第50話 魔術士のローブ
今度こそスマホのマップを見た。
表示は何度見返しても、地元から遠く離れた別の県である。
ここに在る封鎖地域は……。
噂の女子高生が目撃された場所だ。話題になっていたので俺も覚えていた。
そして噂の女子高生というのはつまり――
「じゃ、じゃあ君が……エーコ……さん?」
「あ、あの。オロチさ……スネークさん? 本当に地上を通ってきたわけじゃないんですね? あと、地下を通ったにしてもどれくらいの時間をかけたんですか?」
もちろん地上経由ではない。でも地下を歩いてここまで来たわけでもないだろう。
「出発したのは昨日です。徒歩一日で着くような距離じゃない……ですよね」
「はい。えっと、敬語はいらないですよ? さっきまでと同じでいいです」
「あ、うん。善処します」
善処できてねえ。
まあそのうち慣れるだろ。
「改めまして。
「……スネークこと
「オロチ……アヤセさん」
繰り返される自己紹介。ループものかなんかか。
そしてアメノ改めエーコはやっぱり本名だった。
さておき何から考えるべきか。
「どうして俺がこの街に来てしまったか。どうやって帰るか。考えることは色々あるんだけど、とりあえず……」
「とりあえず?」
「探索が長引いたのでとても眠い……。エーコさん、どっかにお座敷付きの食べ物屋とかないですか」
「そこに泊まるつもりなんですか? 封鎖地域から出ずに?」
封鎖地域から……出る?
そういう選択肢もあるのか!
でも――
「いや、お金とか持ってないからむしろ封鎖地域内で。あと長いこと外の事情も分からずにいるから、いきなり出ていくのはちょっと厳しい」
エーコは俺の言葉の意味を少し考えてから答える。
「お金は私がなんとか出来ますけど。確かに外に出るということは、必ずしもアヤセさんのプラスにはならないと思います。お店は近くに心当たりがあるのでそこに行きましょう。あ、ドーナツこんなにどうするんです?」
「ああ、余ったのは魔力化するから無駄にはならない。まだ食べる?」
「じゃあ一個だけ」
ドーナツをひとつエーコがつまんだのを確認すると、残りを魔力化で消し去った。同時に食器も情報収納に戻す。
エーコは目を丸くしてその光景を見ていた。
瓦礫にまみれた
ドーナツを食べ終わったエーコが振り向いて聞いてきた。
「あ、呼び方……。下の名前でもいいですか? あと私のことはエーコでいいですよ」
「構わないけど。じゃあエーコ……も敬語はいらないよ」
「えっ、そうですか? ええと、善処しますね」
善処できてないな。
そのうち慣れてくれ。
ところでなんで下の名前呼びなんだろうな。オロチだとギャグっぽいからか?
この苗字、モニク先生にもバカウケだったからな……。
アヤセという名前。苗字があまりにアレなんでせめて可愛い名前を、ってことで付けられたんだと思う。
子供の性別はどうでも良かったんか。そうか。
「その上着、正体隠すために着てるの?」
「これは魔術士のローブです。フードで視界を塞ぐことで、集中力を上げたりするの。実戦だと視界を塞ぐのは危険だから、有名無実化してるんだけどね」
「はー、なるほどなー」
「封鎖地域の出入りを目撃されたときに、正体を隠すためっていうのももちろんあるよ」
うんうん。多分それは君の苦手分野だろうね。
「大災害からたった一週間で、噂の女子高生になったエーコさんは言うことが違いますね……」
「ちょ、それアヤセくんも知ってたの!? あれ以降は誰にも見つかってません!」
下の名前呼び。まさかのくん付けだった。
親近感の表れということにしておこう。べつに悪い気はしない。
エーコは俺の腰に下げてある手斧に気付いたのか、それを見て言う。
「あ、手斧。使ってるんだ」
「君も使ってるの?」
「最初の頃、戦い方を試行錯誤してたときにね。今はちょっと戦術スタイルが変わっちゃって」
女子高生との会話とは思えね~。
なんかのゲームの話をしているようでもあるが。
しばらく歩いて、案内されたのはそば屋だった。
そば屋……いいじゃないか。まだ復活させてなかったジャンルだな。
しかしエーコは困ったような顔で振り返った。
「ごめんなさい。ここにお座敷席あったはずなんだけど、においが……」
あー、傷んだ食材ね。いつものだな。
俺は魔力化を展開すると、いつものように周辺込みで食材と悪臭を一掃した。
「これで問題なし」
目をぱちくりとさせるエーコの横を通って、そば屋の出入り口に手をかける。
ガラガラと引き戸を開けて中に入った。
余裕を持って並べられたテーブル席。反対側には広めのお座敷に座卓。
「いい。とてもいい店だ。ありがとうエーコ」
「そ、そう? 気に入ってくれたなら嬉しいけど。ところで今の魔法――」
エーコの言葉を待たずに今度は記憶鑑定に入った。
迷宮探索からぶっ続けで稼働してるからそろそろ限界だが、今回の探索もこれで大詰め。奮発して三日分ほどの記憶を読み、いい感じの食器類も多めに情報化して頂いていく。
「な、なに? 今度は何してるの?」
「食事の支度、みたいな? ああ、俺寝る前にメシ食っとくけど、エーコもなんか食べる?」
「ジャンクフード召喚? 食べる!」
その名前は頼むから忘れて。
しばらく携行食だけだったとはいえ、甘いものを食べた後に
ただ俺の場合、魔法は魔力よりもとにかく体力を奪う。
魔法が得意というわけではない。その割に魔力は実質無限。
このふたつの要素のせいで、魔法は体力を消耗するものという妙な感覚が俺の中で出来てしまっている。
雑魚戦を水魔法で簡単に済ませたりしないのは、だいたいこれが理由だな。
殴ったほうが体力消耗しないから……。
バランスの差はあれど、エーコも多くの体力を消耗するのは同じだろう。
それに今はもう治してしまったが、あの生傷は新しかった。
俺と会う少し前まで戦闘していたのかもしれない。
つまり何が言いたいのかというと、甘いものを食べた後でも主食は入ります。
余裕で。
「んじゃなに食おっか。長居するかもしれないし、基本の温かい蕎麦からかなー?」
テーブル席に向かい合わせに座ると、それぞれにメニューをめくる。
「しばらくこの街にいるの?」
「帰り方が分かるまではね……」
「そっか。その相談も、あと情報交換もしなきゃだね」
「また今度ね。今はこの天ぷら蕎麦のほうが大事なので」
基本かどうかは異論がありそうだが天そばで。
「私もそれにする!」
「海老天いくつのせる?」
「えっ、みっつとか乗せてもいいの?」
いいんじゃない?
でもあれだな。君、ジャンクフード召喚の仕組みを理解するの早すぎない?
そんなわけで。
それぞれの目の前にはお盆とお箸、そしてどんぶりに入った海老天みっつ乗せの天そばが召喚された。
「うわー美味しそー。いただきます!」
「いただきます」
ジャンクフード的な天そばの海老天といえば、衣が本体かっつーくらい分厚く海老は控えめ、蕎麦つゆを吸って溶けているイメージ。
もちろん俺はそういうチェーン店の蕎麦も好きなのだが、ここは町の老舗感あふれるそば屋なので天ぷら単体としてもイケてる。さっくりときめ細かい衣だ。
揚げたて状態をつゆに沈めてから持ち上げてひと口。
液体を吸ってもなおサクサク感を損なわない薄い衣を噛むと、すぐに大きな海老に辿り着く。
プリッとした歯応え。磯の香りと旨みが広がっていく。
これは……俺の知る天そばの海老天とは次元が違うような気がする。
そもそもこれはジャンクフードにカテゴライズしてしまっていいのだろうか……。
いやいや自信を持てスネーク。
疑ってしまったら魔法は発動しないぞ。
世の食べ物は全てジャンクフード。復唱。
よし。
続いて主役たる蕎麦をたぐる。
ほどよい上品な香りと適度なコシ。そしてつるりとした食感。
こだわりの尖った味というわけでなく、食べやすくポピュラーな割合の製法を追求した感じの蕎麦だ。
あと結構つゆの味が濃い。塩分が不足した身体に染み渡る。
天ぷらに気取ったところがあると思えば、蕎麦には大衆向けの優しさがある。
そして割とジャンクな濃さの蕎麦つゆ。
面白い店だ。店ごと収納して持って帰っか。無理だけど……。
すっかり堪能すると、今日はこれで解散ということになった。
時刻はまだ昼どきだけど、俺はある意味徹夜明けなのでしゃーない。もう限界。
「少し時差ボケになっちゃうかもだけど、一日はゆっくり休んでて。明日の朝また来るから。お休みなさい、アヤセくん」
「お休み、エーコ」
挨拶をすると、エーコはふわりと跳躍して向かいの建物の上へと跳び乗った。
重力を無視するかのような身軽さだ。
瓦礫だらけの地面を行くよりも、建物の上を跳んでいったほうが早いのかもしれない。
そんなことしてるから目撃されるんだよなあ。
建物の上から俺に向けてひらひらと手を振ると、そのまま跳び去っていく。
ハイドラを彷彿とさせる動きだった。
そして風圧で白いローブがはためき、中の制服姿があらわになる。
そんな着方してるから正体がバレるんだよなあ。前を留めなさい。
ま、街の外から見られたくらいじゃ個人の特定までは出来まい。
写真とかには気を付けたほうがいいけどな。
真面目で人の良さそうな顔に露出皆無のダボダボローブ。
細身でありながら、やたらとメリハリのあるスタイルが強調された制服姿とのギャップが凄い……。
意外性の組み合わせが、それぞれの良さを際立たせる。
ギャップとかアクセントとか、そういうものに俺は弱いのだったな。
そんな益体もない考えが浮かぶ辺り、俺もだいぶヒュドラ毒に脳をやられてるのかもしれん。
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