第62話 第二章最終話・終わりの街へ
「そうすっと、この死体はどうなるんだ? 見た感じまだ、魔力を内包しているけど。放っといたら、他のヒュドラ生物に捕食される可能性もありそうだな」
「そうだね。ダンジョンマスターなんていうくらいだから、死んだら何かしら環境が変わるのかと思ってたけど。鑑定範囲内だとダンジョンもヒュドラ毒もそのままみたい」
ふーむ。ただ倒すだけじゃ解決しないのか。
…………。
モニクは俺が「自分の限界を低く見積もりがち」だと言っていた。
試してみるか。
バジリスクの魔力情報化を試みる。
単純に体積が壁だな。
俺の消失魔法は食器とか缶とか金属バットとか、その程度のものしか消せない。
しかしどうしても必要だ。
こいつの命を《継承》するのは、消失の可否以前になんか身体が拒んでる。
大災害の被害者とか全然関係ないヤツだからか。
俺が命を受け継ぐ義理も理由も無いからなあ。
なら他に可能性は――こいつのダンジョンマスターとしての力を一時的にでも使うためには、どうすればいいか。
収納に入れてもただの死体、肉と魔力の塊に過ぎない。
情報化したもの。これは武器を素材に変えられるように、ある程度の応用が利く。
精度を最大値まで上げた鑑定能力がバジリスクの全体を捉える。
そしてその肉体は……徐々に光の粒子となって消えていった。
情報収納内部に強大な魔力が満ちるのを感じる――
これが……百頭竜の本来の力か。
確かにこの力を戦闘能力に全振りされたら、俺の手には負えなかっただろう。
今後の参考とさせてもらおう。
この力を保管しておけば、あるいは他の百頭竜に対抗することも可能かもしれない。
だが、大半は今ここで使い切るつもりだ。
ヒュドラ由来の魔法――望む内容であれば、俺にも模倣できるはず。
普段はスペック不足で使えない魔法も、今なら期間限定で使用可能だろう。
バジリスクの力を情報収納から具現化し、鑑定の範囲を広げる。
封鎖地域――剣の街の全域が知覚可能になった。
情報酔いしそうだ。とても普段使いできる能力ではないな。
「さて、何から片付けるか」
「バジリスクの力を取り込んだの!?」
エーコは目を丸くして俺を見ている。
「ああ。まずはヒュドラ毒の浄化……いや、先にヒュドラ生物たちを解放してやるか」
「…………!」
先に封鎖地域の毒を消してしまったら、ヒュドラ生物たちは全員窒息死することになる。戦いでは散々窒息させておいてなんだが、もうこの街の戦いは終わった。
知覚範囲内、全てのヒュドラ生物の命を解放する指示を出す。
創造主であるバジリスクのみが行使できる能力だ。
捕食でも継承でもない。
散った命はその辺に適当に散布し、世界へと還元する。
やがて命は流転して、なんらかの形でこの世に表れるのだろう。
とはいえ。これまでエーコに散々削られた上に、集大成ともいえる全部乗せ大怪獣をモニクに仕留められたせいか。思ったほどヒュドラ生物の数は居なかった。
続いて大地の毒を分解する。
ほどなくして、地中のヒュドラ毒は全て消え去った。
空中のヒュドラ毒に関しては、放っといてもすぐに消えるみたいだ。あくまでも地下迷宮のほうが本体なんだな。
仮にバジリスクの力を持ち出しても、他のダンマスが支配する封鎖地域では、同じことは出来ないだろう。
次は……。
「ヒュドラ生物とヒュドラ毒は片付いた。あとダンジョンなあ……どうしようこれ。分解すると盛大な地盤沈下が起きるだろうし、岩盤自体は放っといたほうが良さげなんだけど」
「もうそこまで終わったの!? ダンジョン? 私にも分かんないよ~」
俺にも分かんないです。
前例がないからなー。
残された岩盤は以前までのような「破壊不可オブジェクトクラスのなにか」ではなくなっていた。しかし硬度は相当なものだ。
ひょっとしたら、元々の土地よりも地盤強度あるんじゃなかろうか。
放っとくか……。
そして次は。
ダンジョン全てを覆っていた《対超越者結界》の解除を試みる。
そもそもこの結界自体、百頭竜単体で張れるようなものではないらしい。百頭竜では維持するのが精一杯だったようだ。その役目のバジリスクが居ない今、解除はあっさりと成功した。
これも残念ながら、他のダンジョンでの解除は無理だろう。
ともあれ――
頭上から地響きが鳴った。
俺たちから少し離れた場所、高さ二十メートルほどの天井に穴が穿たれ、地上からの陽光が降り注ぐ。
そして瓦礫と共に人影がひとつ落ちてきた。
落ちて――いや、降りてきたのはモニクである。
無茶苦茶するなあ……。
対超越者結界が消えたとはいえ、あの岩盤をああもあっさり破壊するとは。
迷宮の意味がねえ。そりゃヒュドラも超越者出禁にするわ。
「おめでとう。アヤセ、エーコ。この地の戦いはキミたち人類の勝利だ」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます! モニクさん」
モニクはバジリスクが潜んでいた穴を見据える。
「転移門は向こうだな。いってみよう」
「あ、ちょっと待ってくれ」
バジリスクの力は既に七割程度を消費したが、まだ結構な量が残っている。
俺はその力の一部を使って剣の街の封鎖地域内、全ての食料品を魔力化した。
今までとは比較にならないくらいの魔力が蓄えられた。
しかしどれだけ魔力があっても、俺自身が強力な魔法を使えるわけではない。また、体力精神力のスペックを超えるような運用も不可能だ。
今はバジリスクの情報を削って力を行使しているに過ぎない。
まさに宝の持ち腐れである。
ただジャンクフード召喚に関してだけは、個人レベルだと無制限に近くなったな。
今まででも、俺ひとり食ってくだけならほとんど無制限みたいなもんだったが。よりアホみたいなバリエーションと貯蔵量になった。
また、ある程度の適当な物資を情報化して収納していく。これらは食料品と違って、外界の人たちでも普通に再利用できるものだ。だからあくまでもある程度、な。
滞在中お世話になった、そば屋の情報も入手しておいた。再現は今のところ無理だが、いずれ使える日が来るかもしれない。
「終わった。んじゃ行こうか」
三人で通路の奥へと進む。
バジリスクのねぐらでもあるのだろうが、生活感は全くないな。そういう生物なんだろうけど。
通路の奥は行き止まりで何もなかった。
しかし確かに何かの気配がする。
終わりの迷宮で転移罠を踏んだ俺だからこそ分かる。
「何かあるね」
……訂正。エーコにも普通に分かるらしい。
「この転移門を使えば、ヒュドラの巣にも内側から入れるんじゃないかと思ったのだが。……そう上手い話はないようだ。迷宮の魔力も消え、じきにこの門も使えなくなる。その前に帰ろうか、アヤセ」
「ああ、そうだな」
「もう帰っちゃうんだね……」
俺はエーコを見た。
共に
「またいつか会えるさ」
「……うん」
周囲に暖かな魔力が満ちる。モニクの魔法だろう。
モニクは何も言わずに、俺とエーコの別れを見守っていた。
そして視界に光が溢れた。
雲もまばらな晴天。吹き抜ける風はお馴染みのヒュドラ毒を含んだ大気。
地面には一面銀色のソーラーパネル。
少し懐かしい、ショッピングモールの屋上だ。
俺は拠点へと帰ってきた。
迷宮内に転移は出来なくても、ここまで行き先をコントロール出来るのか。
流石はモニクだ。
「ただいま……」
「ああ、お帰りアヤセ」
「太陽電池がいっぱい! なんの施設なのここ?」
ん? 今の声――
「うわっ、エーコ!? なんで居るんだ!? 転移に巻き込まれたのか?」
「えっと、なんでだろうね。えへへ……」
誤魔化した?
俺は首を回してモニクを見る。目を逸らされた!
彼女が魔法を失敗するとは思えない。わざとやったな……。
終わりの迷宮攻略はモニクにとって必要なこと。打算的な意味もあるのだろう。だがひとりで探索する俺のことを、本当に心配してくれているようにも感じられる。
そのためにエーコを連れてきたのか。
もし剣の街解放に成功したら、終わりの街攻略を手伝う。条件はそんなところか。
……俺が知らないうちに、取引は成立していたんだな。
俺は片手で頭を抱えてため息をついて。
そして再びエーコへと向き直り告げる。
「ようこそ、終わりの街へ……」
第二章 つるぎの街のエーコ ~完~
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