第85話 復讐の騎士

 こいつは騎士なんて名前だが、公国騎士ではなく亡国の騎士なのだ。

 まぎらわしい。

 ゲーム中の設定で、王女セレーネの故郷が滅ぶ前……その王国に仕えていたという人物である。正確にはそのアンデッドか。


 最初から死んでいたのか、迷宮に来てから死んだのか、その辺の細かい設定までは知らん。俺はゲーム中ではこいつを見たことがない。だから忘れていたともいえる……。


 西側の出入り口は開け放たれている。

 外に出れば戦闘が始まるだろう。

 逃げるという手もあるが、また追手が増えることになる。

 公国騎士にワイバーン、更には復讐の騎士ウィリアム。

 あとコボルド……は別にどうでもいいか。

 行動範囲に限りがある場所で、これ以上リスクを増やすのも考えものだ。

 ウィリアムの足の速さにもよるが、ウィスプの広範囲索敵は放置するには危険すぎる。

 難しいな。成り行きに任せるしかないか。


 そして、俺は外へと出た。


 ウィリアムが刺突剣を抜く。

 確か、周囲を漂うウィスプも攻撃に加わってくるのだったか。

 亡国の王女もそうだったが、亡国側のボスだからモンスターを引き連れているわけだな。


 セルベールだけでなくブレードも実のところ、ゲーム設定上では亡国とは無関係だ。なのであいつらは他のモンスターと徒党を組んだりはしていない。

 現実では、そこまで設定に忠実な役割ロールじゃないけどな。

 ざっくりケクロプスの騎士が公国側、ドゥームフィーンドが亡国側という構図になっている。創造主別にチーム分けした感じか。


 ウィリアムは立場上、説得の余地が一応なくもない……気もする。


「あー、なんでそんなに殺気だってるんだ? 出来れば戦いたくはないんだが」


 身に覚え……はあり過ぎる。

 そもそも人類とヒュドラ生物は敵同士。

 俺はダンジョンを荒らし回っているし、ドゥームフィーンドに限定しても大勢殺した。

 あと亡国の王女もってたわ。

 ったのはブレードだけどな!

 これで仲良くなれると思うほうがおかしいだろう……。


『…………』


 無言で返された。

 こいつは言ってみればゾンビとかあの辺のボスなので、会話機能は搭載されてないかもしれん。

 意思だって無いのかもしれない。

 なら殺気に凄い憎悪が混ざってる気がするのもそういう演出。

 ……そう思っておこう。


 ウィスプの中から三体ほど、急激にこちらに向かってきた。

 水魔法で水球を三つ生成してブチ当てる。

 消滅させるには至らなかったが、水を嫌がったのか離れていった。

 が、その間を潜って更に一体。

 落ち着いて手斧の一撃を食らわせる。

 今までも不定形生物への物理攻撃は効果があった。

 ウィスプも例外ではなく、光の粒子となって俺に継承される。


 復讐の騎士ウィリアムが動いた。

 ようやく本命か。

 奴の持つ刺突剣はゲーム内じゃ鎧へのクリティカル効果があるらしいが、布の服しか着てない俺には関係ない。当たったら全部クリティカルです。


 そんな点の攻撃、俺には当たらないけどな!


 引き付けた攻撃を躱し、魔力剣を展開する。出し惜しみは無しだ。すれ違いざまに一気に振り抜いた。

 魔力剣は鎧を通過して直接ウィリアムの本体に届く。

 が……。

 肝心の中身まで通過してしまった。

 全く手応えがないまま、交差して仕切り直しとなった。


 鎧の中身が無い? いや……違うな。

 魔力剣は斬れないものは基本的に素通りする。

 ……つまり俺の力量では、魔力剣でこいつを斬ることが出来ない?

 厄介なことになった。どうやってダメージを通したものか。


 一応起動準備だけはしているが、石化毒を使うのはリスクが高い。

 バジリスクの力を制御するためには他の行動が制限される。

 ウィスプは性質上石化が通じない気がする。石になりそうな部位が無い。

 こうもウィスプの数が多くては……ウィリアムを倒している間に、俺も攻撃されてやられてしまう可能性が高い。


 と、気付いたら周囲を大量のウィスプに囲まれていた。

 弾幕攻めかよ!

 俺の当たり判定は見えてるとこ全部だ。こんなの躱せっか!

 周囲に水の膜を張る。即席結界だ。

 一匹強引に割り込まれ、体当たりを喰らってしまう。


 ウィスプの攻撃は生命力吸収だったか。

 現実で使われたらやばそうな響き…………あれ?

 身体にめり込んだウィスプは俺の生命を吸収しようと……してるのは分かるんだが一向に効かない。むしろ俺に継承されそうになって慌てて離れていった。そして水の膜に当たってダメージを受けている。


 なんだこれ。運営ヒュドラが想定していなかった挙動か?

 ゲーム上のウィスプの能力であった生命力吸収は、俺とは極端に相性が悪い攻撃だったようだ。警戒していたのがアホらしくなるほどに。


 だったら敵はウィリアム一体だけだ。

 ウィスプの攻撃が脅威でないのなら、石化毒に賭ける価値はあるか?

 ウィリアムにも通じない可能性はあるが、既に正攻法の攻撃が通じない。

 このままではジリ貧だ。起動準備はもう出来ている。

 やるしかない!


「石化毒!」


 白煙がウィリアムの周りを白く染める。

 ウィスプにはやはり効かないか。

 肝心のウィリアムには……効いてない!?

 銀色の鎧が疾走し、白煙の中から反撃の剣尖が迫る。

 失敗した!

 バジリスクの力は使用時の隙がデカい。

 同時に他の魔法は使えないし、使っている真っ最中に急に動くことも難しい。


 かろうじて正中線への一撃をよける。

 だが刺突剣は俺の腹を貫いていた……。


「が……はっ……」


 なんてこった。黄金騎士戦に続いて、またもクリーンヒットを貰ってしまった。

 そろそろ俺の実力では限界に近い領域なのだろうか。

 まだ意識はある。こいつの武器が刺突剣だったのが不幸中の幸いか。

 幅広の剣だったら多分即死だった。

 気力を振り絞って、手斧をウィリアムに叩きつけようと――


 片手斧マムシから赤い妖光がほとばしった。


 赤いやいばは兜にめり込み、面頬を弾き飛ばす。

 それを見た俺は、腹に刺さった剣を持つウィリアムの腕を左手で掴んだ。


「ようやく起きたのか、マムシ!」


 振り抜いた手斧を返すと、今度は首に叩きつける。

 鎧の破片が舞うが、まだ浅い。

 そして、俺はそのとき初めて、面頬の中のウィリアムの素顔を見た。


 それは骸骨だった。

 スケルトンと呼ばれるアンデッドモンスター。

 石化毒が通じないわけだ。石化しても動きが変わらない……。


 だが。


 かつてワーウルフを石化させたときは、金属バットでも容易くその身体を砕くことが出来た。

 こいつもそうだ。

 元々の骨の状態よりも、石化した今のほうが弱体化している!


「魔力剣!」


 赤い魔力のオーラが伸びる。

 今度は素通りせずに、ウィリアムの鎧にがっしりと食い込んだ。

 焼き切れるかのようなエフェクトと共に、鎧を削り骨に喰らい付く。


 そして、ウィリアムの首から左脇までを斬り裂いた。

 頭部と左腕が、ゴトリと地面に転がり落ちる。


 クリティカルが一定時間持続していた……。

 マムシの能力、ゲームの仕様より進化しているのか?


 ウイリアムの右腕から手を離すと、残された胴体も崩れ落ちた。

 俺の腹は刺突剣に貫かれたままだ。

 回復魔法をかける。

 そのまま左手でゆっくりと剣を引き抜く。右手の斧を落とした。

 全て引き抜くと右手で傷口を抑えながら回復を続ける。

 ヤバい……。

 今気を失ったらそのまま死ぬやつだこれ。

 絶対に回復を途切れさせるわけにはいかない。

 俺のショボい回復魔法でもずっとかけてれば治せるはず……だよな?


 くっ……意識が朦朧としてくる。

 回復速度が遅すぎる。

 時間の進みも遅く感じる。一体あとどれだけかかるんだ……。




 …………!?




 今、急激に回復した感覚が?

 なん…………うっ、痛い! 凄く痛い!!

 どうなってる!? あっ……今度は痛みが和らいで……。


 最初は戦闘の興奮と死への恐怖のせいか痛覚が麻痺していた。

 回復が進んで精神的な余裕ができたから痛みを感じたのか。

 そして既に痛みの原因も回復しつつ。


 今の、明らかに俺の魔法じゃないな?

 とんでもなく強力な治癒魔法だ。


 一体誰が?

 身体は動く。

 首を回して謎の回復魔法の発生源を見た。

 そこに居たのは――

 ゲームに出てくる神官のような服を着た、小柄な犬頭のモンスターだった。


 コボルド……?


 俺を追い回していたヤツ……か?

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