第84話 松明持ちのウィル
それから二駅分、西へと進んだ。
次が地元駅、その次が地上へと続く目的地だ。
ここまで特に問題は無い。
道中変わったことといえば、またコボルドを見つけたことだ。
しかも二回。やはり少し離れた場所からこちらを見ていた。
つけられているのだろうか?
単に他の個体という可能性もあるが。
コボルドの顔とか見分けつかん。
でも服は毎回同じだった。
この街には同タイプのコボルドしか居ないのだろうか?
その点を除けば、少し余裕が出てきた。
西の駅の様子を確認したくはあるが、真っ直ぐ進んだらいつ公国騎士の奴らに気取られるか分からない。
少し寄り道して潜伏先を確保しておくのもいいだろう。
候補としては、やはりショッピングモールだろうか。
線路から少し離れるが、ここからはすぐの距離だ。
空の様子を見ながら慎重に進むこと十数分。
ワイバーンは封鎖地域の南北の端までは行くことはないのか、ちょくちょく視界に入る。
が、一向に襲ってくる気配が無いので少し慣れてしまった。
良くない傾向だと思うので気を引き締め直す。
こちらを認識していないというのは事実かもしれないが、何かの騒ぎを起こせば興味本位で降下してこないとも限らない。
ショッピングモールの東側入り口に到着した。
地上ではいつも西口しか利用してないのでちょっと新鮮である。
東西に長い建物なので、少しだけ移動距離を稼げるな。
館内には普通に買い物客は居るし店員も居る。
もちろん偽者だが。
ファーストフードの店員は、見覚えのある制服を着ていた。
きちんと再現されているっぽい。
これは……中身の人間のほうも再現されているかも分からんな。
ショッピングモールに知り合いはいないし、店員の顔も覚えていないので確認のしようもないが。
四階のバックヤードを訪れる。
鍵がかかっていた。
ふと思い立って、力を込めてドアを引く。
なんと、鍵が壊れてドアが開いてしまった。
ついでにドアも外れかかった。
脆すぎる……。この建物、床が抜けたりしないだろうな?
従業員食堂に着くと、その光景に息を呑む。
人が居る。
席には従業員が座り、キッチンには調理人が居た。
そうか、これがこの場所の本来の風景か。
普段は俺ひとりか、探索の仲間たちしか居ない場所。
本来よりは人数が少ないのだろうし、食べ物までは再現していないようだが。
なんとなく、食堂のメシの味を思い出して腹が空く。
ここで何か胃に入れておくか。
――これだけ場所を再現できていれば、ジャンクフード召喚も可能かもな。
そう、それはそんな冗談じみた思考の末の気まぐれだった。
食堂の月見うどん。普通に召喚できてしまった……。
特定の料理は、その記憶を読み込んだ場所でしか召喚できない。
この条件は、厳密には俺の思い込みに過ぎない。
魔法を使うには「絶対に実現できる」という強固な思い込みが必要なのだ。
今回はその条件を満たしてしまったようだ。
しかし、本当に驚いたのは次に起こった出来事だった。
近くの席に座っていた従業員の男が、突然立ち上がってこちらを見た。
それだけではない。食堂じゅうの人が俺を――
いや、うどんを見ている?
…………。
最初に立ち上がった男のところへうどんを持って行った。
「食います?」
男は無言で座り、備え付けの割り箸を取る。
そしてうどんを食べ始めた。
あ、普通に食えるんだ……。
このドゥームフィーンドもどきには、自我など無いんじゃなかったのか?
違う……。
そうではなかった。
この人たちには、役割に応じた記憶が僅かながらも残っている。
役割――それは恐らく、この人たちが死んだときの行動。
ならばこの食堂に居る人たちは……。
やはりあの日あのとき、この場に居た人たちなのか。
男はうどんを食べ終わった。
その身体は徐々に色を失い、薄っすらと光を放っている。
そして粒子のように崩れ、それすらもやがて消えていった。
決して終わるはずのなかった、『役割』を終えたのだ。
食堂の人々は、何事も無かったかのように元の動きに戻っていった。
バックヤードを後にして、一階に降り西へと進む。
幽霊などというものはこの世には居ない。
俺は元々そう思っていたが、魔法の仕組みを知るにつれ余計にそう考えるようになっていた。
それはただの残された記憶だ。
祈りや弔い、幽霊への恐怖などと同じように、全ては生者がどう受け取るかの問題だ。
この街の人々が死者や幽霊だなどとは、俺は思っていない。
彼らはれっきとした生命体であり、新しい命であり、つまり生者なのだ。
どんなに弱く儚く……短い命だったとしても、だ。
ふと、道行く人々の中に異物を発見する。
――それは『人魂』だった。
人々の間をすり抜けるように飛んでいる。
いやいや幽霊は居ないっつっただろうが言ってるそばからなに雰囲気盛り上げてんだ天ぷらにするぞこの野郎。
落ち着け俺。
幽霊は居ない。居ません。よし。
人間じゃないならモンスターだろ?
ゲームは夢幻階層まで遊んでないので遭遇したことはないが、未見のモンスターがちょうどあんな形だったはずだ。
人魂のような、あるいは半透明の鬼火のような存在。
あれは……『ウィルオウィスプ』だ。
海外の伝承に出てくる怪異がその名前の元ネタである。
スペック的には俺より弱い。
しかし俺を見て一目散に逃げ出すほどでもない。
スライムやゾンビのように感情設定が無いのかもしれないが、その割には襲いかかってくることもない。不思議なモンスだ。
こいつらは設定的に元王国、つまり亡国の民の魂なのだろう。
天国にも地獄にも行けずに夢幻階層を彷徨い続ける魂。
ある意味この街に相応しい雰囲気のモンスターだ。
というよりゲーム中の設定からして夢幻階層に合わせているので、そりゃそうだなって話なんだが。
ゲームでは無限湧きの雑魚モンスなんだが、亡国の死者がみんなウィルって名前だったわけでもあるまい。ゲーム的なご都合だよな、などとくだらない考えが頭をよぎる。
もう一体増えた。
と思ったら更に一体。
ウザい……。
もうすぐショッピングモールの西口だ。
この場所を拠点にすることも考えたが、モンスターが居るのでは落ち着かない。
さっさと抜けてしまおう。
中央通路は真っ直ぐなので出口は見えている。
ウィルオウィスプの数は、出口が近付くにつれて増えていった。
出口の先に人影が見える。
民間人にしては妙なシルエットだ。
そう、まるで全身鎧――
公国騎士か? だが少なくとも四騎士でも黄金騎士でもない。
形が違う。
それでも奴らの一味だったら見つかるわけには……いや、もう見つかっているのなら逃がすわけには行かない。
足を速める。
そして、出口の先にいる人影から恐るべき殺気が伝わってきた。
これまでに味わったこともないような強烈な憎悪。
その姿はやはり騎士だ。
素顔を隠したフルフェイスの兜と全身鎧。
それは黄金騎士や四騎士のきらびやかな鎧とは比ぶべくもなく。
いや。
鎧の造形と銀色の下地。
そこからは、かつての立派な騎士像が思い浮かばないこともない。
……だが今は。
泥と、錆と、乾いた血。
それらで汚れ朽ち果てる寸前の亡者の鎧。
こいつは……《二つ名持ち》モンスター!
ドゥームダンジョン十強――《復讐の騎士》ウィリアムか!
クリア後ボスの一体にして、ゲーム中最強のアンデッドモンスター。
完全に存在を忘れていた……。
よりによってこんな状況で遭遇するとは!
アンデッド……松明持ちのウィル……ウィリアム。
そうか、ウィルってのはウィリアムの通称だ。
ウィルオウィスプはこいつの『目』であり斥候だったのか。
ブレードによれば、残るドゥームフィーンドは俺のことを能動的に狙ったり追い回しているわけではない。
だが、遭遇してしまえば襲われる確率は非常に高いということらしい。
名指しで聞いたわけではないが、この《復讐の騎士》も例外ではなかったようだ。
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