第60話 魔力剣

 色々と相談した結果、対バジリスク戦の修行は明日から。

 モニクはそば屋の二階で寝泊まりすることになった。


「ボクはしばらくエーコの指導に当たるよ。キミはひとりでも大丈夫だろう?」


 はい……。

 少し寂しさを感じないこともないが、自分のペースで適度に頑張るのが俺に合ってるというのは事実。


「それから、バジリスクを倒した後のことなんだが」

「ん?」

「正直なところ、彼の死体がどうなるのかボクには分からない。ただ、キミならどうにか出来ると思う。キミは少し、自分の限界を低く見積もりがちだからね」


 そうなのか?

 俺の限界はともかく、ダンマスが死んだケースは確かに前例がない。倒せたとしても油断は禁物ということか。


 さて、自主練の内容なんだが。

 俺の攻撃力不足を解消するのが最大の課題ということで、魔力剣の練習をすることになった。


「え、ええ~? 一族以外で《つるぎ》が使える人を見たことないんですけど、本当に習得できるんですか?」

「できるよ」


 モニクはあっさりと言うが、エーコの疑問ももっともである。

 幼少期から修行をしていたというエーコは強力な魔法の使い手ではあるものの、それ故の知識や先入観に囚われているというのがモニクの見解だ。


 それを払拭するには、俺が実際にエーコの魔法を模倣してみせればいいという。

 モニクがやったのでは意味がない。

 超越者だからなんでも出来るのだろう、で終わってしまうからだ。




 翌日。

 修行場所として、俺はひとりでダンジョンに行くことにした。

 敵の動きが変則的になっているので、あまり奥には行かないようエーコから釘を刺されたが。


 この街に来てからというもの、俺の《継承》による強化はほとんど止まっていた。ワーウルフは石にしちまったし、巨大化生物はエーコとモニクが倒している。しかし代わりに得たものも多い。どうせ身体能力強化だけではバジリスクには勝てないのだ。これでいい。


 ダンジョンに到着した。敵の気配はない。

 手斧をホルダーから抜いた。刃は光っていなかった。

 ワーウルフと戦ったときのあの力が、何故か再現できない。

 手斧の刃を修繕するときに使った、ブレードの刀の特性だと思うのだが。


 スマホでドゥームダンジョンの攻略サイトを確認する。

 地下なのでアンテナは死んでるが、ローカルに予め保存済だ。


 ブレードの刀はプレイヤー用の《妖刀マムシ》という武器と同じものらしい。

 一時的に攻撃力を大幅に上げる効果。発動時は刀身が赤く光る。

 発動条件は……ランダム?

 おおう、運任せのクリティカルだったのか。道理で。


 ブレードと戦ったとき、この能力が発動してたらヤバかったな。

 逆にワーウルフ戦では運良く発動したので命を拾った。


 俺はやられたことはないが、ゲームのドゥームダンジョンにおけるブレードは、たまに即死級の攻撃を繰り出してくるらしい。恐らくそれがマムシの効果なのだろう。


 手頃な敵を求めてダンジョンを彷徨ったが何も居ない。

 仕方ないので、その辺の部屋で普通の練習をすることにする。


 適当な木箱を収納から出して部屋の中央に配置、その上にビール瓶を置く。

 ビール瓶を斬るイメージで、手斧の先端に魔力を展開した。


 ぼんやりとした魔力が形成されていく。長さは五十センチほどだ。

 試しに振ってみた。魔力はビール瓶を素通りする。ノーダメージ。


 壁際に歩いていって、今度は壁を斬ってみる。手応えなし。

 なるほど……。


 いくらエーコでもダンジョンを斬ることは出来まい。

 刃渡り三メートルもあったら、ダンジョンの壁や床に引っ掛かるのではないか?

 という疑問はこれで解消した。


 魔力剣は斬れないものは素通りする。

 今の俺だと、豆腐でも素通りしそうなのが問題だが。


 日没まで修練を重ねた結果、ビール瓶は斬れなかった。

 試しに召喚してみた豆腐は斬れた。




「ほ、本当に再現できてる」

「豆腐しか斬れないけどな」


 そば屋の調理場からまな板を持ち出し魔力剣の実演をしてみせた。

 豆腐は斬れたがまな板は斬れなかった。


「最初の一歩が最も難しいのだが、流石はアヤセだ。これなら実戦レベルに達するのにそう日数はかかるまい」


 モニクは褒めて伸ばすタイプらしい。

 エーコは今日は元々の技を伸ばす修行と座学をしていたらしいが、明日からは対バジリスクを想定した訓練に移行するようだ。


 豆腐は皿に移しておろし生姜と刻んだネギを添える。切り口が美しくないのでこれは俺が食う。

 包丁実演販売のようにはいかなかった。

 滞在日数がもう少し伸びそうなので、そば屋のメニューだけでなく他の食材も適度に混ぜて夕食の支度をする。


「アヤセはヒュドラの転移門を使ってこの街に来たのだったな」

「そうらしい」

「魔法干渉ってアヤセくんが望んだことを実現するものなんでしょ? トラップ回避は分かるけど、この街に来ちゃったのはどうして?」

「どうしてだろうな……」


 俺がこの街に来ることを望んでいたのだろうか。

 エーコがこの街に居ることは知らなかったが、噂の女子高生が目撃されたこの封鎖地域のことは知っていた。だからそういう心理が働いたのかもしれない。


 というより、他の封鎖地域がどこにあるのか興味がなさすぎて覚えてなかった。

 他所の心配なんてしてる余裕はなかったからな。

 一応、終わりの街周辺にいくつかの封鎖地域が密集しているのは知っている。

 他の封鎖地域はもっとまばらに出現しているのだが、終わりの街がラスダンということを考えれば納得だ。


「アヤセくんの手斧、魔力剣とは別に変な気配しない? それ、市販品だよね?」

「元々は市販品だけど、今は妖刀マムシに侵食されかかってる」


「ん? ドゥームダンジョンの武器? 前も言ってたけど、それってなんかの比喩表現なの?」

「いや。ボクも確認したのだが、終わりの街にはドゥームダンジョンの内容を模倣したヒュドラ生物が存在する。創造主があのゲームの影響を受けているのは間違いない」


 モニクが確認したというのは地上に居るヒュドラ生物。つまりハイドラのことだな。


「えっ。じゃあ前に言ってたクレリックとかも実際に?」

「ああ。あと会話が出来るヒュドラ生物はパラディンと同じ外見だ」

「ドゥームダンジョンのパラディン! なにそれ凄く会いたい!」


 パラディン好きなの?

 なら会わないほうがいい。解釈違いを起こすぞ。


「ハイドラとパラディンは外見が似てるだけだよ」

「ハイドラ? 喋るヒュドラ生物の名前がハイドラ……それはまた安直な名前だね……」


 まったくだ。誰が名付けたんだろうな。


 夕食後、モニクから隠蔽魔法も習得しておくように言われた。

 気配を消す魔法か。それは是非覚えておきたい。


 重要度は魔力剣のほうが上なので、あまり時間を割き過ぎないようにと注意される。心を読まれたか。無駄な戦闘はなるべく避けたい派としては、優先順位を逆にしたい。が、バジリスクを倒さないことには次に行くわけにもいかないからな。




 そして修行の日々は瞬く間に過ぎ――

 いよいよダンジョンマスターへと挑む。


 モニクに見送られ、俺とエーコは剣の迷宮地下へのスロープを降りていった。

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