第59話 ダンジョンマスター
「助かったよモニク。ありがとう」
どうやってここまで……とか聞くのもヤボか。
俺の背後のビルからは、エーコが慌てて降りてきた。
「アヤセくん何今の……って、あなたは……?」
モニクに気付いて固まる。
多分、目視するまで存在を察知できなかったのだろう。
「お嬢さんは、察するに
「えっ? は、はい。
「モニクはアマテラスを知ってるのか?」
「知ってるだけだね。関わりはない」
そんなものか。
「も、もしかしてこの人がアヤセくんのお師匠様なの? ひょっとして超越――」
「あー、立ち話もなんだし移動しようか」
今日はもうダンジョン探索という雰囲気でもなかったので、拠点のそば屋に戻ることになった。
「流石に魔女の目は誤魔化せないから白状するけど、ボクは確かに超越者だ。アヤセとは協力関係にある」
「それでアヤセくんは正体を伏せて話していたんだね……ええと、モニクさん。私、誰にも喋りませんので」
「そのほうが助かるかな。ありがとう」
モニクはいつも通り穏やかな表情だ。
彼女のことをエーコにどう説明したものかと悩んだが、当事者同士で勝手に解決したみたいだな。
超越者と異能者組織の関係については、よく分からないのであまり口出しは出来ない。
なんとなくだけど、モニクは誠実な人間を邪険にはしないという気はしていた。エーコであれば問題ないという予感は、間違いではなかったようだ。
あんまり誰にでも引き合わせていい存在ではない、ということは確かだろうけども。
そば屋に戻りテーブルに着くと、モニクは俺の向かい側に座った。エーコはそれを見て少し悩んだ末、俺の隣に座る。
エーコは何も言わずにメニューを開いた。向かいのモニクも無言でメニューを開く。
そば屋のお品書きとか分かるんだろうか……? 今更か。
俺は見なくてもだいたいのメニューは頭に入っているので、ドリンクとつまみを適当にテーブルに並べる。瓶ビールを一本取ると自分でコップに注いだ。
モニクはそれをちらりと見ると、コップと新たな瓶を取って真似して自分で注ぐ。お酌という風習は俺は知らないし、モニクはもっと覚える必要がない。これで構わないだろう。
昼間から無言で飲み始めた二人を見てエーコが一瞬固まったが、興味はすぐに目の前のつまみに移ったようだ。
いやまあ、今日これから何が攻めてこようとモニク先生の敵じゃないからね……。
すっかり他力本願モードになった俺は、ゆっくり酒と食事を楽しんだ。
「それで本題なんだが」
そうモニクが切り出した。
あったのか本題……。
「アヤセ。……キミの破毒。少し見ない間にだいぶ変化したな?」
「えっ? それは何か新たな力に目覚めたりとか」
「いや、猛毒への耐性が上がっただけだが」
知ってた。
「何か耐性が上がるような出来事があったのか?」
「あー、バジリスクって奴とちょっとね」
「バジリスク……」
モニクは少し考え込む。エーコは黙ってお茶を飲んでいた。
「そうか、この地の巣の主は《百頭竜》のバジリスクなのか」
モニクに名前を覚えられているバジリスクが有名なのか。
はたまた単にモニクが物知りなだけなのか。
俺には分からん。
「百頭竜? なんですかそれ」
ああ、まだエーコには教えてなかったな。
それは中ボスの別名――
「百頭竜はヒュドラの首のスペアだ」
はい? なんか今知らない情報が。
「キミたちも神話におけるヒュドラの能力は知っているだろう? 九つの首を刎ねてもすぐに新しい首が生えてくる不死身の蛇。ヒュドラは九体でひとつの超越者だ。一体を倒しても、百頭竜のいずれかがヒュドラの新たな首になる」
「ちょっと待ってくれ。百頭竜は文字通り百頭じゃないとは言ってたが、ダンジョンマスターと同じ数は居るんだよな?」
「ダンジョンマスターとは巣の主のことだな? 百頭竜の全てが地下迷宮を預かるわけではないだろうから、もう少し居るかもしれないな。百頭という名前は、多数居るという程度の意味だ。日本でいう
とんでもない数が居るということは分かった。
中ボスの数は少なく、恐らく各封鎖地域に一体ずつくらい。これは以前も聞いたことだ。ヒュドラ生物の総数に比べれば少ないのは確かだし間違っちゃいない。
いないのだが……。
それがすなわちヒュドラの残機の数と言われると話は別だ。
そんな化け物、モニクでも倒すのは無理なように思える。
「あ、あの……」
エーコが片手を上げて、遠慮がちに発言する。
「ヒュドラが九体というのは、やはり世界各地に? あと、日本には……」
「それで合ってるよ。日本には、
ヒュドラ本体が終わりの街に居ると、モニクからはっきりと聞いたのはこれが初めてだ。
ただし世界に全部で九体いて、どれかを倒してもスペアが新たな首になる。
「そんなん倒せるの?」
直球で聞いた。オブラートに包む言い方が分からねー。
「ヒュドラに不死身の首という能力があるように、超越者たちにも様々な奥の手がある。それよりも問題なのは、やはり《対超越者結界》だな」
ああ、なるほど。ヒュドラだけが極端に強い超越者というわけではないんだな。俺のような人間の異能者基準で考えると、ほとんど不死身の怪物にしか思えないが。
「色々教えていただきありがとうございます。モニクさん」
「キミの武運を祈っているよ、エーコ。……さて、アヤセ。帰りは陸路でも構わないかな。ボクの隠蔽を使えば
「ああ、それなんだけどさ。帰る前にやることがあるんだ。アドバイスもらえないかな?」
「うん?」
軽く深呼吸して、そして俺はモニクに尋ねた。
「バジリスクを倒す方法を教えてほしい」
エーコが息を呑む気配がした。
モニクはちらりとエーコのほうを見てから俺に向き直る。
「またキミは目標を見つけてしまったのか……。言っておくがアヤセ。今のキミが百頭竜と戦うなどと言い出したなら、ボクは全力でそれを止めただろう」
やはりそうなのか。
ん? 止めた……?
今、過去形で言わなかったか。
「アヤセ、キミはバジリスクをどう思う」
「ちょっと脇が甘い奴だな」
やや虚勢を張って答えた。
この程度のハッタリ、モニクに通じないのは分かっている。
戦いへの心意気として受け取ってもらいたい。
「それはそうだろうな。大半の百頭竜は実戦経験がないのだから。では、彼の強さそのものに対してはどう見る?」
「思ったほど……強くない、か? そりゃ俺よりは強いけども。巨大化生物とそんなに差がないように見える」
モニクは若干呆れたような表情になった。
少し調子に乗りましたスンマセン!
「それは石化毒を強さの勘定に入れていないキミだから言えることなんだが……。しかし他にも要因はある」
ん……?
なんか思ってた反応と違うな?
「地下迷宮を維持し、ヒュドラ毒を維持し、対超越者結界を維持する。更にはヒュドラ生物の創造と消失の管理を行う。キミたちの言うダンジョンマスターという仕事は、ヒュドラにしてみれば片手間に出来ることだが百頭竜にとってはそうではない」
バジリスクの違和感。
強大な力を持ちながらも、何故かあまり強そうではない。
もしやそれが……。
「ダンジョンマスターである以上、百頭竜は本来の力を発揮できない。更に言うなら石化毒という強力な武器を持つがゆえに、他の能力は百頭竜の平均から劣るのがバジリスクだ。五分五分ではあるが――」
モニクは俺とエーコを交互に見て、ゆっくりと告げる。
「キミたちなら、《百頭竜》バジリスクを討つことが可能だろう」
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