第68話 日替わり

 翌日、俺は地上の橋を使って西の隣町に来ていた。今日はひとりである。

 橋を渡ってすぐの場所は、モニクと初めて会った辺りだな。

 西の境界線は、この先を真っ直ぐ西に進んだところにある。境界線の川と今渡った川に挟まれた隣街の中ほど。そこが迷宮の正面入り口だ。


 迷宮入り口と俺の住んでいたアパートの間にもし川の支流が無かったら。……今頃はあの世に行っていたかもしれない。

 自然の力に雑に感謝しておこう。なむなむ。


 道中ヒュドラ生物の気配もあった。大型――今となっては中型と呼ぶべきか。いずれにせよ、わざわざ闘うほどの相手ではない。互いに干渉せずに通り過ぎた。


 迷宮を囲む建物の破損や地面の隆起は、迷宮入り口を中心に円あるいは渦を描くように発生している。

 そのため地味に迷宮に近付きづらい。もし障害物や瓦礫を避けて道なりに進めば、迷宮を迂回して街を横断してしまうだろう。これもある種の結界のようなものだ。

 だがエーコほどの機動力はないものの、瓦礫の山くらいでは俺の足止めは出来ない。すんなりと迷宮入り口に着いた。

 まあ昨日も通った道だからってのもあるが。


 北の迷宮入り口から侵入したほうが、俺の場合は楽かもな。距離は長くなるが。

 そんなことを考えつつスロープを下る。


 地下洞窟エリアのいくつにも分かれた通路は、その先を見通すことが出来ない。恐らくは《終わりの街》全域に広がっているであろうこのエリア、好奇心だけで先に進もうものなら多大なる時間を浪費してしまいそうだ。


 今はドゥームダンジョンエリアの調査を優先し、寄り道せずに下へ下へと降りていく。

 この先は門番の部屋だ。特別な敵は復活しない、あるいは復活が遅いというのが今までのパターンだ。だが、ゲームのドゥームダンジョンにおけるオーガは別にレアモンスターではない。


 つまり復活の有無はどちらもあり得るということだな。

 油断というわけではないが、俺は割と楽観的な気分でその部屋へと入った。


 一瞬ビクリと心臓が跳ねる。


 奥行き百メートルはあろう門番の間。そのド真ん中に敵が立っていても、俺の索敵の射程は部屋に入るまでギリギリ届かない。目視のほうが先だったのだ。


 そのモンスターは人だ。


 長い白衣をまとっている。ボロボロの白衣……というのは見た目のイメージだろうか、実際にはそこまでダメージを受けてはいないかもしれない。

 全身に浴びた血――コンセプトからすると返り血と思われるが、乾きかけから新鮮なものまで白衣を彩る血の汚れ。それがそのモンスターの外見を凄惨なものにしているのだ。

 ボサついた灰色の髪。そこから覗くギラついた目。痩せこけた長身で突っ立ったまま、こちらをじぃっと見据えている。


 このモンスターの名は『サージャン』。

 ドゥームダンジョン屈指の見た目が怖いモンスター……通称ホラー先生である。


 つうか怖っっっ!!

 いやまじで怖ええよ!!!

 ゲームでも突然遭遇するとビクってなるのに、実物が部屋の中央にポツンと立ってるとか。

 顔が凶悪な魔物とかじゃなくて人間だから余計に怖いわ!

 鑑定射程外だったから心の準備無しに見ちゃったし、俺の精神ダメージどうしてくれんの!?

 あとなんなんその返り血!?

 それゲームだと他の冒険者の血って設定だろうが!

 今日は探索してるの俺しか居ないのにいったい何の血なんだよ!!!


 ハァハァ……。突っ込み疲れたわ。

 思えば世界大災害以降色々あったせいで、俺はかなり恐怖心が麻痺している。

 慣れ――あるいは心の病気ということもあるかもしれないが、《継承》を使えるようになってからは明らかに精神の防御力が上がっている。

 その俺にここまで恐怖を思い出させるとは。ホラー先生恐るべし。


 よく考えたら外見を似せるためだけに、白衣を血っぽい色で汚したモンスターとして召喚してるんだよな?

 そう考えると微笑ましく思えてきた。


 でもなんで今日の門番はオーガじゃなくてホラー先生なん?

 日替わり?

 それともオーガは品切れなんかな?

 俺はモンスター根絶やし作戦はあんま乗り気ではない。でも毎回通る場所での固定エンカウントは面倒なので、門番が居なくなるまで倒す価値はあるな。

 ならばこいつを倒して進むのみ。


 鑑定の射程範囲に入ったサージャンのスペックは、総合的にはオーガと大差ない。方向性はだいぶ違うだろう。

 あと敵意の有無に関してだが。

 感情が読めねー。

 なんというか、スライムとかゾンビとかと同じような反応である。

 ホラー先生一応人間でしょ? どうなってんだ一体。

 やっぱりマッドなアレなんで正気を失ってるんだろうか?


 しゃーない……るか……。


 別に俺は人道的な理由で無益な殺生を避けているわけじゃあないからな。

 こんなのと友情を育む実験をする心の余裕はない。

 俺の心がマッドになってしまう。


 視線を逸らさずにサージャンに向けて真っ直ぐ進む。

 目を合わせていると心の中の何かがゴリゴリと削れていく。こっち見んな。


 距離二十メートルほどで、突然シャキンという音と共に両手に武器を出した。

 右手にハサミ。左手にメス。

 サージャンという名の通り医者――あるいはドゥームダンジョンの時代背景であれば理髪外科医であろうか。ゲームでもハサミ使いというイメージが強い。

 こんな奴に髪を切らせる人の気持ちが分からん。後ろを取られたら死ぬぞ。


 にしても……武器を抜いた動作がほとんど分からなかった。


 オーガがパワーと耐久力に偏ったモンスターなら、サージャンはスピードと器用さに偏ったモンスターだ。

 本来ならどちらが上ということはないが、ナメてかかると攻撃を当てられてしまう。そして肉体強度は多分普通である俺は、軽い攻撃であろうとそうそう喰らってやるわけにはいかない。

 つまり俺にとっては、スピード型のほうが圧倒的にヤバい相手なのだ。


 サージャンが動く。

 間合いを急速に詰めてきた。めっちゃ足早!

 メスを突き出してきた左手を、逆に手斧で狙う。

 しかし器用にも攻撃を止め、今度は右手のハサミを振るってくる。

 流石に躱し切れん。

 情報収納からバックラーを取り出し、ハサミを受け止めた。

 普段はこんな小盾など役に立たないが、小さい武器を止めるなら充分だ。

 間合いを離し睨み合う。


 今の攻防で分かったが、互いに有効打を決めようと思ったら多分相打ちになる。

 速度、技量ともに拮抗してるのだ。

 パワーなら相手より上だろうが、こちらも紙装甲なのであんまり意味がない。


 仕方ねえな……。


 最初の交戦で手札を切るとか先が思いやられるが、何事にも相性というものはある。

 力を温存したまま死ぬなど愚かすぎて目も当てられない。


 間合いに踏み込んで、上段から斧を振り下ろす。

 サージャンからしてみれば、相打ちを狙うことも出来た。

 だが戦闘に関しての思考は意外とまともだったのだろうか。

 こちらが大振りと見るや後の先を狙い、紙一重の差で斧を躱すべく間合いを離す。


「魔力剣!」


 手斧の先端から刃渡り五十センチほどの魔力の刃が生成され、サージャンの肉体を縦に両断した。




「ううっ……」


 ヒュドラ生物真っ二つ事件はこれまでも何度か目撃したが、サージャンは一応普通の人型なのである。余計グロかった。ちょっと吐きそう……。

 ホラー先生は最後までホラー先生だった。もう二度と会いたくないです。


 魔力剣は力をセーブしてさっきの長さくらいにすればそれなりに燃費はいい。迷宮内なら大怪獣も出てこないだろうし、毎度二メートル級の大きさで振り回す必要もあるまい。


 ドゥームダンジョンエリアへと侵入した。

 この人工的な壁と床のフロア、希望的観測として入り口が中心だとしたらそこまで広くはない。

 迷路であることを考えれば踏破は容易くはないだろうが、広大な地下洞窟エリアに比べればしらみ潰しに調べていくのも不可能ということもないだろう。


 そう思って通路を曲がったら、もう次の敵に遭遇してしまった。

 おかしいな? この辺の敵はまだ実装されてないのかと思ってたよ。


 その敵は白い全身鎧を着た騎士だった。

 顔もフルフェイスの兜で覆われている。

 この敵は……えーっと。


 はて……?

 ドゥームダンジョンに、こんな敵いたっけか?

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