第66話 トラップ解除

 迷宮を更に奥……つまり西へと進む。

 次に遭遇したのは――


「ポイズンクラウド。なんとなく予想はしてたけど、レベルⅡヒュドラ毒を持ってるね」

「レベルⅡ?」


「うん。大気よりも強い毒性を持ったヒュドラ毒はレベルⅡヒュドラ毒って呼ばれてる。バジリスクの石化毒は、ひょっとしたらレベルⅢにカテゴライズされるかもって言われてるね」


 なるほど。

 石化毒は空気中に取り出すと数秒で消失してしまうから、もしエーコが先の戦いで採取していたとしても解析は難しいだろうな。


 ポイズンクラウドを風魔法で処理するエーコ。

 流石に毒物には慎重になるようだ。

 素手で殴りに行く可能性も考えてたので少し安心した。


 俺はというと少し前に出て攻撃を誘い、レベルⅡヒュドラ毒とやらを回収してみた。

 他のヒュドラ生物にも効くのだろうか。機会があったら試してみよう。




 次の部屋に居たのは――


「ん。俺はパス」

「ヒュージフロッグだ。カエル苦手なの?」


 さらっとストレートに指摘された。

 俺もオロチの名を持つ男。蛇とカエルは仲が悪いと相場は決まっている。


 エーコさんが魔力剣で真っ二つにしました。

 うわグッロ。




 気を取り直して次。


 ラビッドドッグはなんかコメントに困るモンスターだ。犬だから強いんだけどな。

 他所の街で虎や狼と戦った後だと地味に見える。

 凄く派手だったからな。他所の街の虎。

 虎かなあアレ……。




 問題の部屋に着いた。


 俺が剣の街に飛ばされることになった、例の転移トラップがある部屋だ。


「ずいぶん広い部屋だねー。それに、奥に見える石造りの壁ってドゥームダンジョンと同じ造りだよね」


「……ブレードが居ない」


 そう、門番モンスターであったブレードが居なかった。

 別に居ないから残念ってこともないが。

 妖刀マムシの予備が欲しいとか思わないこともなかったが。


「ブレードってレアモンスターだからその辺も再現されてるんじゃないかな。あの門が転移トラップ? 近付いても大丈夫?」


 そういや剣の迷宮の門番ともいうべきワーウルフも、結局復活はしなかったな。

 あんなのにぽんぽん復活されてはたまったものではないが。


「くぐらなきゃ大丈夫」


 先行して門の手前まで移動した。周囲に敵の気配はない。

 なるほど。剣の迷宮の転移門を見た後だと、ここにも同種類の魔法があるのが知覚できるな。


「ねえアヤセくん。この転移トラップ、ダンジョンの柱に直接仕掛けられてる。ダンジョンそのものは多分破壊できないし、試しに《つるぎ》で斬ってみる?」


 魔力剣なら、壁を貫通するから内部のものも斬れるかもしれないってわけか。しかし魔力剣で魔法は斬れるのだろうか?


「その前に、ちょっと試してみたいことがある」


 転移門……すなわち人工の石壁で構成された『現実世界のドゥームダンジョン』の入り口。その前に立って片手をかざす。

 この動作に意味はない。強いて言うなら精神集中のためのそれっぽいポーズだ。エーコが装備してる魔術士の杖とローブもそんな役割だったはず。


 この新魔法の名は《トラップ解除》。

 ゲームのほうのドゥームダンジョンで、プレイヤーキャラのローグが使う能力だ。作中では魔法扱いではないのだが、現実の俺は罠外しのスキルなど持ち合わせてはいない。なので魔法の力を使う。

 罠そのものの知識もない。だから実現を願う内容は至ってシンプル。


 行く手を阻む障害を、丸ごと取り除く……!


 石の門に仕掛けられたトラップ魔法を、根こそぎ引っこ抜いて《情報収納》へと放り込む。

 バジリスクの力を借りたときを除けば、最大規模の魔力を持って行かれた。

 恐らくトラップ解除魔法そのものというよりも、解除する転移魔法のほうに問題があったのだろう。もっとショボい罠であれば、魔力消費もそこまで多くなかったと思う。


 残された門は、ダンジョンを構成するただのパーツに成り下がっていた。


「おおー! すごい! 設置された魔法そのものを奪うなんて……。え? もしかして今奪った魔法を使えたりするの!?」


「…………!? その発想は無かったわ……どうだろ?」


 バジリスクの魔法すらコピーできたことを考えれば、転移魔法もイケるのか?

 いや、いや待て。

 遠く離れた封鎖地域まで転移する魔法なんて、どう考えても俺のキャパシティを超えてる。そもそも転移ってヒュドラ本体の魔法じゃなかったか?

 多分これ、持ち腐れだ。


「残念、MPが足りないみたいだ」

「MP……」


 先に気付くとは運が良かったな。

 下手に実験していたら石壁の中とかに転移しかねない。




 人工的な石の床が敷き詰められたエリアに一歩を踏み出す。


「ようやくこの先に進めるのか。長かったなあ……」


「この先はなんて呼べばいいんだろ。ドゥームダンジョン? でもドゥームダンジョンの敵自体は今までも出てたしなー」


「ああ、呼び名を決めたほうが便利か。ドゥームダンジョンでいいんじゃない?」


 今まではダンジョン内のエリア分けについて直接相談する相手がいなかったからな。エーコと会話するときに暫定的な名前くらい決めておいたほうがいいか。


 というわけで、《終わりの迷宮》の『地下洞窟エリア』、『ドゥームダンジョンエリア』みたいに呼ぶことにする。

 そう決めたはいいものの、ゲームに似せて作られた部分が凄く狭くてすぐ終わっちゃう可能性だってあるんだよな。だから仮の名前だ。


 ドゥームダンジョンエリアを慎重に進む。

 いかにもゲーム的な分岐した通路、玄室の扉などが視界に入る。


「今までの流れでいくと、次辺りに潜んでいそうな敵は――」


 なんだっけ……?


「オーガかサージャン辺りじゃないかな?」


 即答するエーコ。ドゥーム博士か。


 オーガ。パワー特化の筋肉鬼。

 サージャンはなんだっけ……。あー、メスとかハサミとか使う、血まみれの白衣を着たホラーっぽい奴か。こっちはスピード&テクニックって感じの敵だな。

 鬼が出るかホラーが出るか。


「じゃ、開けてみるか」


 ゲーム中のローグのアクションよろしく扉を蹴破り、先手必勝とばかりに内部の様子を伺う。

 誰も居ない。

 ……ま、鑑定索敵があるから何も居ないのは分かってたけどな。

 壁越しには気配を察知できないとかそういう仕掛けが無いとも限らない。あとそもそも格上の敵が気配を消していると察知できないことがある。

 それらを踏まえた上で部屋の中を見回すが、やはり異常は無いようだ。


「やっぱなんも居ないな」

「うん、この先の部屋の中も全然気配がしないね」

「実装まだだったのかな」

「実装……」


 いや別にジョークではない。

 実際初期の頃は数が少なかったってハイドラも言ってたからな。


「敵が手強かったらその場で引き返すけど、もし行けそうならもうひとつの出入り口を目指そう」


「終わりの迷宮の最初の入り口。西の隣町の駅周辺って話だったよね?」


「そ。駅の位置は地上の川から西に約1キロ。ここまででも結構歩いたから、かなり近いと思う。直線距離ならね……」


 体感的に今の方角を察知することは出来ない。だが《鑑定》を応用したオートマッピングにより、俺はいつでも正確な地図と現在地を脳内で参照できる。エーコも似たようなものだろう。

 ここまで来たなら地上に戻るには西の出入り口のほうが早い。

 この先の通路がやたら複雑だった、とかではない限り。


 残念ながら迷宮通路の形状はゲームのドゥームダンジョンとは全く似ていなかった。なのでこの先の構造は分からない。


 そもそも現実の迷宮のほうがずっと広いから忠実に再現されるはずもない。

 逆にゲームでここまで広くされたら、遊ぶときにかったるいだけだろうな……。


 あと敵の出現位置も適当だ。

 北の出入り口から入るとご丁寧にゲームと同じ順番で出てくるが、あの場所は地下洞窟エリアであって、ドゥームダンジョンエリアですらない。


 そうしてしばらく進むと、それを発見した。


「階段……」

「階段だねえ……。ね、この場所。多分だけど駅の真下なんじゃないかな」


 石造りの豪奢な階段。その先には岩の天井が見える。

 ゲームのドゥームダンジョンだと地上への階段。ただ、現在地は地上から結構深いはずだ。地下洞窟エリアで川の下をくぐって来ているのだから、だいたいそのくらいの深さ。

 だから空は見えないんだな。

 エーコの言う通り駅の下辺りだとは思う。上がってみるしかないか。


 階段をのぼりながら、鑑定の精度を上げていく。

 階段の上は恐らく地下洞窟エリア。

 エリア境にまたもトラップが仕掛けられている可能性は高い。


 地下洞窟エリアは《終わりの街》全域に広がっているはずだ。どこかで来た道とつながっているのかもしれない。

 しかし怪しいのは断然ドゥームダンジョンエリアだ。侵入時の門番やトラップの存在がそれを物語っている。


 結論から言えば、階段の先にトラップは仕掛けられていなかった。

 階段をのぼり切ってドゥームダンジョンエリアから出た地下洞窟エリア。

 そこは広大な空間だった。

 ブレードが居た部屋に似ている。

 ここから別の場所に行くには、奥に見える通路を抜けるしかないのだろう。

 そしてその前には――


 この場所の門番であろう新たなる敵、『オーガ』が立ち塞がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る