第65話 戦う理由

 翌日になった。

 昨日、結局ハイドラは結論を保留して去っていった。


 変に期待されても困るので具体的には提示しなかったが、ハイドラがヒュドラ毒の呪縛から逃れるには二通りの方法があると俺は考えている。


 ひとつは魔法だ。

 エーコの毒耐性のように、ヒュドラ生物が外界でも生きられるような魔法を創造することは不可能ではないはず。


 超常の生物であるハイドラに魔法が使えない道理はない。

 ただ、あいつがこの先人類にとって危険な存在にならないとは言い切れない。そんな奴に無闇やたらと魔法を伝授してもいいものか。

 ほっといても勝手に会得しそうなものであるが、俺が積極的に手を貸してもいいかどうかはまた別であろう。


 もうひとつは――


 ヒュドラ生物の中でも上位個体である百頭竜は、ヒュドラ毒の有無に悩まされることはない。

 その能力は果たして先天的なものなのだろうか?

 ヒュドラ生物が成長して、そのような力を身に付けることが出来る可能性があるとしたら。


 もしそんなことがあるならば、もうハイドラの心配とかしてる場合じゃないが。

 バジリスク並の力を持つ奴が同じ街に何体も出現したら、俺にはどうしようもない。

 つるぎの街で遭遇した全部乗せ大怪獣の時点で、既に俺の手には負えない感が強かった。あのまま環境耐性まで身に付けて街の外に出たらどうなるか。


 ……そんときゃ自衛隊がなんとかしてくれるか。

 普通に物理攻撃は効くからな。

 あくまで素人の印象だが、眷属クラスまでだったら人間の軍隊のほうが強いと思う。同じ環境下で戦うことがあればだが。

 ヒュドラ毒やダンジョンという地の利があってこそのヒュドラ生物だ。

 百頭竜とか超越者は知らん。




 で、俺は――いや俺たちは、また昨日と同じ店に来ていた。


「ここにそのハイドラさんが来てたんだ? 会ってみたかったなー」


 どういう意味で言ってるのだろうか?

 ヒュドラ生物絶対殺すウーマンであるエーコさんの発言なので、友達の友達を気軽に紹介してもらうようなノリで言われても真意を測りかねる。


 冗談はさておいて、ハイドラの外見はドゥームダンジョンのパラディンだ。

 なので偶然会ってしまっても、エーコの側から見敵必殺ということもないだろう。

 ハイドラも別に好戦的な性格ではないし、そもそも人間は襲わないだろう。

 だから大丈夫。

 大丈夫だよな?


「流石に二日連続で同じ場所には現れないか。んじゃ、次はダンジョンに行ってみよう」

「うん!」


 店から出て北へと進む。

 駅の北側にあるのは《終わりの迷宮》の第二の入り口とでもいうべきものだ。

 西の街にある最初の出入り口も、今の俺なら問題なく近付けるとは思う。今まで行く機会がなかっただけだ。


 廃墟と化した建物の下にその入り口はある。

 前回訪れたときから、特に変化はないようだ。


「ここにも対超越者結界があるんだね。最初は防水用の結界なのかと思ってたけど」


「俺の仕事は、この結界をどうにかして解除すること。あとはモニクに任せるしかない。ま、他にもなんか手伝えることがあるならするけどさ」


 超越者はもちろんのこと、ダンジョンマスターという枷を持たない本来の百頭竜も、俺にどうこうできる相手ではない。


「そこまで明確な見通しがあるんだねー。そう考えると、なんだか希望が見えてきたかも」


 と、エーコは明るく言うものの。

 俺が前回おこなった結界解除はダンマスの撃破が前提だ。バジリスクにはなんとか勝てたがヒュドラは無理だろ。

 モニクが言うに、ヒュドラにとってはダンマスなど片手間の仕事。だからダンマスであることによる弱体化は期待できないのだ。

 つまり前回と同じ手は使えない。現在の状況は、実のところ詰んでいる。


 他の手を探すしかないか……。

 エーコに水を差さぬよう心の中でつぶやきつつ、迷宮へのスロープを降りていった。




「コ、コボルドだ。本物……!」


 アレは厳密にはヒュドラ生物なんでいわゆる伝承上のコボルド……あるいはコボルトと読むほうが一般的な気もするが、とにかくそれとは別物だ。

 でも言わんとするところは分からなくもない。

 本物のコボルドとはいったい。

 などとやや哲学的なことを考えつつ状況を見守る。


 今俺たちは迷宮に入って最初の小部屋を覗き込んでいるのだが、コボルドたちは部屋の奥へ引っ込んでしまい、こちらの様子を伺うだけだ。


「襲ってこないんだね。弱めのヒュドラ生物と反応は同じか」

「あー……そうかな。そうかも」


 いや、ドゥームダンジョン勢はもっと向こう見ずというか強気な連中だったはずだが。

 エーコを怖がってるんだろうなあ……。

 流石に圧倒的実力差の前には恐怖を感じるのか。


「どうする? 倒すの?」

「いや……」


 少し悩ましい選択だ。


 エーコがヒュドラ生物を倒しても、その生物の情報と魔力はダンジョンマスターによってリサイクルされる。

 なので敵の数を減らすことに意味はないようにも思える。

 だが実際には、剣の街では敵の数が如実に少なくなっていった。

 リサイクルには魔力のロスがあるから元より永久機関というわけではないが、単純に再召喚には時間がかかるのかもしれない。


 更に俺が敵を倒せば、《継承》によって確実にヒュドラのリソースを削ることが出来る。

 片っ端から敵を倒す作戦は効果があるのだ。

 あるのだが……。


 百頭竜のような古参の眷属やヒュドラ本体は別として、俺はこの街由来のヒュドラ生物たちをそこまで敵視してはいない。向かってくるなら容赦はしないが、逃げる奴まで狩るのは少し気が引ける。


 生存競争の場に於いて、ただ甘ったれた泣き言を言っているわけではない。

 ちゃんと理由がある。

 魔法は己が望むことしか実現しない。《継承》はこの街で死んでいった者たちのための力だ。

 厳密には俺がそうありたいと願う自己満足に過ぎないのだが、単純に切り分けられるものではない。全ての動機と感情は魔法の力と密接に絡み合っている。


 この街のヒュドラ生物たちを単なる怪物と見做みなしてしまったら、俺の魔法を構成する力のほとんどは崩壊してしまうのではないか。そんな予感がする。


 自己強化に必要だと思ったら、追っかけてでも狩るけどな。

 今はもう、コボルド程度を狩っても強くなれないと思う。


「戦意のない相手は放っておく。俺の魔法はそのほうが強くなるから」

「そうなんだ!? じゃあ放置でいいね」


 まあウソではないよな。

 ヒュドラ生物は元人間も含まれるから無益な殺生は出来ないとか言えない。それは命がけで戦っているエーコや他の人類に失礼というものであろう。

 だいたい俺自身、そこまで潔癖な理由で戦いを避けているわけじゃないし。詳細を説明してもニュアンスは伝わりづらいから、わざわざ口にはしないだけだ。


「それによく見ると、コボルドって可愛いよね」


 ……そうか?

 背は小さくて可愛い、かもしれない。

 顔は犬だ。犬の顔は可愛い。

 つまり犬人間は可愛い……深く考えるのはよそう。




 迷宮探索へと戻る。

 次に出会ったスライムは普通に襲いかかってきた。知能なさそうだもんな……。

 風魔法であっさりと返り討ちにしたエーコさんはご満悦である。

 楽しそうで何より。


 その後の戦績としては。

 オーク。こちらを見た途端に逃げた。

 シーフ。こいつも逃げた。速かった。

 ゾンビ。襲ってきた。まあそうなるな。

 ゾンビはエーコに杖でぶん殴られて壁まで吹っ飛び粉砕して消失した。

 えっ? 何今の? 身体強化魔法? そういう使い方もあるのか……。


 いつかエーコとSNSで語ったモンスターたちだ。

 当時の思い出話などしながら奥へと進む。


 ソーサラーとクレリックに遭遇した。

 エーコは彼らの魔法を模倣したいらしい。逃げずに向かってきたとき、拳をグッとガッツポーズにしていた。

 いや……別に逃げる相手を絶対狩っちゃダメとか言ってないからね?

 まあ逃げるのであればあまり魔法は使ってこないだろうから、向かってくるほうが効率はいいか。


 一気に決着を付けずに、じっくりと戦って相手の引き出しを観察した。

 クレリック先生お疲れさまでした!

 それはそれとしてトドメは刺すけどな!

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