踏み込もうにも、超越者は気まぐれひとつで俺を消せる存在だ。
敵か味方か分からないので慎重にならざるを得ない。
なるほど、セルベールはモニクに対してこういう気持ちだったのか。
「そうだな、これもひとつの縁。貴様の名前くらいは聞いておいてやろう」
「俺は……オロチ」
「ふうむ? 知らぬ名だな。どこぞの有名な異能者かと思ったが、まあよい」
すでに俺への興味が失せたのか、嵐の超越者はローブを
歩き出しながら言った。
「長生きしたくば、もうこの場所には関わらぬことだな。心配せずとも、ヒュドラの支配地は増えたりはせぬ。人間が何をしようと、何も変わらぬよ」
そして、突風と共にその男は消えた。
……何も変わらない?
封鎖地域が今後どうなるかは、モニクにも分からないことだった。
あの男はヒュドラについて、俺の知らない何らかの情報を持っている。
昨晩ここに現れた怪物はやはりヒュドラで、あの男に倒されたということはないだろうか?
それならば、確かに封鎖地域がこれ以上増える可能性は低くなる。
嵐の超越者……。
信仰の歴史では、蛇や竜のような水神から天空の神への流行の変化というものがある。
数多の神話の中で、竜は嵐の神によって倒されるのだ。
なんとなく、俺はそんな話を思い出していた。
スマホを取り出すと、ハイドラの実家の住所を確認する。
あとはGPSに従って……。
アンテナが完全に死んでる!
いや、GPS自体は圏外でも使えるけど。
でも事前に地図データを取り込んでないからな。オフラインだと無力だ……。
まあ別にいい。
街の外に戻るよりは、その辺のコンビニで地図でも調べたほうが早そうだ。
しばらく歩くとコンビニを発見した。
周囲の建物は崩れていたが、店は辛うじて無事だった。
店内に入ると中身の無い衣類が落ちている。
そして、食べ物からであろう腐臭も酷い。
……そうか、ここも封鎖地域だもんな。
多分屋外でもそこら中に衣類は落ちていたと思うのだが、瓦礫や砂埃に塗れているので余り意識しなかったのだろう。
目的の地図を入手すると、すぐに店から退散する。
ハイドラの実家の住所は百頭竜イルヤンカを発見した辺りからは離れた場所だった。
不幸中の幸いだな。
不慣れな地図を頼りに、その場所を目指して進んでいった。
そして、俺はその家を発見した。
周囲はさほど荒れてはいない。これも不幸中の幸いだな。
住所と地図だけで、その家の正確な場所が分かったわけではない。
俺の鑑定索敵が、ハイドラの気配を捉えたのだ。
まずは目標ひとつ。ほっと胸を撫で下ろす。
今のあいつは俺には発見できないはずでは?
だが、危険回避はハイドラの意思でコントロールしていた能力ではない。
その強力さ、不安定さ故に、ふとした切っ掛けで簡単に消え去ってしまう可能性もあるのだったか。
そして、新たに浮上した問題によって、俺はその家の前で足を止めてしまった。
……家の中に、気配がふたつあるんだが。
片方はハイドラだ。
もう片方はよく分からん。
またなのか……。
これ以上異能者だか超越者だかを増やされても、いい加減覚え切れないんだが。
実際クロのこととか忘れかけてたし。
あいつ何の異能者だっけ? アンチエイジングしか覚えてないぞ。
――突如、ハイドラの気配が動いたかと思うと、玄関ドアが勢いよく開け放たれた。
「動くな!」
ハイドラの手にはどこかで見たような拳銃が握られており――
その銃口は、強烈な殺気と共に俺へと向けられていた。
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