第56話 蕎麦前

「んで? 今の魔力剣って名前あるの? やっぱ《つるぎ》っていうの?」


「あっ、えっ。ええと、はい……」


 そのままの名前で合ってたらしい。バツが悪そうに目を逸らすエーコ。

 街に自分由来の名前なんぞ付けられたら、俺も恥ずかしくてそうなると思う。

 まあなんだ。頑張れご当地ヒーロー。いやヒロインか。




 その後エーコは地上の偵察へと出掛けていった。

 他にヤバい大物が居ないかどうかの確認とのことだ。


 俺はというと、先にそば屋に戻ることに。

 足が遅いからね……仕方ない。

 エーコの跳躍は魔力補助で長距離でもかなりの速度が出るらしい。空中を移動するから封鎖地域の端から端までも、直線であっという間だ。でも空を飛べるってわけではないそうで。


 俺にも真似できるんだろうか。心のどこかで「アレは別にいいや……」って思ってるので多分ムリ。


 そば屋に帰ってきてお座敷に上がると、お茶を淹れてのんびりと待った。

 小一時間ほどでエーコは帰ってきた。


「ほとんど居ないねー。ヒュドラ生物」

「そういやダンジョンの中でも、あんま見なかったな」


「あれだけの大物を倒した直後だからね。前に試しに地上の敵を全滅させてみたときは……三日くらい何も出てこなかったから、しばらく平和かも」


 今、さらっとスゲーこと言ったな……。

 しかし数は減っても、出てくる敵は少しずつ強くなるのだったか。


「じゃあ地上に居る分には、もうのんびりしてても平気そうかな?」

「うん。ダンジョンは明日以降にする?」

「そうします……」


 体力はさして消耗していないが、強敵をほふったことに違いはない。

 こういうときは、あまり連戦せずに休んだほうがいい。


「分かった。じゃあまた連絡するね」


 そう言ってエーコが出ていくのを確認すると、瓶ビールを召喚した。

 まだ日は高いけどな。今日はもう休暇ってことで。

 フタが開いた状態で喚び出すことも出来るのだが、わざわざ栓抜きで開ける。

 ちょっと気分を味わいたかっただけなので、次からはフタなしで喚ぶと思う。

 冷えたコップも用意し、トクトクと注いだ。


 昨日はまだ街の状況を把握してなかったこともあり、酒はやめておいた。

 ついでに言うならば、酒を飲むということ自体に俺はどことなく罪悪感があった。未成年の前で飲むのは遠慮したというところもある。


 地上に敵はほぼ居ないらしいし、未成年も帰った。

 ではいただきま――


「そうそう忘れてたんだけど」


 ガラガラと入り口が開けられてエーコが顔を出した。


「あっ! お酒飲んでる!」


 見つかってしまった……。




「流石にそれは油断しすぎだと思うんだけど……」


 俺もそう思う。だからこっそり飲もうとしたんだが。

 あきらめてビールをひと口飲む。企みが失敗しても美味いものは美味いな。


 カマボコと出汁巻き卵を召喚した。蕎麦前といえばこれ。

 エーコの前にも箸を出してやる。飲み物は……ウーロン茶でいっか。


「わあ、いただきます」

「それで? なんか忘れてたことあったんじゃないの?」


 割り箸を割りながらエーコは答える。


「そうそう。天照アマテラスへの報告をどうしようかと思って。アヤセくんのこと、どれくらいまでなら説明してもいいの?」


「そうだなー。転移してきたとかはダンジョンの話だから別にいいけど、破毒のことはちょっとなー。解剖されたくないし」

「いや、解剖なんてするわけないよー。でも抗毒専門の異能なのか……どうかな……」


 そこは力強く否定してくれ。

 封鎖地域から出るつもりはないので、どうでもいいといえばそうなんだが。


「あと師匠のことは黙っててほしいかな」

「うん、分かった。戦闘報告を提出するにしても水魔法しか見てないし、以前のSNSの会話内容とも合致してる。それだけで納得してもらえると思う」


 モニクは人間の味方ではないとはっきり言っている。《死の超越者》とかいう厨二……じゃなかった恐ろしげな肩書きを持つお方だ。あまり愚かな人類と関わらせると、ロクな結果になりそうにない。

 そう、黙っているのがお互いのためなのだ。


 気になることはまだある。

 超越者って他にも居るんじゃないだろうか。俺がモニクと組んでいるように、アマテラスや海外の軍隊なんかと組んでいる超越者が居ても不思議ではない。

 居たとしたらトップシークレットだろうし、エーコも喋らないか、あるいは知らない可能性すらあるか。


 その辺はモニクに聞いたほうが良さそうだな。

 今までは他の超越者の存在とか、自分にはあんま関係ないと思って聞いてなかった。




 カマボコに少し醤油を垂らしてわさびを乗せ、ひと切れ食した。

 良し悪しは正直よく分からない。すり身にした食べ物というのはなんとなくジャンク感があって親近感が湧く。これをコップに注いだ瓶ビールで流し込むのは休日の午後という感じがしてとてもよい。


 エーコは黙々と食べていたので、追加を適当に並べていった。メニューには書いてないが、通常メニューから蕎麦を抜いた『ぬき』も普通に提供していたようである。机の上は試食会の様相を呈してきた。


 出汁巻きをひと口。出汁巻きといえば、厚焼き玉子とは違いあっさりとした味わいだと思っていたのに意表を突かれた。濃い出汁を惜しみなく投入したであろう味付け。繊細な薄味のものも好きだが、これはこれでビールにも合うなあ。

 出来たての熱いうちだからこそ、味の濃さもバランス良く感じられる。僅かに残った半熟部分もとろけるような、鮮烈な出汁巻きだ。


「そういえば、終わりの街の敵ってこの街とはだいぶ違うんだよね?」

「地下はね。地上は普通の動物が出るよ。動きの遅いネズミとか、あまり飛べなくなった鳥とか……」


「それは普通なの……? ラスダンってことはそれを造ってるのは多分ヒュドラなんだよね。それなのにそんな微妙な感じなの?」


 鴨ロースを視界に捉えながらビールを注いだ。

 割とヒュドラのことはどうでもいい精神状態になりつつある。


「ヒュドラはヒュドラ生物を造るのが下手なんだよ」

「ヒュドラはヒュドラ生物を造るのが下手!」


 比較対象が現れるまで俺もはっきりとは気付かなかったけどな。


「バジリスクは結構才能がある。偏ってるけど」

「バジリスクって誰!?」


 あ、そっからか。


「バジリスクはここのダンマスのことだよ。でもブラック企業のパワハラ体質なんで造った部下の運用は下手というか」

「高校生の私には難しすぎるよ……」


 いや俺も就職したことないけど。

 そういやキミ高校生だったね。


「あとなんでダンマスの名前分かるの」

「本人から聞いた」

「つまり喋れるんだね。情報量が多すぎるよ……慣れてきちゃったけど」


 報告すべき事柄が多くて困っているようだった。

 アマテラスも大いに困ってほしい。そして俺のことは忘れてほしい。


「じゃあさ、終わりの街は地下の敵も微妙?」

「地下……どうだろうな」


 地上の方向性がぼやけた連中とは違う。

 ドゥームダンジョン勢は、弱いくせにこの出汁巻きのように鮮烈だ。

 もしかして……創造主が別なのか?




 シメを何にするかという段階になったのだが、ふたりで協議した結果カレーを食べることになった。


 カレーライス。

 ショッピングモールの食堂メニューにあったものは食べた。あれも悪くはない。

 しかしそば屋のカレーはまた個性的である。この店も例外ではなかった。


 水気のない、とろみの強いルー。具は豚肉と玉ねぎのみ。

 スパイスと鰹出汁、玉ねぎの甘みと豚脂の旨味。

 それだけでルーが完成されている。

 いや他にもあるかもしれないけど俺には分からない。

 鑑定時に全ての情報は得ているはずなのだが、具体的な知覚はセーブされている。だから俺自身の料理スキルが伸びたりはしない。


 気付いたら皿はカラになっていた。あれ? おかしいな?

 後で夜食にも食おう……。


「ごちそうさま。明日なんだけど、そのバジリスクのところまで行くの?」


 そうエーコは質問してきたが。

 確かに次に行くべきは石像の間だ。しかし――


「いや……あれには勝てない。奥の部屋を調べるにしても、なにか安全な方法を考えついてからかな」

「そっか。じゃあまたねー」


 見送った後で考える。

 そうだ。俺たちではバジリスクに勝てない。

 なら俺が去った後、エーコはどうなる。

 もしひとりで石像の間に侵入し、バジリスクから逃げられないようなことがあれば……。


 終わりの街に帰る前に、なんらかの答を出さなければならないだろう。

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