第74話 隠し通路

 次なる階層……ところでここは地下何階なんだろうな?

 ドゥームダンジョンエリアとしては三階なんだが、その前の地下洞窟エリアの段階でそれなりに深い。

 地下洞窟エリアは明確に階層が分かれているわけではないので判断が難しい。

 まあ、どうでもいいか……。


 しばらく探索してみた感じ。

 俺はどうやら迷宮踏破のコツを掴んでしまったようだ。


 ドゥームダンジョンエリアの構造はゲームのそれとは違う。しかしそれは、広さが噛み合わないから起きている現象であり、部分的な設計思想はそのままなのだ。


 どういうことかと言うと、迷路がやたらとゲーム的……いや、守備的とでも言おうか。

 真上から侵入しようが東側から侵入しようが、下層への階段に到達するまでに迷路をたっぷりと歩かされる。そこに利便性などというものはない。

 あるいは現実の城だの王家の墓だのも、そうやすやすとは奥に行けない構造になっているのかもしれない。


 ゲームならマップを攻略させてから次の階へ、というのは普通のことだ。

 その造りがわざとらしいというか、そのため逆に正解ルートが割り出しやすい。ゲームなんかは結局は攻略されなければいけないという前提があるから、無尽蔵に理不尽な構造はしていないのだ。


 埋まったマップの形状と照らし合わせ、それっぽい怪しい道を選んでいく。それで自然と正解へと辿り着く。


 例えばほら、このちょっと不自然な配置になっている玄室とか大変に怪しい。

 他の玄室が集合住宅の部屋みたいにひと塊のエリアを構成していたのに、ここだけは独立構造になっている。

 本来ならこの部屋の向こう側にも空間があってしかるべきだ。しかし周囲の通路を調べた感じ、侵入口が無い。


 部屋の奥の壁を調べると、石の継ぎ目がやたらと揃っている箇所がある。

 そこを手で押すと、果たして壁は謎の駆動音と共に押し込まれ、横方向にスライドしていった。


 隠し扉。

 いや別にワクワクとかしてないが。

 ここにはゲーム上便利なアイテムがあるわけでも、現実で価値のある財宝が手に入るわけでもない。小賢しいと思うだけだ。


 そしてその先には隠し通路が続く。

 順当に行けば、次の階への階段か?

 ヒュドラが宝箱とか置いてくれるわけもなし、他に隠すようなものなんか無いはずだからな。




 途中の部屋に敵の気配がした。

 マップ上は行き止まりなので、あまり意味はないかもしれない。しかし今までそんなことは起きなかったものの、部屋から出てきて逃げ道を塞ぐという行動を取らないとも限らない。

 強さだけではない。敵は知能も上がってきているのだ。


 扉を蹴破り中の敵を確認する。

 杖とローブを装備した魔術士、あるいは聖職者タイプの敵――『オラクル』がそこに居た。

 オラクルは明確な敵意を持って呪文詠唱に入る。


 俺たちが現実で使う魔法に呪文なんて不要なのだが、これも役割ロールだろうか?

 あるいはエーコの杖やローブがそうであるように、俺が頭の中で屁理屈を考えるときのように、魔法を実現させ威力を高めるために必要な儀式なのかもしれないが。


 ご丁寧にも可視化された魔力の風が飛んでくるが、当然こんなものには当たらない。

 原作ドゥームダンジョンではそこまででもないが、現実のドゥームフィーンドの魔法職はやや不遇といえよう。本来はいちいちエフェクトなど纏わなくても魔法は使えるのだが、律儀にゲーム準拠なのだ。攻撃が見え見え過ぎる。


 距離を詰めて手斧で斬り付ける。

 腕にかなり深い傷を負わせたが、治癒魔法で回復された。

 オラクルは魔術士と治癒師の両方の呪文が使える複合職なのだ。


 今回の探索は長丁場になりそうだ。さっさと終わらせてしまうべきかもしれないが、この魔法使いにどれだけの引き出しがあるのか見てみたい気もする。

 ちょっとだけ……。ちょっとだけな。


 攻撃魔法は三種類。風、炎、氷の飛び道具だった。

 真似してみようかと思ったけどいまいち上手くいかない。

 俺には向いていないのか……。


 回復魔法には面白い発見があった。

 ポイズンクラウドから採取したレベルⅡヒュドラ毒をぶつけてみたところ、効果があったようだ。

 その後、解毒魔法で状態異常を解除していたのだ。


 がしかし、これも会得できない。なんでだ。

 あ、もしかして俺には全く不要の魔法だからか?

 いやでもエーコの治療には使えるし……。

 これはもう、本人に情報を流して自分で会得してもらったほうが早いかもしれんな。


 他には自身を強化する魔法も使っているみたいだが、効果がよく分からない。

 魔術士タイプが自己の身体能力を強化したところで、そんなに上昇幅は大きくないと思われる。どっかのJKはおかしい。


 最後に障壁タイプの魔法。

 空中に多角形の板が出現し、手斧による攻撃を防ぐ。

 どうも物理障壁と魔法障壁の二種類があるらしく、水魔法を防ぐものもある。

 ほとんど透明だがエフェクトのせいで普通に目視できるな。


 対魔法障壁は俺の水魔法では抜けなかったが、斧では簡単に壊せる。

 対物理障壁は水魔法だけでなく、斧でも思いっきり叩けば破壊できた。

 これは多分練度の差だな。俺の攻撃魔法は弱い。


 練度の高い敵が障壁魔法を使えばかなりの脅威だろう。

 ゲーム内ならば、ラスボスの強さはこの魔法が支えていたと言ってもいい。

 あとやっぱり俺には習得できなかった凹む。


 そろそろ潮時か。

 攻撃魔法の間隙を縫って懐に潜り込み、首筋に斬り付ける。

 その一撃でオラクルは光の粒子と化した。


 吸収時に相手の魔法も習得できればいいのだが、《継承》はそこまで便利な能力ではない。

 魔法の習得には自分の中で地道に屁理屈を重ねる必要がある。

 俺の場合はだが。

 逆にいつの間にか覚えてしまっていた魔法もある。

 そもそも《継承》自体がそのひとつだな。


 小部屋の中を一応調べるが、やはり何もなかった。

 隠し通路に戻ると更に先へと進む。




 しばらく歩くと、前方が少しひらけた場所になっていることを知覚する。

 通路の奥の部屋。突き当たりはただの壁だ。

 鑑定マッピングによる踏破済エリアの地図を脳内で参照する。

 壁の向こう側は既に通った場所だ。

 最後の部屋はそんなに広くないし、見える範囲には階段などありそうにもない。


 ハズレだったか……?

 なんのためにこんな部屋があるんだ?

 中まで入らないと死角に何があるかは分からないが、鑑定情報では目立ったものは見当たらない。


 通路の壁の片側に身を寄せ、そっと部屋の片側を覗き込む。

 やはり何もな――


「何用だ」


 うおっ! 反対側の奥に誰かいやがった!

 後頭部の方向からいきなり話しかけられた。

 しかもそいつは――


 俺の索敵には引っ掛からなかった。

 まずい、経験則からして俺よりも格上である可能性が高い。


 落ち着け。

 問答無用で攻撃されたわけじゃない。

 俺はゆっくりと部屋の反対側に頭を回し、そいつの姿を確認した。


 俺よりもやや大柄であろう男が部屋の隅にうずくまっている。

 ひと目見て分かる和装。

 野武士の如き半着と野袴、部分的に覗く引き締まった肉体の男。

 長い黒髪を後頭部で束ね、前髪の隙間からは鋭い眼光が覗く。

 質素な姿のようでいて、籠手などの装備品は妙に派手だ。

 ゲームのキャラにありそうな外見といえよう。


 こいつを見るのは初めてではない。

 かつてドゥームダンジョンエリアの東の侵入口、転移門の前で戦ったことがある。


「お前は……ブレード? なんでこんなとこに――」


 い、いや違う……似ているがこいつは!


 腰に差している刀が違う。

 情報収納に入れているため、俺には妖刀《マムシ》の形状が正確に分かる。

 あれは《マムシ》ではない。

 ならあの刀はもしや。


 ――首刈り《アギト》。

 それはゲームのドゥームダンジョンにおける『最強の刀』だ。


 こいつは、このドゥームフィーンドは――

 ブレードの《二つ名持ち》にして『強化個体』。


 それは地下六階最奥の隠し部屋に潜む。

 それは出現階層と強さが全く噛み合っていない初見殺し。

 あのセルベールと双璧をなすドゥームダンジョンの二大デストラップ。


 その名を《迷宮剣豪》ブレード!




 こっ……。


 こんな奴を思わせぶりな隠し通路の奥に配置すんなや!!!

 いや確かに、ゲームでのこいつは隠し通路の奥に居るんだけどさあ……。

 いきなりそんなとこだけ忠実に再現しなくてもいいから!


 この先に階段があるに違いない、とか思ってた過去の俺をぶん殴りてえ~。

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