第106話 不可視の竜
次の駅で降りると、駅前には既に黒塗りの車が待機していた。
準備がいいな。元から並走していたのか?
「ヘリを降ろせる最寄りの場所まで、車で移動します」
ヘリって封鎖地域では落ちるんだよな?
いや流石にそんなミスはしないだろうから任せるけど。
直線距離なら多分一、二時間程度。
各地の封鎖地域を避けていくならもう少しかかるだろう。
瓦礫の街に着くのは昼頃だろうか。
さて、俺はどうする……。
今からでもアネモネに救援を頼むべきか?
いや。
確かにモニクをひとりで行かせたことを後悔はした。しかし。
それが裏目に出て、終わりの街の仲間に何かあったらどうする。
エーコやセレネであれば、将来的に結界解除を習得できる可能性がある。
アネモネと力を合わせれば、いずれは封鎖地域を解放することも夢ではない。
俺とモニク、ハイドラに万一のことがあっても、希望が潰えるわけではないのだ。
……瓦礫の街には、俺だけで行く。そこは予定通りだ。
車の外からヘリのローター音が聞こえる。
早い……!
やっぱり元から準備していたな?
だだっ広い駐車場に何台かのパトカーが止まって封鎖しているようだ。
ヘリはそこに着陸した。
ヘリポートがたまたまそばにあるとか、そんなことは無かった。郊外だしな。
「オロチさん、行きましょう」
「手間をかけさせて、すいません」
心底そう思うわ。
少し我儘を言い過ぎという自覚はある。
「いえ、この程度はどうということはありません。我々もあの怪物の正体を知りたい。事態は一刻を争います。もしヒュドラが出現したなどと諸外国に判断されたらどうなることか」
「……ミサイルでも撃ち込まれますか?」
「人間同士の戦争であれば、友軍とはいえ勝手にそんなことをする無法は通らないでしょう。しかし――」
鬼塚さんはそこで言葉を切った。
敵はヒュドラ。未知の怪物だ。
人類未曾有の危機にあって、誰がどんなことをするかは予想が付かない。
俺が考えるよりも、変な方向で責任重大になってきた。
クソッ、この状況はまるで――
「午後ショーじゃねえか……」
「え?」
「いや、なんでもないっす」
ヘリに乗るのは初めてだが、余計なことを考える余裕がなかった。
こう、普通なら怖いとか楽しいとか色々あるだろうにな。
道中、いくつかの封鎖地域を迂回して飛んでいた。
上空からでは境界線がどこなのかはよく分からない。しかし、建物の損壊が激しい部分が恐らくは地下迷宮の入口がある場所なのだろう。
そして、目的地である国内最も危険な封鎖地域。
ヒュドラ毒の効果範囲だけでなく、要避難地域も合わせた境界線は、国内最大の封鎖地域を形成してもいる。
これが――《瓦礫の街》か。
ヘリでは要避難地域には入れない規則らしい。
「構いません。あとは徒歩で行くんで」
別にたいした距離じゃない。
護衛の連中にヒュドラ毒の範囲ぎりぎりまで付いて来てもらう意味もない。
近付いても無駄に危険なだけだ。
車を出してもらうという話も断った。
鬼塚さんに瓦礫の迷宮を透視してもらう予定も先送りだ。
もし必要そうだとしても、もう少し状況を調べてからで良いだろう。
「解析班からの報告がありました。映像のヒュドラの首の数……最大で六本だそうです」
六本?
やはり少ないな。
……今はまだ、それにどんな意味があるのかは分からないが。
「それと、ヒュドラの出現と消滅について。これもはっきりとは映っていないそうです。その瞬間はノイズとか閃光とかばかりで、急に現れて急に消えたとしか」
あんなデカブツが遠くから普通に移動してきたということはないだろうし、なんらかの魔法によるギミックではあるのだろう。
「鬼塚さん、ここまでありがとうございました。それでは」
「ご武運を……」
住民が避難した無人の地を、瓦礫の街に向かって歩き出す。
地鳴りのような音が、遠方から響き渡っていた。
街に近付くにつれ、その気配が濃厚に感じられてきた。
鑑定の射程距離とか、そんなものは関係ない。
巨大な生物があの中に潜んでいると最初から分かっていれば、全ての音の原因がそうであると推測するのは容易いことだ。封鎖地域で工事なんかやってるわけないしな。
外側からは見えない。
そして、俺はヒュドラ毒満ちる瓦礫の街の、本当の境界線を越えた。
地上の毒の境界線というものは初めて体験するが、思ったよりも清浄な空気とははっきりと分かれている。
ヒュドラ毒がガスや煙のような存在であれば、境界はもっと曖昧になっていたのであろうが。
これは魔法の産物。地下迷宮――ヒュドラの巣から、明確な射程距離があるのだ。
今優先すべきはモニクとハイドラの安否だ。
ウィスプとスマホ、両方とも再度試してみるがやはり繋がらない。
ん……?
よく見るとスマホはアンテナが死にかけている。
電波が悪いのか?
これじゃあハイドラが街に着いていても探せないじゃないか。
手掛かりが無いな……。
仕方ない、先にダンマス級のほうを当たってみるか。
地響きのような音の発生源に向けて、慎重に進むことにした。
目標のそれは、すんなりと見つかった。
街の内部を、目に見えないなにか――しかしながら輪郭は割とはっきりしている巨大な生物が、大きな足音を響かせながらゆっくりと移動している。
今のところ、こちらに気付いたような素振りは無い。
こいつが……百頭竜ロングなんとか!
いや百頭竜かどうかは知んねーけど。
なるほど……大きさは今までの巨大化生物とそこまで変わらないな。
事前にトカゲ型と聞いていたので、形を把握するのも容易かった。
同じトカゲ型のバジリスクよりはずっとデカい。
保護色っぽくはあるけれど……風景と結構ズレてる。
いや、普通に居場所バレバレだなあ。
ただ遠くから見た場合、確かに動いていても瓦礫が崩れているようにしか見えないかも。
ここは名前の通り荒れ放題、瓦礫だらけの街だ。
こんなのが地上をウロウロしていても、一般人には見つからんわけだ。
見つかっても情報規制とかされてるのかもしれないけどな。
……それにしても、とんでもない魔力量だ。
モニクやアネモネみたいな測定不能の連中を除けば今まで見た中で間違いなく最大、あのゼファーすら軽く上回る魔力を
むしろ魔力がデカすぎて「本当に百頭竜なの?」とか疑うレベル。
雑魚の巨大化生物とかでは絶対にない。
そりゃあ、「ダンマスかもしれない」と判断せざるを得ないよなあ。
頭がいいから怪しい、だからダンマスかもしれない、って話はどこにいったんだ?
一目瞭然の魔力の化け物なんだが???
怪しくないと判断する部分が1ミリも見当たらんわ!
ではこいつが魔力相応の驚異なのかというと――
うーん。微妙では?
内包している魔力だけなら俺とか、あと配下を魔力化して召喚するセレネも相当な量のはずだが、それが本人の戦闘能力に直結するかというと答えは否である。
このロングなんとかからも、同じニオイを感じるのだが……。
ダンジョンマスターとはそういうものだとバジリスクで学習した俺ではあるが、こいつは更に極端だ。
動きは鈍いしなんだか頼りない。病気でもしているのだろうか。
肉体、あるいは精神に不調をきたし、それが原因で地上をウロウロしている。
有り得る話かもしれない。
そもそもこいつ、この巨体でダンジョンとか入れんの?
デカいから地上に居るだけ、とかいうオチじゃないだろうな……。
まあまだ結論を出すのは早い。
実はこの街のダンジョンの通路も広い、という可能性もある。
出来るなら地上で仕留めたい。
しかし、魔力量とアンバランスな強さとはいえ、俺があの巨体を削り切るのにどんだけ時間がかかるか分からん。
よって後回し。
ダンマスを迂回して街の奥へ進むべく、奴の死角……と思われる方向へと建物の陰を進む。
顔の位置は見当が付くけど、目がどこにあるのか分からん……。
「あれ? 戦わないんだ? 噂のオロチの力が見られるかもしれないと思ったのに」
その声は、近くの瓦礫の上から聞こえてきた。
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