第69話 ドゥームフィーンド

 騎士っぽい敵、というのは当然ながらドゥームダンジョンにも出現する。

 定番だしな。

 NPCまで含めるなら、『白騎士』というまんまな名前の奴もいる。

 だが、目の前のこいつは鎧デザインの方向性が違った。出演するゲームを間違えたのだろうか?


 まあ落ち着こうか。確かに《終わりの迷宮》には、ドゥームダンジョンの外見を模倣した敵しか出現してこなかった。

 でも地上のヒュドラ生物だって地下から湧いてくる以上、別にゲームキャラばっかのダンジョンというわけではない。今まではたまたま遭遇しなかっただけだ。


 つまりこいつは新種ってことだな。

 ゲームキャラの模倣でもないのに中世の鎧を着込んだ人型がいるとは思わなかったので、ちょっと意表を突かれただけだ。

 よし落ち着いた。


「……貴公、人間の異能者だな?」


 うわああああ喋ったああああ!!!

 まじいきなり驚かすなや! ホラー先生かお前は!


 まだ充分に間合いが離れているのに思わず後ずさってしまった。

 完全に出鼻を挫かれている。


 鑑定索敵は……よし機能しているな。

 こいつの気配は希薄ではあるが、俺が見つけられないほどではない。だが、オーガやサージャンを大幅に上回るスペックだ。

 ワーウルフ級――あるいはそれ以上か。

 正直全力で戦っても勝てるか怪しい。

 でも全力で逃げる、だったら余裕。よし問題ないな。


「驚かせてしまったようだな。少し話がしたい。闘うにしても、それからでも遅くはあるまい?」


「あ? あ、ああ……」


 気圧されて雑魚っぽい反応を返してしまった。

 ちょっと恥ずかしい。


 こいつはヒュドラ生物だ。人間ではない。それは間違いない。

 しかし向こうから話しかけてきたし、こちらを人間だと理解していても殺気を感じない。ハイドラのように交渉の余地ありかもしれない。


 ……だが妙だ。

 俺の鑑定は相手の感情をある程度読み取ることが出来る。例えばハイドラとか感情がダダ漏れなので、敵意が無いのははっきりと分かる。


 でもこいつは……殺気が無いんじゃなくて殺気が読み取れない。

 俺の索敵に引っ掛からないほど気配遮断が上手い奴がいるように、感情を読み取らせない能力の持ち主がいても不思議ではない。

 ああ、ホラー先生もそういう能力に長けていたのかもな。


「ドゥームダンジョンの門番を倒したのは貴公か?」

「……そうだ」


 こいつ、今思いっきりドゥームダンジョンって言ったな?

 ヒュドラ公式ネームかよ。

 著作権侵害では? その前に不法占拠だが……。


「ふむ……実力は充分か。ああ、私はホワイトライダーという」

「俺の名はオロチだ」


 ホワイトライダー……要は白騎士ってことだよな。

 ゲームのNPCと被ってるのは偶然の一致だろうか?

 兜に覆われた表情は伺えない、つーか顔も全然見えない。


 こうなると人間の顔なのかも怪しくなってきたが、それはまあいい……いいか?

 でもそんなことより、こいつの意図のほうが重要だ。

 先にこっちの方向性を伝えておくか。


「俺に話しかけた理由はなんだ? ホワイトライダー。俺は出来れば無駄な戦いはしたくない、そう考えている」


「私もだよ、オロチ。貴公が引き返すなら私は追わないだろう。また引き返さずとも、ドゥームダンジョンまでならば狼藉も見逃そう」


 なにげにウエメセな発言をされたがそこは気にしない。

 こいつから見れば俺は不法侵入者だからな。俺たち人類からすれば逆だと言いたいが、まあこいつなりに譲歩してるのだろうというのは伝わった。

 それより気になるのは――


「ドゥームダンジョンまで? それはつまりこのエリアよりも更に先があるのか。それでここのエリアは荒らしても問題ないと?」


「左様。ここを守るのは私の仕事にあらず。また人間に敗れるのならば、《ドゥームフィーンド》もそれまでの存在ということ。だが――」


 少しだけ、ホワイトライダーから殺気が見え隠れして――


「貴公がその先も望むのであれば、今ここで始末するという選択もある」


 んー……。

 話の流れからいうと、ドゥームダンジョンのモンスターは《ドゥームフィーンド》って呼ばれてるのか。

 で、このホワイトライダーはそれより奥のエリアから出てきた別種であると。

 さておき。


 どうすっかね。

 別に「この先のエリアに進む気はないので見逃してください」とかウソでもお願いすりゃあ、今こいつと揉めることはなさそうだ。

 そう、それが賢い選択っぽいな。


「生憎だがこの迷宮は一番奥まで踏破するつもりだし、ヒュドラは殺す」


 空気が凍り付く気配がした。

 うっかり本音をブチ撒けてしまった。

 こいつと交渉しても最終的にはどうせぶつかる。

 まあこれでいっか。


「そうか。愚かな……」


「ああ、別にヒュドラ生物皆殺しとは言ってないからな。逃げるんならお前は見逃してやるよ」


 相手の親切心はちゃんと返しておかないとな。

 隠しようもない殺気が白の鎧から溢れ出してきた。


 相手の全身を素早く見渡す。

 腰には典型的な騎士剣。

 背中……背中にはなんだ? なんかデカい武器っぽいものを背負ってる。

 あっちが本命っぽいな。


 ホワイトライダーはその背中の武器を抜いた。

 折りたたまれた状態のその武器は展開して巨大な――

 巨大な弓となる。


 弓矢……!

 やばい、踏み込んで弓の間合いを殺すには少し離れすぎている。

 曲がり角はすぐ後ろだ。迷宮の壁を障害物にしてやり過ごすか。

 だがこいつから更に距離を離してはジリ貧ではないだろうか?


 どうする……。

 相手の様子を伺うと、妙なことに気付いた。

 ホワイトライダーは俺に対して集中していないような気がする。

 弓を構え注意を向けるのは、俺を通り越して遥か後方のような――


 カツ、カツ、と……。

 微かな足音が聞こえる。


 索敵の範囲よりまだ遠く。

 しかし何かが来る。


 ホワイトライダーからうかつに目線を切れないので振り返って確認できないが、そもそも通路が真っ直ぐではないのでまだ姿は見えないはずだ。


「オロチよ……。アレを殺すのに協力するならば、先程の暴言は聞かなかったことにするが如何いかに?」


 えっ? お前がそこまで言うほどの相手なん?

 ていうか、この迷宮の住人であるお前がいったい何と闘うってんだ?


「えっと……。状況が飲み込めないんで、実物を確認してからでも?」

「うむ」


 立場上は明確に敵なんだが、まあ話は通じる奴で助かる。

 一応ホワイトライダーの弓も警戒しつつ、そっと射線から外れて通路の脇に。

 ゆっくりと背後に振り返った。


 げっ! あ、あいつは――




 通路の奥から現れたのは黒い服の人影。


 その服は、中世の貴族のようでもあり、執事のようでもある。

 スーツというには所々に装飾が煌めき、軍服のようでもある。

 実在の服というより、架空の服装――

 ソシャゲのキャラデザとかにありそうな服にも見える。

 いや、そう見えて当然なのだ。


 何故ならこの人物――金髪と美貌、そして悪そうな笑みを浮かべたこの男。

 紛れもなくドゥームダンジョンの敵キャラクターの一体であるからだ。


 それはシナリオ終盤の地下九階以降でランダムエンカウントするモンスター。

 つまりは雑魚モンスである。


 しかしながらシナリオ中のボスキャラはおろか、クリア後コンテンツの中ボスすらも凌ぐといわれる驚異の戦闘力。

 ホラー先生が見た目の恐怖なら、こいつはプレイヤーにとって物理的な恐怖。

 出現率極小のレアモンスではあるが、遭遇階層に到達した時点のプレイヤーではまず歯が立たない『歩くデストラップ』。人呼んで『最強の雑魚モンスター』。


 ――その名を『セルベール』という。


「おやあ、これはこれは……。とても珍しい組み合わせだね。吾輩も混ぜてもらっても?」


 その男、《滅亡の悪魔ドゥームフィーンド》セルベールは――


 三下の悪党の如き下卑た笑みを浮かべながら言った。

 見目麗しい美貌も台無しである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る