第57話 撮影現場

 翌朝、何やら慌てた様子でエーコはやってきた。


 今回は珍しいことに、俺の鑑定に引っ掛かった。

 理由を確認するために外に出る。


 本人はすぐに見つかったのだが、姿が見えない。いや、実際には場所が分かっているのですぐに発見は出来た。

 しかし、身に纏っているローブが異質だった。


 ローブの向こう側の風景が透けて見えているのである。ステルスローブだ。

 顔は露出しているので見えているが。

 あと最初からそこに居ると分かっていると、なんとなくローブの輪郭も見える。完全に違和感なく風景に溶け込めるというほどでもない。


「なにその格好」

「隠蔽魔法の一種。普段は気配遮断をしているんだけど、今回は視覚に特化してるの。ローブの反対側の風景が映る仕組み」


 なるほど普段は気配が希薄なエーコだが、この魔法のせいで俺には逆に居場所を察知しやすい。

 境界線の野次馬対策には充分だが、対ヒュドラ生物には気休め程度の効果といったところか。

 それにしても……。


 まるで透明人間だな。

 エーコのような真面目そうな人間も、このイカれた時代にあっては午後ショー化に歯止めが利かなくなってくるのだろうか。

 キメラ対透明人間。


「それ使ってれば、確かに人間から発見されることはないだろうね」

「そうなの。でも今回はちょっと気になることがあってね」


 なんかあったのかな? それで慌ててる感じなのか。


「ダンジョンからヒュドラ生物がどんどん出てきてる」

「なんだって……? バジリスクの奴、攻勢に転じるつもりなんだろうか」


「少し様子が変。私とか見向きもされなくて。気配遮断のせいかなって色々切り替えてみたんだけど、やっぱり相手にされない」


 あー、それで今日は透明人間になってんのね。


「ヒュドラ生物は強い相手からは逃げる個体も多いけどね。それにしても、昨日の今日で急に地上の敵が増えるのは不自然な話ではある、か……」


「うん。今日は地上の動向から目を離さないほうがいいと思う」


 ふーむ。ならばどうするか。

 俺としては――


「ダンジョン付近で一番高い建物……。そこから様子見するのがいいかな?」




 というわけでやって来たのはダンジョン近くの分譲マンション。

 侵入がめんどいからという理由で、普段は避けてる種類の建物だ。


 エーコは杖を取り出すと、その先端に魔力剣《つるぎ》をナイフ程度の長さで展開する。

 ガラスでも斬るのかと思ったら、非常口扉錠前のデッドボルトを両断しやがった。

 有能すぎるだろそれ。俺も覚えようかな……。

 終わりの街の粗大ゴミを片付けるときとかに便利かもしれん。


 屋上に出た。

 継承による身体強化の一環か、集中するとかなり遠くまで見渡せる。

 そして目に入ってきたのは、ヒュドラ生物同士による壮絶なバトルロイヤルであった。


 多種多様な野生動物が走り回っている。

 街の至るところで戦闘が始まっていた。


「あー、うん。これは……」

「どう思う?」


 どう思うかと問われれば。


「多分だけど、捕食の力を与えられた個体が何体か混ざってるな。新しい巨大化生物を造る気なんだろ」

「えっ。じゃあ今からでも妨害したほうがいいのかな?」


 どうだろ?

 あれ全部追いかけて駆除するのと、最後に残った巨大化生物を仕留めるのはどちらが手間だろうか?


「難しい……」

「だよねー」


 エーコも同意見らしい。屋上を歩き回って眼下の街をぐるりと見渡すと、更に予測を述べる。


「あの動物の数だと……最終的に完成する相手って、とんでもないことにならない?」


 確かに、ヤマアラシよりも強そうな動物が何種類もいるな。

 しかし。


「ヒュドラ生物も魔法も、あらゆる物理法則を無視できるわけじゃあないからね。際限なく強くなるということはあり得ない。どうしても倒せないようなら一旦放置すればいいよ」


「そんなのでいいの?」


 いくらヒュドラ生物が超常の生き物とはいえ、現実の理をそうそうくつがえすことは出来ない。魔法には術者のスペック上の限界がある。ヒュドラ本体はやりたい放題だとしても、バジリスクにははっきりと限界がある。


 巨大ヤマアラシみたいなあんなデカい動物は、陸上では長くは生きられない。あれでは単純に体温を逃がしきれないだろう。水中で冷やそうにもヒュドラ生物は水が弱点ときたものだ。


「そもそも巨大化生物なんて、どうやって体を冷却するのか分からんし長くは生きられないでしょ」

「それってどのくらいの期間?」


 俺の知る限りだと……。


「アオダイショウは半月は元気にしてたな」

「思ったより長い……魔法でどうにかしてるんじゃなくて?」


 それはあり得るな。アオダイショウが半月も生きてたのは、やっぱりヒュドラ製だからだろうか。


 それより――


「それより俺は、あのゴリラが気になる」

「ゴリラ?」


 そう、街中では一頭のゴリラが景気よく他の動物たちを蹴散らし捕食していた。

 捕食といっても殴り殺した後に光の粒子を吸い込んでいるだけで、見た目上は俺の継承に近い。

 巨大化ゴリラ……。

 とうとうそれを使うのか。バジリスクはやはり侮れないな。


 別の方角に目を向けると、そこでは大柄な鹿が道路を駆け抜けている。

 長いツノで他の生物を跳ね飛ばしていた。かっこいい。

 たまに獲物がツノに絡まったままになるが、しばらくすると絶命して消失していく。


 屋上を歩いて反対側の方角を見下ろす。

 そこには虎が居た。

 先月辺りは「虎が出たらどうしよう」とか常にビビってた気がするが、今となっては普通のエネミーだ。少し登場時期が遅かったかもしれない。俺の中でいまいち盛り上がらない相手だな……。


 動物たちの中にはヤマアラシも居た。しかし連中が勝ち残るのは難しいだろう。確かに猛獣にも対抗できる種族ではあるのだが、猛獣より強いかと問われれば厳しいところである。

 というより、もう負けてるのに何故この中に投入されたのだろうか。

 敗者復活戦か?


 ワニ。

 おいおい、水棲生物をヒュドラ生物化すんなや。かわいそうだろうが。

 と思ったらめっちゃ元気そうだなあのワニ。

 今まで見てきたヒュドラ生物の中でも一番生き生きとしてるかもしれん。

 でも絶対短命だろアレ。蝋燭の炎の最後の輝きに見える……。




 一時間が経過した。

 ある程度巨大化した奴らも同士討ちを始めたがいいのかアレ。

 もしかして最後の一頭になるまで続ける気なのだろうか。

 アホや。

 でもそういうの嫌いじゃないぞバジリスク。


 適度に休憩を挟みつつ敵の動きを観察していると、エーコが予想を聞いてきた。


「どうなると思う?」

「優勝はゴリラ。大穴でワニ」

「優勝って何!? あとなんで断言するの? 虎とか強そうだよ?」


 虎か……。

 虎も確かに強いが、怪獣の王といえばゴリラだからな。

 巨大化したゴリラに弱点は無い。

 あと現時点でワニが結構デカくなってる。アレ倒すのは既にかなりしんどそうなんだが。


 もう剣の街は怪獣映画の撮影現場さながらの様相である。

 怪獣の街に改名したほうがいい。




 二時間が経過。

 地上ではバカでかくなった虎が勝利の咆哮を轟かせていた。


 ま、まさかゴリラが負けるとは……。

 あいつ本当に虎なの?

 四聖獣の白虎をスプレーで黄色く塗った生物とかじゃなくて?

 野生動物のバトルロイヤルに魔物を混ぜるのは反則。


 普通に虎のほうが強い?

 まあそうかもしんないけど、巨大化ゴリラというところにロマンが……。


 ワニも強いと思ったんだけどなー。

 やっぱ水が弱点のワニとか無理があったんだろうか。一応陸上でもスゲー強いはずなんだが。

 ま、勝負は時の運ともいう。


 何体か乱立する可能性も考えていたが、結局最後の一体になるまで続けやがった。

 多分他者を捕食するという、単純な命令しか実行できなかったんだろう。


 巨大化生物同士の戦い、なかなか見応えはあった。

 撮影スタッフがいなかったのが悔やまれるな。

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