第49話 つるぎの街
さっき食べ損ねたクリーム入りのドーナツを手に取ってひと口。
フレンチクルーラー。昔はこのチェーン店の固有名詞なのかと思っていたが、一般的なドーナツの種類のひとつらしい。
皮は捻じれた形の甘さ控えめシュー生地。表面に砂糖のコーティングがしてあり、これ単品でもなかなか乙なものだ。
しかしこのドーナツの真骨頂は激甘クリームとのコラボにあると個人的には思う。
甘さの違い、舌触りの違いが交互に広がることで、互いの味を引き立て合ってるのだ。
捻じれと甘さの二重奏。
コーヒーのおかわりを召喚しておくことも忘れない。
これで三重奏。単品の三倍強い。
日の光が差すテラス席というシチュエーションがよく似合うメニューだ。
ガーリックステーキ串の次くらいに合う。
……あとで肉も食うか。
そして道路には臨戦体勢の異能者らしき女子高生――
ってまだ居たんか。
魔法をかけた真意を問われるか、あるいは距離を取るなり立ち去るなりすると思っていた。
その女子高生、アメノの表情は警戒というよりも困惑の色が濃くなっている。
当然だがこちらに争う意志は無い。
俺が今やっつけるべきはフレンチクルーラーである。
アメノは自分の手を見たあと、頬をさすっている。
そして店舗の窓ガラスに目を向けた。
店の中は暗いので、窓ガラスには割とはっきりアメノの姿が映っている。
そして、たたたっとテラスを通って窓に近付くと、まじまじとガラスに映る自分の顔を見る。
「あ、あの……。さっきのはもしかして、私の怪我を治してくれたんですか?」
「ん? ああ。勝手に治療したのは謝るよ。でも『怪我を治せるから魔法をかけてもいいですか?』なんて初対面の男に言われても、めちゃくちゃ怪しくないか?」
言いつつ俺は、抹茶クリームがかかった緑色のドーナツを手に取った。
歯ごたえや舌触りの違い。あるいは苦みと甘さ。
意外性の組み合わせが、それぞれの良さを際立たせる。
ギャップとかアクセントとか、そういうものに俺は弱いのだったな。
などと俺が思考を重ねる間、アメノも少し考え込んでから先の発言に返事をした。
「ああ……、それで突然魔法を使ったんですね。納得しました。物凄い魔力だったのでびっくりしちゃって……あ! そうじゃなくて」
姿勢を正すと手を前で重ねて、アメノは綺麗なお辞儀をした。
「ありがとうございます。オロチさん」
「どういたしまして。でもそんなにかしこまらないでよ。ただの自己満足で治しただけだから」
ウソではない。
純粋にこの子のことを想って治すほど、想い入れはないからな。
「ん。そうだとしても、悪くない自己満足だと私は思いますよ」
そして椅子を引くと、アメノは俺の向かいにストンと座った。
心なしか警戒心が減ったみたいだ。《回復魔法》を覚えてたおかげかね。
サンキュークレリック先生。
「今の治療がオロチさんの異能なんですか? あ、言いたくなかったらいいんです。私は誰にも言いませんけど」
「異能とは別。回復魔法は人から教わったんだ」
「誰に教わったんです?」
「ドゥームダンジョンのクレリック」
「それ、ゲームのキャラじゃないですか……。まあ普通は内緒ですよね」
事実なんだがなあ。
ちょっとジト目になっているアメノ。そういうところも愛嬌がある。
ん? ゲームのキャラって。
「ドゥームダンジョン知ってるの?」
「ええ。プレイヤーキャラも敵キャラもかっこいい男性多いじゃないですか。だから女子にも人気ありますよ」
それでかー。ハイドラが好きなゲームだって言ってたのは。
「そういえば。他の封鎖地域ではゾンビとかオークが出るダンジョンがあるらしいです。もしクレリックまで出たら、なんだかドゥームダンジョンっぽいですよね」
「それ、この街のダンジョンのことだから」
そういやこの子、なんでこの街来たんだろ。
「いやいや。
「つるぎのまち?」
「あ、オロチさんは野良……じゃなくてソロだから知らないんですね。異能者間で、それぞれの封鎖地域に付けられたコードネームみたいなものです。ようこそ剣の街へ」
そういってアメノはにっこりと微笑むが。
その表情には満点を差し上げたいが。
んん~?
なんか、会話が微妙に噛み合ってないような気がする……。
それにこの街、そんな呼ばれ方してたのか……。
「なんで剣の街って呼び名なの?」
「あ、えっと。なんででしょうね。えへへ……」
誤魔化した?
ウソはつけない性格っぽいな。俺の中でアメノのいい人度が上がった。
ま、喋りたくないなら構わないさ。
む、話し込んでたら少しコーヒーが冷めてしまったか。
それにまだ山盛りのドーナツが積まれたままだ。
「よかったらドーナツくう?」
「えっ」
言ってからしまったと思った。
猛毒の大気の中で、誰が好きこのんでメシを食うというのか。
「ああいや、封鎖地域でものを食べるとかないよね。気にしないで」
「い、いえ。普段も携行食とか食べてるし平気ですよ。じゃあいただきます」
そういってピンク色のクリームがかかったカラフルなドーナツを手に取ると、普通に食べ始めた。
お、おおう。
いつ作られたものなのかとか、当然あるべき疑問を聞かれると思ったのだが普通に食った。勇者か? 見た目はどっちかつーと白魔術士っぽいけど。
でもあれか。食べられるものなのかどうか、鑑定とかで見抜けるのかもな。
魔法使いなら、不思議なことがあってもそうそう驚いたりはしないわけか。
ならついでにと、マグカップに注がれたコーヒーもアメノの前に召喚してやった。
「えええぇっっ!?」
椅子ごとガタンと後ずさるアメノ。
滅茶苦茶びっくりされてしまった。あれ? おかしいな?
「なななんですか今の!? これも魔法なんですか?」
「え、うん。ジャンクフード召喚」
「ジャンクフード召喚って何!?」
あ、しまった。
その呼び名は俺の中で封印しとくやつだった……。
「今の無しで。忘れて」
まじで忘れてください。
「…………。えっと」
アメノは何やら考え込んでいる。
そしてマグカップを持ち上げるとコーヒーをひとくち飲んだ。
「ドーナツもコーヒーも、普段このチェーン店で食べるのよりずっと美味しい……作ったのがオロチさんだから?」
「いや、そうじゃないよ。俺の魔法は記憶から再現されているんだ。出来たてとかの理想状態の記憶。普段のこの店でも、作った時間ちょうどに買えばこのくらいには美味しい」
「食べ物の記憶……? 一度魔力化した食べ物を理想状態で元に戻してる? それって……」
アメノは何処からともなくスマホを取り出した。
エラい慣れた手付きで高速タップを開始する。
あっ。
現在地を調べる方法!
スマホのGPSでマップを見れば良かったんじゃないか。
何故俺はそんな簡単なことを忘れて……普段使わないアプリだからか。
俺も収納から自分のスマホを取り出した。
ん?
メッセが届いたな? それもたった今。エーコからだ。
『スネークさん、今どこにいるッスか?』
どこ?
それはむしろ俺が聞きたい。
今から調べようと思ってたんだが。
とりあえず返事しとくか。
『えっと、ダンジョンで転移の罠みたいなの踏んじゃって。地上出たら全然知らない町に出ちゃって、今そこにいます』
そして今度こそマップを開こうかと思ったのだが、矢継ぎ早に短文の返信が送られてくる。
『それは』
『もしかして』
『ダンジョンを通って』
『別の封鎖地域に』
『出てしまった』
『ということですか?』
…………。
……え?
そんなことがあり得るのか?
いや、そう言われてみれば辻褄が合うことも……。
思い出せ……転移の門を通った後は何が起きた?
どこまで行っても未踏破のダンジョン。
突然出現しなくなったドゥームダンジョン勢。
入れ替わるように現れたキメラ勢。
ヒュドラではないダンジョンマスター、百頭竜のバジリスク。
地上は見知らぬ街。
そこに居たのは噂に聞いた、他の封鎖地域の生存者。
そしてスマホの会話相手は、他の封鎖地域の魔法使い。
俺は前を見た。
スマホを持ったアメノが、俺のことを覗き込むように見つめている。
「もしかして……スネークさん?」
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