第77話 クソボス
階段を降りて、下の階層へと進む。
景色は依然として石造りの迷宮のままだ。
ブレードは出発してから今まで、常に俺の前を歩いている。
俺が後ろから刺されることを警戒しているとか、まあこいつにはお見通しなんだろう。誠意のつもりなのかもしれない。
道案内してもらってるので迷宮攻略の必要がない、なんてのんきに考えることは出来ない。罠へと
あるいはブレードにその気がなくても俺にとっては死地へ一直線、ということも有り得なくもない。
逆転の発想で、俺がこいつを後ろから刺すのはどうか?
まあ無理だろうな~。
たとえ不意討ちでもこいつを物理で倒せるイメージが浮かばない。魔法も斬られる。
それでもやりようはあるんだが、今はこいつと戦おうという気が起きない。
無印のときから、ブレードとはなにかと縁があるためか……。
「この階層には、人間の言葉でいうところの『ボス』が居る。おぬしの場合は……倒さねば次の階層には進めぬかもな」
「ドゥームフィーンドの親玉? 例のダンジョンマスターか?」
「どちらも違う。おぬしはこのドゥームダンジョンの元となった、人間の作った物語のことは知っているか?」
人間の作った物語。
ゲームのドゥームダンジョンのことだよな?
「だいたいは知っている。あらすじ程度だが……」
「ならば、実際に見たほうが早いだろう」
そしてブレードは、その部屋へと俺を案内した。
その入り口には既視感があった。
周囲のそれに比べて大きく、装飾が多い。
見るからに他の部屋とは違うという主張――いや、これは警告だ。
俺はこの部屋を知っている。
そして、扉の先に居るドゥームフィーンドが何者なのかも分かってしまった。
ブレードはまるで冒険者のように、その重厚な扉を蹴破った。
玉座の間――
ひと言でいうならそのような空間だ。
ただしここは城ではなくて迷宮の底なのだが。
広い空間ではあるが、別に兵士とかが並んでいたりはしない。
玉座に腰掛ける人物と、左右に仕える護衛ふたり。
全部で三人だけだ。
左右に立つマントの男ふたりはモンスター、『ヴァンパイア』。
そして玉座の人物は――
その女は、王者というには禍々しさのある黒いローブとフードに身を包み、豪奢な杖を抱え持っている。
二十かそこらの歳に見えるが、若くして稀代の魔術師という話だったか。
その身体は小柄かつ細身だった。
闇夜のローブの上で波打つ、長く鮮やかな青い髪。
そして三日月の杖の煌めきが、
敵ではなくプレイヤーキャラだと言われても違和感のない、ある種の華やかさを確かに備えた外見。
しかし半ば閉じられた目からは、なんの感情も読み取れない。
それが――
ドゥームダンジョンのラスボス、《亡国の王女》セレーネである。
ついに邂逅してしまった。
こいつの位置付けはどうなっているのだろうか?
ブレードによれば、こいつはドゥームフィーンドのリーダーでもなければダンジョンマスター代行でもないという。
倒さなければ先に進めないだろうとも。
交渉は不可能ということか?
鑑定ではこいつの感情は一切読み取れない。感情を隠しているというより、元から感情が無いとしか思えない。スライムやゾンビのそれに近い。
だが、その脅威度は計り知れない。
身体能力は低そうだが、内包される魔力は底が見えない。
セルベールやブレードにも劣らない、ドゥームフィーンド最強の一角であることは疑いようもなかった。
強いヒュドラ生物ほど、交渉に応じる知能の高さを持ち合わせている。
俺はつい先程まで、そう思い込み始めていた。
ワーウルフや大怪獣など、例外はいくらでもいたというのに。
自分の楽観さに腹が立つ。
目の前のこいつは紛れもない――『怪物』だ。
「おい……ブレード」
「左右の二体が来る。片方をやれるか?」
ヴァンパイアたちが左右に散った。
距離が離れているので目で追えたが、凄まじいスピードだ。
「当然だ!」
護衛ごときに手こずっている場合ではない。
手斧を携え、近い位置のヴァンパイアに向けて駆け出した。
ヴァンパイアといえば牙による噛みつきだが、実際の白兵戦ではなかなか噛み付く機会も無いだろう。魔力を帯びた手刀で攻撃してくる気配が見て取れる。
ゲーム中では様々な状態異常を付与してくるが、現実ではどんな効果があるか分かったものではない。
引き付けて左右の手刀を躱し、相手の腕を狙って斧を振るう。
欲張って急所を攻撃すれば、相討ちを狙われかねない。
見るからに生命力がありそうな奴だ。分が悪い。
末端を攻撃されることを嫌った敵の動きが鈍り、その隙に間合いを詰める。
ヴァンパイアは牙を剥いて噛み付こうと試みる。
情報収納から
後方に仰向けに倒れた相手の鳩尾に片膝を落とし、顔面に手斧を振り下ろす。
こいつが伝説上の吸血鬼なら、この程度では死なないかもしれないが。
所詮は紛い物。
砕け散った光は俺の一部となって継承される。
もう片側を視界の隅に捉える。
ブレードの相手も、こちらと同時に光の粒子と化したのを確認した。
屈んだ体勢になった俺とは異なり、ブレードは立って構えた姿勢のままだ。
やはり白兵戦ではあいつのほうが上か。
今の俺の体勢では、次の攻撃への移行が一歩遅れてしまう。
続いて玉座を確認する。
半透明、多角形の壁が多数現れてセレーネの身体を覆っていく。
あれは――障壁魔法。
オラクルが使っていたものと同じ魔法だ。
だがその練度は比較にもならない。
周囲を覆うだけでなく、対物理と対魔法の障壁を交互にいくつも重ねていく。
まるで障壁魔法のミルフィーユだ。
俺も魔法使いの端くれとして、あの複数魔法操作がどれだけ難しいものかが分かる。また、一枚一枚の強度も尋常ではない。
ゲームにおけるセレーネの強さを支えるのは、この障壁魔法による耐久力。
セレーネの側は、障壁を無視して直接外に魔法を撃つことが出来る。
プレイヤー側は対物障壁を魔法で壊し、対魔障壁を物理で壊す。
そうやって障壁の数を減らしていくのがセオリーだ。
指をくわえて見ているわけにも行くまい。
障壁が一枚でも増えるより先に攻撃すべく立ち上がり――
それよりも一歩早く、ブレードが駆け出した。
一体どうするつもりなのか。
ここまでブレードは、刀による物理攻撃しか見せていない。
こいつはゲーム中でも魔法は使えなかったはずだ。
首刈りアギトであれば、あるいは『障壁の魔法そのもの』を斬ることも可能かもしれない。
だが、あの練度の障壁を?
しかも何層にも重なっているというのに?
攻撃が届く前に、致命的な反撃を喰らってしまうのではないか。
そんな思考が終わるよりも早く両者の間合いは詰まって――
次の瞬間には、大上段から振り下ろされた首刈りアギトが弧を描き、セレーネは袈裟斬りにされていた。
斬撃の軌道上にある障壁は、全て両断されていた。
それこそ菓子のミルフィーユを切るみたいに、対物も対魔も関係なく、全ての障壁を一太刀で斬ってのけたのだ。
――公国の五人の騎士と亡国の五体の悪魔。
まだその存在の全てを確認したわけではないが……。
奴らは言うなれば『ドゥームダンジョン十強』。
そしてその最初の脱落者は、《亡国の王女》セレーネだった。
濃度の高い理不尽を叩き付けられたセレーネはその半眼を見開き――
ぽかんと口を開けて唖然とした表情のまま、光の粒子となって消えていく。
あ、あー。分かる。分かるわ。
アレはないよな。
あんなにも高度な魔法の数々が通常攻撃一発で霧散するとか、俺がブレードと戦う立場だったら
もはや戦場で動いているのは俺とブレードの他になく。
ブレードは刀を鞘に納める。
「強き者よ。良き死合いであった」
そう思ってんのはオメーだけだよ!
こいつ……やっぱりクソボスだわ。
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