第61話 妖刀マムシ
迷宮内にヒュドラ生物はほとんどいなかった。
たまに小動物が俺たちに気付いて逃げていくくらいだ。
「このダンジョン、妙に敵が出ないよな」
「少し狩り過ぎちゃったかな?」
ヒェッ。なんか恐ろしいこと言ってる人がおる。
考えてもみれば、俺がカラス一匹仕留め損なってたよりも前から、ダンジョンにバリバリ潜ってたお人だからな……。
ヒュドラ生物の生態系がみだれる。
入り口から二時間もかからず、ワーウルフの部屋に着いた。
部屋の中央に進むと、白い布切れのようなものが少し落ちている。
ああ、これエーコのローブの切れ端だったのか。
情報収納に仕舞っておいた。補修に使えるだろう。
「この奥がダンマス部屋なんだね?」
「そ。一本道だから迷うことはない」
奥の通路に侵入する。
少し進むと、頭と片腕がもげたワーウルフの石像が転がっていた。
「うわあ……。どうやったらこんなことになるの……?」
「ちょっと念入りに止めを刺そうと思って……」
今戦ったとしても、かなり苦戦する相手には違いない。
新手の門番は居ないことが確認できたので、ここから作戦通りの陣形で進むことになった。
俺の前方五十メートルの位置をエーコが歩く。
ダンジョン内で危険な前方を歩いてもらうのはなんか気が引けるが、こういう作戦なので仕方ない。
エーコは普段かけている隠蔽魔法とは逆に、威圧っぽい気配を発しまくりである。
そんな魔法もあるんだ……。
俺はというと、覚えたての下手くそな隠蔽魔法で気配を殺して歩く。
そう。今回の作戦ではエーコが囮を務め、俺が不意討ちの攻撃を行う算段なのだ。
ヤマアラシ戦とは完全に逆。
モニクが言うには、それしか勝ち目はないとのことで。
通路を抜けて、あの石像の間へと辿り着いた。
グローブの中で手汗がにじむのを感じ取る。
エーコは部屋の中央へ。俺は通路から出ずにじっと待った。
そしてあの念話が聞こえてくる。
『貴様が《魔女》か……我の手勢が世話になったようだな』
「あなたが、この巣の主?」
『いかにも……』
直接「バジリスクか?」とは聞かない。
エーコがその名を知っていたら不自然だからだ。
ダンジョンマスターか、とも聞かないんだな。あれは人間が勝手にそう呼んでるだけの名称だからか。
『伏兵を潜ませているようだが……そんなものに意味はない』
俺が隠れてんのバレてんじゃねーか!
まあ、ちょっと気配消したくらいで見つからないと考えるほうがおかしいよな……。
不幸中の幸いなのは、相変わらずバジリスクはこちらを舐めていることくらいか。
あと、俺だとは認識できていないっぽい?
いや、単に覚えてないだけとかありそう……。あいつ人間にあんまり興味なさそうだったしな。
むしろ魔女の存在を知ってるのが意外だわ。さすがに街中の雑魚を根こそぎ狩りまくった相手は認識しているのか。
足音がする。通路の奥からだ。
そして、バジリスクはついにその姿を表した。
トカゲ……。
俺の位置から百メートル以上先、且つ暗がりの中ではあるが、見た目はそんな印象だ。以前会ったときはかなりの大きさだと思ったが、当然ながら巨大ヤマアラシや全部乗せ怪獣よりもずっと小さい。
足は四本よりも多くあるように見える。正面からではよく分からないが。
伝承通りならば八本足ってところかね。
あの大きさなら俺の魔力剣でも攻撃は届くな。
届かせるだけなら問題はなさそうだが……。
バジリスクの口から石化ブレスが放たれた。
対するエーコは自身の周囲に風魔法を展開させてこれを防ぐ。
俺の鑑定範囲内に居るエーコからは、焦りの感情のようなものを読み取れた。
恐らくエーコはこの石化毒に耐えることが出来ない。また勢いを徐々に増すブレスを防ぐのに手一杯で、攻撃に転じることも出来そうにない。そんなところか。
『力比べか……だがその程度では』
ブレスを吐きながら喋るとか器用なヤツだ。
だがこれは念話だったな。
石化ブレスが広大な石像の間に満たされていく。
バジリスク本体の体積など無関係であるかのように、勢いよく吐き出される猛毒の煙は辺りにもうもうと立ち込めていった。
エーコの周囲に渦巻く風は竜巻のような鋭さでブレスを防ぐ。魔力と魔力のぶつかり合いが、途方も無いプレッシャーを周囲に振りまいている。しかし竜巻は次第に外側を削られ、押されつつあった。
「くっ……」
『我が手勢の中でも……ここまで我の攻撃を防げる者はおるまい』
勝利を確信しつつ、ますますブレスの勢いを強めるバジリスク。
白い煙に視界は完全に塞がれ、頼れるのは鑑定のみ。
だがその鑑定の索敵能力も魔力の竜巻に乱され掻き消される。
世界には竜巻の中心たるエーコと死を撒き散らすバジリスクしか、その存在を感知することが出来ない。
ああ、なるほどな。モニクはこの状態まで予見していたか。
白い煙が無いのはエーコの周りだけではない。
ブレスを吐き出すバジリスクの周りも、風圧というか魔力圧のようなもので煙は吹き飛ばされていた。
視界良好である。
その場に一歩を踏み込んだ俺が言うんだから間違いない。
『な……!』
やはり俺を見失っていたのか。
間近に見上げるバジリスクの顔は、俺がこれまで見たことのない異質なトカゲ型生物のそれであった。
この世ならざる生物。確かに竜と呼ぶに相応しいかもしれない。
百頭竜の全てがトカゲ型なのかどうかは知らないが。
そして俺は、手斧を下段に構えた。
グリップは片手持ちなのだが、イメージとして両手で握るように左手を添える。
『貴様は…………オロチ!? 何故まだ生きている? いや……何故この石化毒の中で動けるのだ!』
問いに答えている余裕なんか無い。
モニクの予測通り、石化毒はもう今の俺には効かなかった。
だがこいつを斬れるかどうかはまた話が別。
手斧を振り上げる動作に入った。
斧の先端には刃渡り二メートルの魔力の刃が生成される。
しかし、至近距離でバジリスクを鑑定に捉えた俺は、瞬時に彼我の実力差を悟ってしまった。
まだだ。
まだ足りない。
俺の力だけでは足りない。
どんな技術でも、精神論だって構わない。
盗んで、吸収して、自分のものにしなければ……。
このバジリスクには届かない。
ヤマアラシ戦でのエーコのような、迷いの無さを――
モニクのような、あらゆる理不尽を斬り裂く力強さを――
そしてあのブレードのような――
格上相手だろうと微塵も怯まぬ、必殺の一撃を!
手斧の刃が呼応するように赤い妖光を放つ。
そしてその光は魔力の刀身をも赤く紅く染め上げていく。
下段から逆袈裟に振り上げられた魔力剣《
オリジナルよりも遥かに切れ味の劣る、無骨な斬撃――
しかしそれは確かに、《百頭竜》バジリスクの命へと届いた。
『馬鹿な……何故貴様なのだ……超越者でも、魔女ですらない……脆弱な異能者が』
「一見して役に立ちそうにない奴でも、適材適所で輝くことだってあるのさ」
『そうか……そういうものか……』
斜めに引き裂かれたバジリスクの頭部は、そのまま地面へと音を立てて崩れ落ちていった。
倒れたバジリスクの身体を油断なく見据え、再び手斧を構える。
魔力剣にごっそりと体力を持っていかれる感覚があった。
そう何度も使える技じゃない……。
薄れゆく石化毒の中、風を周囲に纏ったエーコが駆け寄ってくる。
「アヤセくん? もう完全に死んでると思うけど……」
「まだ死体が消えていない」
「え? それはこの街の死体消失を起こしていた、張本人が死んだからでは?」
…………?
「あ……」
そうか……そりゃそうだよな。
俺はコホンと咳払いしてから手斧をホルダーに納めた。
あばよ、バジリスク。
お前の造る怪獣のセンスだけは、嫌いじゃなかったぜ……。
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