第86話 コボルド

 こいつはコボルドの派生モンスター、『コボルドヒーラー』である。

 コボルドヒーラーは《二つ名持ち》ではないし『強化個体』とか言うほどの大げさなモンスターでもない。有り体に言って雑魚だ。

 治癒魔法を使うことが出来るが、それ以外のステータスは部分的には無印のコボルドより弱かったりもする。

 その治癒魔法だって、こんなに強力ではないと思ったが……。


 他にもコボルドメイジやコボルドナイトなどの特化型コボルドが存在する。

 ゲーム中の話であって、この迷宮で見たことはない。


「なんで俺を助けた?」

「…………」


 コボルドは首を横にこてんと傾けて、黙って突っ立っている。

 こいつ……会話が出来ないのか。

 そりゃそうか。コボルドだしなあ……。


 敵意は無さそうなのでこいつのことは後回しにしよう。

 それより。

 骸骨姿の騎士は地面に転がったままだ。消失していない。

 まだ倒し切れていないということだ。


 手斧を拾う。赤い妖光はすっかり消え失せていた。

 地面の頭蓋骨に向けて斧を振り上げようとして。


『お前…………人間……人間だな?』


 うっ……!?

 こいつ、喋れたのか?

 といっても、骨だから声帯無いし念話だが。


『そうだ……今……意識が戻ってきた』


 勝手に俺の心を読むな!

 あ、正気に戻ったの?

 今更……?


『時間がない……我々はもう長くはない』


 我々?


『我々は復讐の騎士……この魂はひとりの魂に非ず』


 お前、群体とか……そういうアレだったの?

 確かにウィスプの群れとか、そんな感じもあったが。


『人間……名前を聞かせろ……』


「……オロチ」


『オロチ……ヒュドラに仇なす同志よ』

『滅ぼされた王国と民の恨みを』

『我らの願いを背負う王女を』

『どうか頼む……我々の代わりに』


 それはただの作り話だ。

 滅んだ王国なんて存在しない。

 王女なんて本当は居ないんだ。


 お前は――


 架空の役割を与えられたに過ぎない。


『違う……違うぞオロチ』

『我らの故郷は確かに滅ぼされた』

『我らは王国の最後の騎士』

『そして守るべき王女は実在する』

『我らの役割は、お前が引き継ぐのだ』


 話にならない。

 ドゥームダンジョンが史実を元にしているだとか、そんなことは有り得ない。

 それはモニクに確認済なのだ。

 あれは徹頭徹尾、創作のはずだ。

 ウィリアムの妄言になど付き合い切れない。


 だが……。


 ヒュドラと戦うという意思だけは、俺が引き継いでやる。


『それでいい……』


 ウィスプが一斉に集まってきた。

 おい何をするやめ――


 人魂たちも骸骨の騎士も全て砕け、光の粒子となった。


 今まで継承したことがないような量の、力が流れ込んでくる。




「うええ……」


 急激な継承と、脳内にやたらと流れ込んできた恨み言で少し吐き気がする。

 だが継承は力を受け継ぐだけだ。

 あいつらのネガティブな精神性に影響されることはない。


 やっぱりドゥームフィーンドはノリが良過ぎるな。

 ある程度の知性が無いと、自分が役割ロールを与えられただけの存在ということにも気付けない。

 ウィリアムの正体は群体モンスターだったので、ひとつひとつの燃えさしウィスプはそこまで頭が良くないのだろう。


 さて、これからどうするんだっけか?


 そうそう、線路沿いに進むと勘のいいヤツには気付かれるかもしれない。

 だからちょっと捻って、少し南にずれて移動してるんだったな。


 このまま西に進むと俺の元自宅だったアパートがある。

 この夢幻階層ならアオダイショウに壊される前の姿だろう。

 ただの興味本位だが、見に行ってみるか。


 その前に。

 コボルドのほうを向いて声をかけた。


「怪我、治してくれてありがとう。何かお礼とか、望みはあるか?」

「…………」


 首をかくんと横に向けて、やはり無言である。

 だよな知ってた。


「俺はあんまりお前らの顔の区別が付かないんだが……今後はなるべくお前らの種族とは戦わないようにするわ」


 それだけ言い残すと、ショッピングモールの敷地の外に向かう。

 その斜め後ろを、コボルドがとてとてと歩いてくる。


「え? お前、付いて来んの?」

「…………」


 あー……。


「まあ……好きにしろよ。でも俺のそばに居ると戦闘に巻き込まれるぞ。助ける余裕なんてないから、なんかあっても自力で逃げろよな」


 そして西へと向けてひとりと一匹、無言で歩き続ける。


 少し前までは、最強モンスターと言っても過言ではないブレードと共に探索していたのだが……。

 いま仲間?になっているのは最弱モンスターのコボルドである。


 順番が……逆!


 最弱と言うにはこいつの魔法はちょっとおかしいが。

 クレリックやオラクルの治癒レベルを遥かに上回っている。

 突然変異かなんかか?

 意思疎通が出来ないから俺に付いて来る理由も分からん。

 単なる好奇心とかだろうか。




 アパートが見えてきた。

 やはり壊れてはいなかった。

 壊れてはいない……が、階段は相変わらずボロい。

 この街の建物の強度を考えると、無事に上れるのか非常に怪しい。


「危ないから外で待っててくれ」


 声をかけると、コボルドはその場で立ち止まった。

 あれ? こちらの言葉は通じるのか? どうなんだろ?

 階段を上ってみるが、付いては来ない。

 こちらの言うことを理解したのか、単に階段がボロくて危ないと思っているのかどっちなんだ。


 二階に上がり、俺の部屋へ。

 鍵はかかっていなかった。

 そして。

 部屋の中には何もなかった。

 内装は再現されているが、荷物とかは無い。


 まあ、こんなもんか……。

 この街は、なんでもかんでも精巧に再現されているわけではない。

 ハリボテみたいな建物もあるし、街の住人だって本来よりずっと少ない。

 このアパートは、力を入れて再現される場所にたまたま選ばれなかっただけだ。


 部屋を後にして、共用通路から階段に出る。

 アパート前の道路を誰かが横切った。


 ん……?


 街の住民、にしては違和感があった。

 先端は見えなかったが、手に何か長い棒のような物を持っていた。

 黒尽くめの服……は、別にそこまで珍しくはないか?

 フードを被っていて、顔は見えなかった。


 やはり怪しい。

 階段を駆け降りて確認するべきか。

 だが、俺には気付いていなかったようにも見えた。

 わざわざ音を立てて、こちらの居場所を知らせるのもどうなのか。


 ――夢幻階層のドゥームフィーンドはなるべく避けて通れ。

 それがブレードの警告だった。

 復讐の騎士ウィリアムという、トップクラスにヤバい奴と遭遇した後で気を付けるというのもなんだが。


 結局は音を立てないように、慎重に階段を降りた。

 黒尽くめが去った方角を覗き込むが、既に誰も居ない。

 反対側を見ると、コボルドが突っ立っていた。

 少なくとも、こいつにとって危険な相手ではなかったのか。


 黒尽くめが去った方角へ足音を立てずに走り、突き当たり道路の左右を見渡す。

 やはり誰も居ない。

 コボルドが追ってきた。

 手を伸ばして俺の腕をてしてしと叩く。

 なんだ? 置いてかれると思って抗議してんのか?

 んなことより。


「今さっき怪しい黒服が通っただろ? どんなヤツだった?」

「…………」


 コボルドは、首を横に傾けるだけだった。




 油断はしないが、過ぎたことを考え過ぎてもしかたがない。

 ちょっと目立つ格好の一般人だったということもあり得る。


 次の目的地に向かう。

 やはり興味本位ではあるのだが、元バイト先のコンビニだ。

 ここからすぐ近く。徒歩二分もかからない。


 その建物も、やはりアオダイショウに壊される前の姿だった。

 店の中とかどうなってんだろ。

 ぱっと見た感じ、商品とかの見た目は結構再現度高いな。

 俺のアパートとは違う。


 雑誌棚の裏側を眺めながら入り口のほうを見る。

 中のレジカウンター内には人影――つまり店員が居た。


 目が合った気がした。


 おいおい、店員が居るのかよ。

 笑えねー。

 よりによってその場所に、そんなところに、偽者の――


 偽……者の……?


 ショッピングモールの食堂に居た人々は、あの世界大災害のときにその場に居た人たちだと思われた。

 なら……ならばこのコンビニに居るのは……!




 ――年配の男だった。


 その店員は、自動ドアを開けて外に出てきたのだ。

 明らかに、はっきりと俺のことを見ている。




「そこに居るのは……もしかして、オロチくんか!?」




小木おぎ……さん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る