第73話 ケクロプスの騎士
階段を降りても、相変わらずの石造りの迷宮が続く。
外見だけで判断するなら、ここはまだドゥームダンジョンエリアだ。
闇雲に進むにはこの迷宮は広すぎる。少し目標を整理する必要があるな。
俺の当面の目的は、モニクが地下迷宮に侵入できるようにすることだ。
ドゥームフィーンドだの公国騎士だのは、降り懸かる火の粉に過ぎない。
対超越者結界の穴を探すなら地表付近を彷徨ったほうが良さそうだが、欠陥住宅じゃあるまいしそんな都合よく穴なんて開いてるものではない。
前回バジリスクの力を使ったとき、俺は結界全域の状態を把握することが出来た。
当然そんな綻びは無かったのだ。
で、結界の解除には『迷宮の最奥まで行ってダンマスを倒す』が正解だったのだから、奥を目指すほうがまだ見込みがある。
ダンマスがヒュドラだとこの作戦は無理筋なので、なにか別の方法でも見つかればいいよな、程度のものなんだが。
だいたいヒュドラを倒すために結界を解除するのだから、先にヒュドラを倒せというのは手段と目的が無限ループである。
それではまるでアレ……。
アレだよ、自分の尻尾を食べてる蛇。アレみたいだよな。
なんだっけ……ミドガルズオルム? 似てるけど違う気がする……。
まあいいや、思考を元に戻そう。
迷宮の『奥』とはどこか。
ゲームのダンジョンなら地下深く、塔とかだったら空高く、ってなところだろうけども。ヒュドラの巣はやたらと横に広いのでどこが奥なのか分かりづらい。
でもこうして階段が出てきたところをみるに、普通に地下深くという可能性が濃厚になってきたな。
ならば次の階段を探せばいい。
彷徨うこと一時間くらいであろうか。
一時間というのは、歩き詰めならそれなりに疲れる時間だが、身体能力の上がった今の俺ならさほどでもない。
もう次の階段を見つけてしまった。
何階あるのか知らないが、迷路を通過するだけならゲームより早い。道中敵とか居なかったからな……。
しかし。
しかしである。
次なる階層への階段を塞いでいる奴が居た。
いや、さっきもガーゴイルとか居たけど、あれは雑魚。
そこに居たのは、赤い全身鎧を着込んだ騎士であった。
大剣を鞘から抜いて、肩に担いでいる。
あ~、こいつってやっぱあれだよね……。
「貴様がオロチだな」
こいつ、殺気を隠そうともしてないんだよなあ。
でもいきなり斬りかかってくるよりは二ミリくらいマシか……。
仕方なく返事をする。
「……そうだけど」
今までヒュドラ生物に話しかけられたなかで、一番低いテンションで返事をしたかもしれない。
「オレは《百頭竜》ケクロプスの騎士。レッドライダー」
んむ? 知らない百頭竜の名前が出てきたな。
わざわざ情報提供してくれてありがとうよ。ちょっとだけテンションが回復した。
レッドライダーという名前も少し引っ掛かるが、ケクロプスのほうが気になる。
「貴様の腕を見せてもらおうか」
「えっ? いやその前に話を……」
「言いたいことは剣で示すんだな」
いや示せねーよ!
レッドライダーは肩から大剣を浮かすと、両手持ちに切り替えて襲いかかってきた。
速い……。
しかし大振りの斬り降ろしに当たる俺ではない。むしろ警戒すべきはそこから派生するであろう横斬りのほうだ。
轟音を立てて大剣が地面に激突する。
砕けた石片が飛んできて何発か俺に当たる。
「は!?」
足に当たった石コロでのダメージは無い。無いが。
こいつ、連携とか無しの一発勝負を……いやそんなことより、ダンジョンを構成する地面を僅かとはいえ砕きやがったぞ!?
ダンジョンの壁を壊すにはダンマス級、百頭竜クラスの力が必要だと俺は踏んでいる。
こいつはそこまでではないものの、百頭竜の域に近付きつつあるのか。
セルベールの言う、いずれ百頭竜へと至る者。
地面から持ち上げた大剣を、今度は振り上げるように払うレッドライダー。
たまらず後退する。
こんな馬鹿力、たとえ距離を詰めても手斧で受け止められるか怪しい。
ならば斬り降ろしはまだしも、横方向の攻撃をどう捌くか。
伏せたり跳んだりすれば躱せないことはない。
だが大振りの一発と思わせて連続攻撃に派生されると死ぬ。
文字通り死ぬ。
――ケクロプスの騎士か。
勝算がないわけではない。
でもこいつらは知能が高く仲間も居る。
魔力剣などの切り札を見せた後に逃がしでもしたら……。
次からは対応されて、いずれにしても詰むということもあり得る。
もちろん出し惜しみして死ぬほうがより愚かだが、加減が難しいな。
レッドライダーが再び迫る。
横斬り!
やっぱそう来るよな!
斬撃の軌道を見極めて前方に跳躍する。
そう、前だ。
こういうときは垂直跳びが無難な気もするが、敵のさじ加減ひとつで窮地に追い込まれてしまう。
ならば攻撃あるのみ。
持っていた手斧を収納に放り込み、情報収納から金属バットを取り出す。
もう出番は無いだろうと思っていたが……!
渾身の力で兜に叩き当てた。
敵の腕を足場にして更に跳躍、兜の内部目がけて水魔法を展開する。こいつがセルベール級の実力者なら水は通用しないはずだが果たして!
レッドライダーは頭を振ってもがく。
効いてるのか効いてないのか分からん。何故ならヒュドラ毒と空気がどうこうの前に、頭を水で包まれたらウザいから……。俺でもああなる。
あー、ハンマーとか欲しかったなハンマー。
鎧にはやっぱり打撃武器だろ。情報収納に刃物系の武器しかない。
金属バットではちょっと頼りない。スポーツ用品の金属バットも、武器として造られたメイスも、威力自体に大差はないような気もするが……。
やがて水魔法は掻き消された。
消失されたというより、魔力の保護膜のようなもので押し出された感じだ。
魔力防御の壁か……。
レベル次第では魔力剣を防ぐことも出来るかもしれない。
「追い撃ちをしないのか。随分と余裕だな」
「畳み掛けたところで、ひと息にお前を倒すのは難しいだろ? 無理そうなら逃げるだけだ」
「…………」
レッドライダーは少し考え込むようにしてから口をひらく。
「認めてやろう。確かに貴様には利用価値がある」
「ああ?」
「貴様が戦う目的はなんだ? 地上の街を取り戻すことか? ならばこのドゥームダンジョンの一番下まで来い。面白いものが見れるぞ」
そう言うとレッドライダーは踵を返す。
「あっ、ちょ待っ。要するにお前らは敵だけど、俺がドゥームフィーンドを減らすまでは見逃す。そういうことでいいのか?」
「話が早いな。その通りだ」
赤い兜を僅かに振り返らせて答えてきた。
「ケクロプスってのがお前らの親玉で、ドゥームダンジョンよりも奥深くに居る。そしてお前らの名前の由来は黙示録の四騎士――」
「そこまで答える義理はない」
再び前を向いて歩き出す。
そして部屋の奥にある、更なる地下への階段を降りて行った。
しばらく様子を見ていたが、戻ってくる気配はないようだ。
階段下で待ち伏せて奇襲……なんて、この流れからはしないよな。
ついでだ、ここでもう少し休憩してから次の階へ行こう。
仕入れた情報を整理する。
まずは百頭竜ケクロプス。なんかの怪物の名前か? ひとつ目巨人サイクロプスの別名……はキュクロプスじゃなかったっけ。電波が通じないので後で調べようと、スマホにメモだけ残しておく。
ドゥームダンジョンとは特に関わりのなさそうな名前だ。なら、エリアを抜けるまでは直接対峙することはないか?
次にレッドライダー。こいつはゲームにおけるNPC、『赤の騎士』の役割だろう。やっぱり用意されていたか。
そうなると当然『黒騎士』と『青の騎士』、そして『黄金騎士』も居ると考えたほうがいい。
あとゲームの内容とは関係ないかもしれないが、ホワイトとレッドの名前の由来は黙示録の四騎士っぽいな。返答しなかったのは肯定のようなものだ。
ただ、分かったところでどうなの? というところはある。あのバジリスクも伝承との共通点は石化能力くらいで、名前の由来が分かっても攻略のヒントにはなり得なかった。視線による石化だったら鏡を使う、とかそういうヒントが無いんだよな。
ここから推測できるのは、五人目の黄金騎士はまた違う系統の名前なんだろうなってことくらいか。
もしこの役割を百頭竜ケクロプスが務めていたら、かなり厄介なことになる。
ダンジョンマスターとして弱体化していない百頭竜だとしたら、ちょっとどう対抗すればいいのか分からない。
今はまだ、行けるところまで行くしかないが。
そして俺は、下層へと続く階段に足を踏み入れた。
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