第72話 亡国の王女
ゲーム、『ドゥームダンジョン』とは。
地下迷宮に逃げ込んで再起を目論む敵国の残党を討伐する、公国の冒険者たちの物語――というのは表向きの話。
実際には、故郷を滅ぼされた《亡国の王女》セレーネの復讐の物語である。
というのが、ネタバレレビューを書いた人の見解であるらしい。
なにしろ俺が見ていた攻略サイトではそういったシナリオやフレーバーテキストの内容にはほとんど触れていない。
そのためクリア後シナリオは全然知らなかったのだ。
まあ正直、クリア前のシナリオもあんま把握してないのだが。
セリフも少なく淡々と進む、戦闘中心のゲームだからな。
亡国の王女ってラスボスだから、当然俺はそいつを倒してしまっている。公国の冒険者としてしっかり仕事をしたわけだな。白騎士にも褒められた。
って、そんなこたいいんだよ。
亡国の王女は実は生きていたのか、それともアンデッドかなんかとして復活するのかよく分からんけど、クリア後も登場するらしい。
流石にレビューとかじゃゲームの細かい内容までは書いてないが、話の流れとしてはこうだ。
公国から悪の魔術師みたいに言われて討伐対象になっている王女は、実際には悲劇のヒロインじみたキャラクターなのだそうだ。
戦争だからどちらが善悪とかではないのだが、セレーネちゃんのファンになった多くのプレイヤーは、亡国ルートこそが真エンドだと主張しているのだな。
うん……………………どうでもいい。
俺が知りたいのは、これからどんな敵が出てくるのかのヒントだよ。
まずは亡国側。
亡国の王女はモンスターを操ることができる。
じゃあ迷宮内のモンスターは全部亡国側なのかというとそうではない。設定上は一部の敵だけ。
セルベールなんて、どこにも所属してない謎の敵扱いだ。
……あんまり参考にならないなこれ。
実際のドゥームダンジョンエリアに居るヒュドラ生物たちは、そこまで
細かい元ネタ設定とかは無視で、ドゥームフィーンドは全部まとめて一勢力、と考えたほうが良さそうだ。
次に公国側。
こっちはシンプルだ。明確に公国のキャラとして用意された敵は五人のボスのみ。
騎士団長である黄金騎士。そして配下の四騎士。そのうちのひとりが白騎士。
……名前を考えるのが面倒臭かったのかな?
シナリオ進行順に作り込んでいくゲームだと、終盤が妙に寂しい内容だったり……いやこの話はヤメヤメ。
だいたいドゥームダンジョンにそれは当てはまらない。
シナリオクリアまでは石造りの殺風景な迷宮なのに、クリア後はオープンワールドの美麗な屋外エリアでの冒険になるらしいからな。
ちなみに俺はそこまで遊んでない。
普通逆だろ……と、素人の俺は思う。
商品を売りたければ最初に見える部分にこそ力を入れるべきでは。
遊ぶ側としては終盤に盛り上がるのは嬉しいけどな。口コミで後から売れることもあるだろうし、実際ドゥームダンジョンはそのタイプだったのだろう。
まあそんなこた今はいい。
問題は、公国側ってこれだけシンプルなのに全然参考にならないんだよな。
そもそも白騎士がいねーし。いたのはホワイトライダーだし。
ホワイトライダーの立ち位置がいかにも白騎士っぽいんだが、するとなにか? 残り四人の騎士もわざわざ代役を用意してるってのか?
バカバカしい、と一蹴は出来ないんだよなあ……。
ドゥームフィーンドの存在だけで、もう既に充分バカバカしいし。
ヒュドラだったらやりかねん。
それに俺は、この馬鹿げた内ゲバの理由にも察しが付いてきた。
これは要するに『
同系統の生物同士で戦わせて、生き残ったより強い者を用いるというアレ。
もしかしたら儀式魔法的なもので、勝った者は実際に強化されるのかもしれない。
だったら設定や役割にやたらと
魔法には、そういう部分に馬鹿にならない影響力があるからな。
気になるのは、盤上の駒の中にヒュドラへの忠誠心が薄そうな奴や、皆無な奴すら混ざってることだ。
まあセルベールとハイドラのことなんだが。
そいつらが勝ったらヒュドラはどうするつもりなん?
それともそいつらは負けるのが既定路線なんだろうか。
部下を鍛えるためのサンドバッグとしての存在とか?
……この疑問については後回しだな。
今考えるべきは。
もしセルベールに加担したらホワイトライダーの他に四人、同等あるいはそれ以上の力を持った騎士を敵に回す可能性があることについてだ。
いや、何度も言うようだが元から敵なんだけどな!
ただ、いっぺんに相手するのはしんどいってだけで……。
一匹ずつこっそり仕留めていくのが俺に向いてるやり方だ。
持ちキャラもローグだし。
ちなみにエーコの持ちキャラはウィザードであるらしい。
やっぱり本人が魔女だから魔法使いを?
単にイケメンキャラだからのような気もするな?
ハイドラは……まあパラディン使いだろどうせ。
次に、ホワイトライダーに
亡国側の戦力も未知数だ。
ゲームになぞらえているならセルベールよりは弱いとみるべきか。
クリア後の裏ボスだったら、セルベールよりも強い可能性すらある。
亡国側で公国騎士並の強敵っていうと、結局は四、五体に絞られるな。
すなわち《亡国の王女》、《復讐の騎士》、《迷宮剣豪》、《滅亡の支配者》。
実際に居るのかどうかはこれまた分からないが。
これに《
やっぱりこれ、どっちかの勢力に加担しないと厳しいか?
適当に話を合わせて片方を全部仕留めたらもう片方を始末する。
ざっくりそういう作戦でいくしかなさそうだな。
こんなことばかり考えていると、俺もそのうちセルベールみたいな悪人ヅラになっていくのだろうか……。
作戦タイム終わり。
いや、作戦というほどのものでもないが。
それじゃあ、今日の探索を始めるか。
迷宮入り口から地下洞窟エリアを経て門番の間。
続いてドゥームダンジョンエリアへ。
ここまで邪魔者無し!
モニクへの伝言の返事があるからセルベールには会っておいたほうがいいのかもしれないが、「全く相手にされませんでした」なんて返答なら聞かないほうがマシだよなきっと。
気にせず先に進もう。
ドゥームダンジョンエリアには最初、つまり二日前は東側から侵入した。
東側の門から中央入り口までの地図は鑑定により魔力情報として刻まれている。
今日は西側に向かってみよう。
しばらく進んでみるが、やはり敵の気配はない。
敵の準備が進んでいないだけかもしれない。迷宮内の部屋を埋め尽くすほどの戦力を用意できない、あるいは意味がないからしていないだけ。なんてことも考えられる。
大勢の冒険者が探索する迷宮とかじゃないからなー。
ここは開店休業ダンジョンだ。
ある地点から迷宮内の装飾の雰囲気が変わった。
直線距離にして入り口から西に五百メートルほど。
駅の入り口がドゥームダンジョンエリアの中心と仮定すれば、そろそろ西の端だったとしてもおかしくはない。
広い通路……もはや大広間と言っても区別が付かない感じの場所。
周囲の柱には、悪魔のような姿の彫刻が装飾として設置されている。
これは……もしかしなくてもアレだな。
ゲーム内の敵と外見が完全に一致している。
彫刻たちは一斉に動き出した。『ガーゴイル』である。
屋内装飾とか、本来のガーゴイルと意味が違くない? などと野暮を言ってはいけない。ゲームでは定番の敵モンスだ。地下迷宮に出現したっていい。
四匹か……。
先頭の一匹が、滑空しながら爪を振りかぶる。別に爪なんぞ使わなくても、石像に体当たりされるだけでこちらは大ダメージだ。
寸前で身をかがめると同時に手斧で浅く斬り付ける。
あんまりクリーンヒットを狙うと、斬れなかったときに手斧のほうを弾かれてしまうからな。
一応僅かに斬れた。
石像といっても普通に身体を動かしているし、石よりは柔らかい。しかし普通の肉体よりはずっと硬いな。
魔力剣を展開し、続けて襲ってきた後続をひと息に二体、そして最後の一体を斬り伏せる。後方から戻ってきた最初の一体を振り向きざまに両断した。
派手な音を立てて地面に転がった石像たちは、粒子化して俺の命の一部となる。
一応こいつらもドゥームフィーンドだし、セルベールからしてみれば見逃してほしいうちに入るのか? でも襲ってくる奴のことまでは知らん。
再び静寂に包まれた通路の先には、更なる地下への階段が口を開けていた。
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