第107話 時間の異能者

 こんなことは今まで何回もあった。

 俺がその気配を全く察知できない者。

 すなわち格上の存在。


 チッ……、こいつはダンマスよりも厄介なんじゃないか?


 瓦礫の上を見上げて、声の主を視界に収めた。

 そこに居たのは――


 少年、と形容しても差し支えないような若い男だった。

 長い髪に中性的な顔立ち、細身で小柄。声を聞いていなければ女性と勘違いしていたかもしれない。声も結構高かったが。男だよな?


「誰だ……?」


 いや、その前に人間か?

 それとも人外の存在だとして……敵か? 味方か?


 区別が付かない要因はいくつかある。

 まず、この男の髪は真っ白だ。

 日本人であるようには見えないが、それにしても珍しくはあるだろう。

 一方で、服装は実に普通。若者っぽいカジュアルな装いである。

 俺が今まで会った人型の眷属は、だいたい妙な格好だった。

 それを考えると、今のところ人間っぽく見える。


 しかしこの男、射程内に居ても鑑定が一切通用しないのだ。

 明らかに意図的に妨害されている。

 人間なら正体を隠す必要があるか?


「そう警戒すんなよ、《破毒》のオロチ。異能者だったら能力を隠すのは当然だろ?」


 …………?

 いや、そういえばだいぶ前にそんな話を聞いたような?


「能力の詮索は……タブーなんだったか?」


 一番最近会った異能者が、自分の能力を丁寧に解説してくれた人の良いおじさんだったので、そんなこと完全に記憶から抹消されてたぞ……。


「そうそれ。お前は野良の異能者だから、そういうの疎いんだっけか?」

「う……」


 まずいな。話の主導権を奪われている。

 こいつが何者かも分からないのに、相手は俺のことに妙に詳しい。


 言葉に詰まっていると、男は瓦礫の上からひらりと跳び下りて、俺の前に立った。


「僕は《時間》の異能者、クロ」

「自分でバラすのかよ!」


 ハッ!?

 つい反射的に。


「いやー、僕だけお前のこと知ってるのはアンフェアじゃん?」

「そいつはご丁寧にどーも。で、俺の情報はどこで知った?」

「フツーに天照あまてらすとかから」

「お前、アマテラスの異能者なのか?」

「さあー。そいつはどうだろーねー」


 そこはしらばっくれるのかよ。

 仮にこのクロとかいう奴が野良の異能者だとしたら、アマテラスの情報規制はガバガバってことじゃねーか!

 こいつのことを知らないか、鬼塚さんに確認を取りたいところだが。

 この街でスマホがまともに使えるかどうか非常に怪しい。


「そんなことよりオロチの能力を見せてよ」

「お前……能力の詮索はタブーとか主張しときながら……」

「いいじゃん。ちょっとあのイルヤンカ相手に派手にぶっ放してよ」

「イルヤンカ……?」

「あ、しまった」


 クロの奴は、「てへっ」とでも言いそうな表情で言葉を止めた。ウゼえ。


「おいなんだそのイルヤンカってのは。もしかしてあのダンマスの名前か?」

「しょうがねーなー。特別に教えてやるよ。天照あまてらすには内緒だぞ?」


 ……いちいちウザい奴め。


「あいつは百頭竜イルヤンカ。最初の頃は野良の異能者相手にも普通に名乗ってたらしいよ。天照あまてらすはちょっと出遅れてたから、その情報は伝わってなかったんだろうね」


 …………。

 ロングなんとかはコードネームだったな。それは別にいいんだが。

 新しい情報どうこうより、人類戦力の足並みの悪さに閉口してしまった。

 そしてその考えは巨大なブーメランとなって俺に突き刺さった。


「くっ……」

「どうしたオロチ? まだ戦ってもいないのに」


 なんでもねえよ!


 調子の狂う奴だ。……だが、油断は出来ない。

 モニクとハイドラの情報が欲しいのはやまやまだが、どこの誰とも分からんような奴に彼女たちの情報を与えるわけにはいかない。


 ならば何を聞く?

 昨晩現れたヒュドラについては、こいつは何か知らないか?


「まあ戦わないなら仕方ないか。僕はオロチの異能に興味があるんだ。破毒……毒を破る力。まるで《毒の超越者》をメタるような力。興味深いね~」


「……そこまでたいしたもんでもないだろうよ」


 異能者と超越者の力量差は、相性有利メタ程度ではどうにもならない。

 だが、この能力のおかげで生き延びているのもまた事実。


「そんなことはないさ。僕の《時間》の異能なんて、せいぜい生物一体の一部の速度を変化させたりとか、地味すぎて泣けてくるからね」


 ……え? そうなん?

 なんか名前だけだと凄い能力っぽかったんだが。


「その速度変化って、実際にはどういう用途で使うんだ……?」

「アンチエイジングとか」


 本当に地味だな!

 一部に凄い需要がありそうな能力だが。

 美容業界の会社とか、簡単に就職できそう。


「それは……裏方向きというか、地味に儲かりそうな能力だな」


 なんだって、こんな最前線に出てきちゃったんだ。


「そうなんだよ。僕、ずっと裏方だったんだぜ。いきなりこんなとこに出てくる羽目になって、面倒臭いよなあ」


 ふーん? こいつにもなんか色々と事情がありそうだな。


「あっ。急用思い出した。じゃあまたな、オロチ」

「えっ? お、おい」


 問いかける間もなく、とんでもない素早さでクロは瓦礫の影へと消えた。


 なんだよ急用って! この封鎖地域のド真ん中で急用って!

 嘘くさいにも程があるわ!


 色々話し込んでしまったが、割と近くに居るはずの百頭竜イルヤンカは、やはりこちらに気付いた様子は無い。

 だがそれもいつまで続くか。

 俺も早くここから離れなければ。


 神話上のイルヤンカってのは蛇あるいは竜、ならば分類的には水属性。

 まあオロチやヒュドラの同類といえば同類だな。

 ヒュドラ生物として頭ひとつ抜けた存在だとしても納得がいく。

 別に透明化の能力なんて無かったはずだが。

 名前は重要、されど名前にそこまで意味はない、か。


 あいつがこれまで複数の異能者と戦った結果が、瓦礫だらけのこの街の惨状ってことなのかね。

 ……弱くはないだろうけど、やっぱり他の巨大化生物とそんなに変わらん気もするな。




 無目的に街中を歩いた。

 鑑定マッピングによって得た地形情報と距離を考えると、ちょうど今は街の中央辺りか。

 しらみ潰しに歩くのも情報収集の基本かもしれないが、モニクたちの手掛かりが全く無くて焦る。

 何か……何かなかったか。


 ……あった。

 ヒュドラの出現や、あのモニクが音信不通になったことで俺も混乱していたらしい。

 元々この街に来るきっかけになったのはハイドラだ。

 ハイドラがこの街に着いたなら、まずは実家に向かうはず。

 そしてその住所は、すでに本人から聞いている。

 こんな簡単なことを失念しているとは……。


 該当メッセージを見るため、ポケットのスマホに手を伸ばし――


「そこの若いの。ちょっといいか」


 その声は、いきなり背後から聞こえてきた。

 おいおい……今度はなんだよ。

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