第78話 夢幻階層
主を失った玉座の後ろに回ると、床には四角い穴と下り階段があった。
玉座の裏に階段とか。
ベタだなあ……。
階段の幅はかなりのものなので、椅子の陰に隠れているとかそんなレベルではないが。最初から普通に見えていた。
「下の階に行くのに、この広間を通る必要があったのか? お前らとかケクロプスの奴らはどうやって通ってたん?」
「亡国の王女が戦うのを見たのは今回が初めてだ。普段は素通りだな」
それはもしかしなくても俺のせいか。
「やっぱり襲われるのは俺だけなのか……」
「そうでもないぞ。無差別に誰でも攻撃するような例外もいる」
なお悪いわ。
「次がドゥームダンジョンの最終階層になる」
ふーん。
あ、ラスボスの間の後だからクリア後ダンジョンってやつになるのかね。
俺は見たことないな。
あれ?
クリア後ってオープンワールドの屋外ステージって話じゃなかったか?
まあ、そこまでゲームに忠実ってわけでもないか。
そして、ブレードに続き階段を降りていく。
階段を降りた先は、駅の改札だった。
「…………は?」
それだけではない。
改札の向こう側、駅構内では人が歩いている。
更にその外の屋外には空が見え、街の中にもまばらに人の姿が確認できた。
なんだ?
なにが起きた???
いつの間にか転移トラップでも踏んだのか?
俺は二度も同じトラップに引っ掛かるような間抜けでは……ないとは……言い切れないが……。
少なくとも、そんな気配は感じなかった。
あと、俺の前には普通にブレードが居た。
別にはぐれたりはしていない。
「なんだここは……何故地上に戻ってきたんだ」
「いや」
ブレードは振り返って言う。
「ここは迷宮の一部だ」
しばらく観察して、これが転移魔法の類ではないことを理解した。
まず、駅構内だが。
これは現在地の真上、地上にある西の隣駅のものだった。
本物は既に半壊している。ヒュドラによって壊され、モニクに止めを刺された。
外の風景も西の隣町のものである。
地上と異なり、建物はどこも壊れていない。
造り物か幻覚かは知らないが、偽物であることは間違いない。
次に、周囲を歩いている街の人々はヒュドラ生物だった。
ただし物凄く弱い。服装なども含め、形を再現して動いているだけ。
近付いても声をかけても無視される。
もちろん周囲の空気はヒュドラ毒のままだ。
外に出る前に、降りてきた階段も調べた。
トラップは見当たらない。
上ったら普通に玉座の間に戻った。
納得して駅に戻り、今度は外に出てみることにする。
上を見上げると普通の空だ。
光量は少し足りない気もするが、天井を青く塗っているとかではない。
本来上層階がある場所に何もない。
「どうなってんだこれ……」
「魔法で創り上げた空間。ただの迷宮の一部だ。おぬしは迷宮というのが岩かなにかで出来ている洞穴、という先入観があるのだろう」
「そうだな……その通りだ」
人間の知識も豊富なだけあって、ブレードは的確に俺の心を読んでくる。
先入観があると魔法の可能性は閉ざされるのだ。
もし俺がダンマスだったとしたら、岩の地下迷宮しか創れなかったに違いない。
道路を渡り、近くの建物に触れてみる。
「……? 材質が軽い感じがするな?」
コンクリの壁をコンコンと叩いてみた後、斧で軽く斬り付けてみた。
表面がぽろぽろと欠けて地面に落ちる。
オブジェクトが簡単に破壊できる?
ダンジョンの壁とは扱いが異なるのか。
それにしても、実物のコンクリよりずっと脆いな?
「ブレード、この階層のダンジョンマスター……ええとつまり迷宮運営の主って代行者という奴で合ってるのか?」
「そうだ。ドゥームダンジョンの今までの階層は、迷宮完成後に代行者に引き継がれている。しかしこの『夢幻階層』を新たに形成したのは代行者だ。構造物が脆いのもその影響だろう」
なるほどな。この階層はなんか弱々しいというか、儚い雰囲気に満ちている。
形を再現するのが最優先になっていて、他は
「代行者はなんて名前で、何処に居るんだ?」
「名前はドゥームルーラー。あやつは夢幻階層から一歩も出たことがない。だからこの街の何処かに居る」
ドゥームルーラー、ね。
ゲーム中のモンスターにそんな名前の奴は居ない。
だが……分かりやすい名前だ。
「そしてあやつは、自分で使役できるドゥームフィーンド以外には敵意を向ける。不用意に近付けば無駄な戦いが起こる可能性があるぞ」
そいつは敵味方お構いなしなのか?
ドゥームフィーンドは相変わらず自由だな。
俺なんかが遭遇したら戦闘一択なんじゃないだろうか。
「なるほど。そいつに用は無いし、極力会わない方向で行くか。なら目指すのは次の階層だな」
用があるのは結界の管理者か、その情報を持っている奴だ。
――《百頭竜》ケクロプス。
手掛かりを求めるならそちらのほうが有望だろう。
「次の階層への入り口が何処にあるかは知らぬ。探すにしてもこの広さでは時間がかかるし、その間にドゥームルーラーに鉢合わせることもあるかもしれぬな」
「そうなのか……」
「会ってしまったなら、そのときは仕方がない」
ブレードは刀の柄頭を手のひらで軽く叩く。
やるしかないってことか。
「いや、そうすると時間が足りないな。今日はもう引き返そう」
体力が尽きてから帰るのでは遅い。
ブレードは頷き、俺の提案に同意した。
さて、地上に帰るに当たりブレードの処遇はどうするか。
モニクやエーコと情報共有するには、こいつも連れて帰ったほうが早いか?
それにこいつには食事が必要だ。
この先も共同探索するかどうかは分からないが、味方であるうちは面倒を見たほうがいいだろう。
「ブレード。地上の超越者とうっかり揉めないように、顔合わせといたほうがいいと思うんだが。お前、問題を起こさないって約束できるか?」
「今は約束しよう。おぬしと道を違えるときは事前に通告する」
んー……。
「分かった。それでいい」
地上へはすんなりと帰還できた。
モニクはショッピングモールの入り口で俺を待っていた。
「お帰りアヤセ。それと――」
「ああ、ただいま。こいつは」
「ブレードだ。《死の超越者》とお見受けする。争う意思は無い」
僅かな沈黙。そしてモニクが答える。
「いいだろう。アヤセの意思を尊重しよう」
モニクを先頭に、バックヤードへと向かう。
食堂にはエーコが居た。
ブレードとその刀を見て目を丸くする。
「あっ……? ク――」
ク?
あー、クソボスって言いかけたのか……。
エーコさんはウィザード使いでございましたねそういえば。
「ブレード、出発前の相談は明日にしよう。メシは出せるけど、寝る場所は特に用意してないんだ。どこかで適当に……」
「問題ない。雨風を凌げれば充分だ」
モニクとエーコにはブレードとの経緯、そして新たな情報を簡単に共有しておく。
百頭竜ケクロプス、レッドライダー、亡国の王女、夢幻階層、ドゥームルーラー。
その他打ち合わせはまた明日に。
ブレードが完全に信用できるとは言い切れないので、エーコには一度街の外に帰るよう言っておいた。
モニクは……別に心配いらんだろ。
ブレードに酒とメシを提供した。
俺は飲まないのかと聞かれたが、明日の探索に響くからと答える。
ブレードは食堂のメニューを何種類か平らげると、明日また来ると言い残し館内へと消えていった。
身体を引きずるように宿直室に戻る。
そろそろ限界だ。
眠ろうとしたら、ドアをノックする音が響いた。
「入ってもいいか?」
「モニク?」
扉を開けると、モニクは部屋の中に入り俺に向き直る。
「アヤセ、ボクもあのブレードに当面の危険は無いと思う。だがそれでも、キミは油断したりはしないのだろう」
「そりゃあ、まあ」
あいつに不意討ちを喰らったら、俺はもちろんエーコでも危ない。
だからエーコを帰したのだし、俺も酒は飲まなかった。
「そんなことでは熟睡できまい。今日はボクがそばに居るから、安心して眠るといい」
「……そうか、助かるよ。ありがとう」
素直にそう返した。
ここはもうちょっとドギマギしたりするのが正しい気がする。
でもそんな余裕が無いくらい疲れてはいた。
それに……仮に元気なときでも、今の俺の心は正常な反応を示すだろうか。
自分でも分からない。
行く手を阻む怪物どもに、恐怖を感じなくなったのはいつからだったか。
ま、そもそもモニクって俺にとっては神様みたいなもんだし、普段でも畏れ多くて妙な反応はできないよな。多分。
「えっと、モニクの寝る場所は……」
「気にしないで、先に寝たまえ」
「分かった。……おやすみ」
長時間探索で疲れ切った身体を寝床に横たえる。
俺はすぐに、深い眠りに落ちていった。
――ラスボスを倒し最終階層まで到達できた。
ドゥームダンジョンエリアの探索はこれで一段落ついたといえよう。
ゲームでいうならシナリオクリア。
少しレトロな言い方をすれば
ここから先の話は、いわばクリア後コンテンツ。
そして、《
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