第76話 首刈りアギト
「な――」
なんでこいつ、俺の名前を知ってんだ?
「セルベールから聞いている。人間の異能者がこのドゥームダンジョンに辿り着いたとき、我々の戦いも始まるのだと」
声に出す前に答が返ってきた。
それ、侵入者の人間を殺すって意味じゃねーの?
うっかり口に出すと「そういやそうだな」とか言われかねないなので黙ってる。
「別におぬしと戦うという話ではないぞ」
心を読まれた。違うんか。
「おぬしと共に行けば、拙者がどう戦うべきかも見えてこよう。その結果、やはりおぬしと死合う結末にならぬとは言い切れぬがな」
おいおいこの危険人物、付いて来る気かよ。
ドゥームフィーンドに襲われたとき、背中からこいつに刺される可能性も心配しなきゃならねーじゃねーか。
「いや、俺はひとりでマイペースに探索したいというか――」
「タダとは言わぬ。露払いは拙者が務めよう」
――数十分後。
次の階層へと続く下り階段、その前の大広間。
その光景を見た俺は唖然とするより他なかった。
階段を守るように立ち塞がった大量の『ソードマン』は既に大半が床に転がり、次々と絶命しては消失していっている。
うん。全部ブレードがやりました。
当然こいつらもドゥームフィーンドなわけで、キミの同胞なのではブレード君?
初めは俺に殺到したソードマンたちは、途中で脅威判定が切り替わったのか今はブレードに群がっている。剣だの腕だの首だのが冗談のように宙に飛ぶ。
この広間で待ち構えていたのはソードマン――物理攻撃を得意とする剣士たちだけではない。
後衛にはオラクルが並び、魔法による支援と連携を仕掛けてきた。
だがブレードの攻撃はひとつひとつが致命的で、斬られてしまったら回復魔法ではもうどうにもならない。
ならば攻撃魔法による支援はどうか?
結論から言えば、ブレードには魔法が通じない。
後衛から飛んでくる攻撃魔法は、ブレードが刀を振るうたびに掻き消える。
まるで最初から存在しなかったかのように。
首刈り《アギト》――
ドゥームダンジョン最強のこの刀は、『魔法を斬る』ことが出来る。
魔法の『核』を斬ることで、魔法自体を完全に消滅させてしまうのだ。
そう聞くと物凄く便利そうだが、サムライ使いのプレイヤーに言わせれば実際にはそうでもないらしい。
魔法の核とかいうあやふやなもの。
ゲーム内であれば一定のタイミングで発生する当たり判定。
もしくは魔法エフェクト内の何処かにある、不可視の極小当たり判定ではないかとも推測されている。
あるいはその両方。いずれにしても……。
そんなものに大振りな刀の攻撃を当てろとか無理ゲーなのである。
だがその武器を、CPUが操る強キャラが握れば一体どうなるか?
結果として、プレイヤーキャラの魔法という魔法を片っ端から無効化する極悪なボスが誕生した。
いや、はっきり言ってしまえば……。
――《迷宮剣豪》ブレードは紛うことなき『クソボス』だ。
戦士職ならまだいい。ウィザードにしてみれば絶望的。
物理攻撃最強クラスのボスと、正面から杖で殴り合うしか無いのだから。
魔法職でブレード強化個体を倒すのは、ゲーム中で最理不尽のコンテンツとさえ言われている。
こいつのクソボスっぷりが発覚してからは、それまでは人気モンスだった無印ブレードの人気まで下がったらしい。
一説には、無印が装備する妖刀《マムシ》のランダムクリティカルの餌食になるプレイヤーが後から増えてきたせい、という話もあるが。
どっちのブレードも理不尽なんだよな結局。
そして、僅か数分の戦闘によりソードマンは全て倒され、前衛を失ったオラクルたちもあっさり壊滅した。
俺も最初は武器を抜いたのだが、ソードマンたちは近付いてくる前に次々と死んでいくので何も出来なかった。
前衛のソードマンたちには中盤から無視されたし、後衛のオラクルたちに至っては一度も俺に攻撃してこなかった……。
「終わったぞ」
「あ、ああ……お疲れ……ていうかお前――」
ドゥームフィーンドを殺してもいいのか?
そう聞いていいものかどうか。
「必要とあらば斬る。人間とて同胞を殺めることもあるだろう」
やたら察しがいいなコイツ。
危ない奴なのか器が大きいのか全然分からん。
「俺には分からねえよ。ケクロプスの騎士を倒すためって言うならまだしも、ドゥームフィーンドを斬ってまで俺に協力する意味はあるのか?」
「拙者には戦いが必要だ。いずれ百頭竜の域に至り、創造主の礎とならん」
うーん?
こいつ、創造主への忠誠自体はあるのか。
「創造主以外は敵味方とかどうでもいいってことか? 俺がヒュドラと敵対してても構わんの?」
「そうではない。ただ、おぬしとヒュドラの関係については些事だな」
おおらか過ぎか。
でもこいつ、ヒュドラ視点だと明らかな失敗作なのでは?
知性のあるドゥームフィーンドって、軒並み自由すぎるんだが。
「おぬしは拙者が同胞を斬ることが気に食わないのだろう? 自分を殺そうとする者たちまで気にかけるとは慈悲深いことだな」
「え? いや、そういうんじゃないけど……」
「同じドゥームフィーンドとはいえ、あやつらは何のために戦っているのかすら自分で理解しておらぬ。せめて介錯してやるのが拙者なりの情けというもの」
セルベールも自我の無いドゥームフィーンドを野生動物と言っていたか。
向かってくるなら殺すのも止む無しか?
もともとこいつ、同胞を喰おうとか考えてたくらいだし……。
ただ、あいつらが向かってきたのは俺が居たからであって、ブレードと戦うつもりはなかったはずだ。
セルベールとホワイトライダーみたいな腹黒同士が争う分にはなんとも思わんが、ブレードとその辺のドゥームフィーンドという組み合わせはなんかこう、なんかな。
「それに、あやつらは死にはせぬよ」
「死なない? ……そういや復活するもんな。お前もそうなの?」
俺が倒した場合はドゥームフィーンドのリソースごと吸収してしまうが、余力があれば同じ情報の個体を再召喚することは可能なはずだ。
俺のジャンクフード召喚と仕組みは一緒だからな。
厳密には完全な同一個体ではないのだが、そこは考え方か。
ブレードが倒す分にはリソースもダンマスに還元される、はず。
ひょっとしてブレード的には、ぶん殴って黙らせるくらいの感覚だった?
むしろ俺が戦うより平和的解決だったとか?
……なんか真面目に考えて損した気分だ。
「拙者が死んだ場合は恐らく復活は無理であろうな。ドゥームダンジョンの管理代行者は、そこまでの力は持っておらぬ」
ん……?
「管理代行者……それってダンジョンマスターのことか? もしかして、ドゥームダンジョンのマスターはヒュドラじゃないのか!?」
「そうだ」
えっまじで?
そうなると考えることが一気に増えるんだが。
ええっと……まずはなんだ?
「そ、それってどこまでの範囲なんだ? 地上の結界も含まれたりは」
「いや、地上付近の洞窟は含まれない。代行者が管理するのはドゥームダンジョンだけだ。おぬしの考えは分かるが、地上と迷宮を分かつ結界を誰が管理しているかまでは拙者は知らぬ」
やはりこいつは察しがいい。
対超越者結界をヒュドラ以外のダンジョンマスターが管理しているならば、そいつを倒すなり協力を頼むなりすることで結界を解除できる。
ドゥームダンジョンの管理を代行している何者か。
そいつはブレードに言わせればあまり力は無い。
とはいえ力が無いってのはヒュドラと比較してのことだろう。俺からすれば、手に負えないくらいクソ強い奴という可能性ももちろんある。
それでもそいつがドゥームフィーンドのボスなら、セルベールやブレードのように交渉の余地があるかもしれない。
ただ残念なことに、結界の管理者はまた別の奴ということらしい。
だが、ヒュドラではない可能性もあるのか。
それはなんとしても突き止めなければならないな。
ブレードが知らないのであれば、他の奴に聞けばいい。
迷宮の奥深くまで潜る明確な理由が出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。