第51話 終末ヘアー

 座敷の上に出した寝袋の中で覚醒する。

 すっきりとした目覚めだ。


 スマホを見るとまだ朝の五時か。

 昨日は昼も寝て、夜もちょっと起きたあとまた寝たからなあ。

 おかげで体力はすっかり回復した。


 寝袋はアウトドアショップで入手したものだ。

 野営をおこなうほどの長期探索はしない主義なので、出番はないだろうと思ってたけどな。

 転ばぬ先のなんとやら。


 お店の二階部分は住居のようだった。

 気分的な問題で、あまり一般民家には立ち寄らないようにしているのだけどシャワーだけお借りします……。

 水は消せるからタオル要らずだ。

 ついでに言うなら水を出すことも出来るので、水道からして不要ともいえる。

 やはり気分の問題だな。


 朝メシ……。

 この店で最も朝メシに向いているメニューはやはり蕎麦だよな。

 エーコは朝どうするんだろ?

 仮に後で一緒に食べるにしても、二人前くらいは問題なく入るので先に盛りそばでも食っておこう。


 そんなこんなで七時になった。

 スマホにメッセが届く。


『アヤセくん、おはようッス。もう行ってもいいッスか?』


 SNSでは相変わらずそのキャラなのね……。

 あるいは学校の先輩とかと話すときは、リアルでもそんな感じなのかもしれんが。


『おはよう。もう起きてるから大丈夫』


 なにこの平和なやり取り。

 でも朝から女子と待ち合わせと言ってもな……。

 会ってすることと言えば、人類を捕食する怪物をどうやって駆除するかの相談なんだけど。


 うん?


 鑑定索敵に引っ掛かった生き物がいるな?

 索敵はちゃんと機能してた。そうだよな。索敵に引っ掛からない奴らのほうがおかしい。

 そうじゃないと、地上であってもおちおち寝てられないからな。


 などと安心してる場合じゃないが。

 犬猫程度の大きさの生物が何匹か鑑定射程内に入ってきた。まだ増える。


 これは……。

 俺を狙ってきたと見るべきか。

 地上にもときどき、妙に勘の鋭い奴らがいるからな。

 先月の戦いを思い出す。


 店舗の引き戸をガラガラと開けると、俺は戦場へと向かった。




 道路をゆっくりと進み、曲がり角の陰から敵の居場所を観察する。

 最初の敵影を発見した。

 今回の敵は――


 一見、灰色のデカいネズミ。でも体毛が長く、まるで針金のようだ。

 トゲ状の体毛の先は、白と黒の特徴的なまだら模様。


 ヤマアラシ。旧世界ヤマアラシだよなあれ?

 旧世界ヤマアラシってのは実際そういう名前だ。なんとなく厨二的というかイマジナリーな響きだよな。

 他に新世界ヤマアラシってのもいる。かっこいい。名前が。


 やばいな……。

 熊や狼ほどの驚異じゃないとはいえ、オリジナルの大きさでも肉食獣とやり合う連中だぞ。


 単体ならともかく数が多い!


 まだ増えるのかよ。それに……デカい。

 ヤマアラシ自体、齧歯類げっしるいとしてはかなりデカい動物だ。

 個体差も考えると、こいつらはひょっとしたら巨大化生物というわけではないのかもしれない。

 どうだろ? 実物見たことないから分からん。


 どうやって倒そうアレ。

 接近戦なんかしたらトゲが刺さりまくって俺がヤマアラシになってしまう。


 使うしかないのかー。水魔法……。

 あの数相手だとしんどいというより命中精度が心配だ。

 基本的に一対一でしか使ってこなかったからな。

 鍛錬をサボった能力は伸びない。


 射程範囲に入ってきた最初の一匹の頭部に水を出現させる。

 ジタバタともがく先頭のヤマアラシ。トゲを大きく逆立てて暴れてるが、そんなことをしても意味はないぞ。


 あとお前らの体毛って、そうしてるとモヒカンみたいだよな。

 この終末世界でとうとうモヒカンと戦うことになろうとは。感慨深い。


 とかくだらんこと考えてたら他のヤマアラシが一斉に動きを早めた。心なしかこちらの方角に向かってくるような。


 俺の居場所がバレたのか?

 いや、一匹攻撃を受けたからそっちのほうに俺が居るだろうという適当な動きかもしれない。いずれにせよ勘のいい連中だ。


 ならば。

 俺は塀の上に跳び乗るとそのまま民家の上に移り、敵の陣形を俯瞰した。旧世界の奴らも木登りくらいは出来そうだが、樹上性動物である新世界ヤマアラシほどではあるまい。

 希望的観測である。


 近くに居る奴から順に、片っ端から水魔法を展開する。五箇所が限界だろうか。

 まだあと十匹は居るんだが……。


 そのとき、風が吹いた。


 屋外だから風くらい吹く。

 だが空気の妙な気配に、俺の勘が異常事態を告げた。

 咄嗟に鑑定の精度を上げる。


 一陣の風ではなく、いくつもの細かな気流がこちらに向かっていることを察知した。

 それらの風は、俺が攻撃している個体以外の、残りのヤマアラシたちに向かって行く。

 そして、一匹一匹の周りでつむじ風となって張り付いた。


 ヤマアラシを風圧で吹き飛ばしたりするわけではない。

 カマイタチのように切り刻むわけでもない。そもそもカマイタチ現象は俗説だ。

 魔法攻撃ならあるいはそういった使い方も可能かもしれないが、この風に威力など全くない。


 その風は――ヒュドラ毒ではない『清浄な大気』で構成されていた。


 周囲のヒュドラ毒を一瞬で消し去られたヤマアラシたちは次々に倒れ、消失していく。

 つむじ風に巻かれた連中が全滅した頃、ようやく俺の攻撃を受けていたヤマアラシたちも倒れていった。


 これはいわば《風魔法》とでもいうべきものか。

 なんてこった。俺の《水魔法》の完全上位互換じゃないか。


 いや、すげーわ……。

 そうとしか言いようがなく、俺は目の前に現れた白ローブを見る。

 彼女は当然のように、俺の索敵に引っ掛かることもなく現れた。


「おはようアヤセくん! 大丈夫だった?」

「おはよう。正直来てくれて助かった。ヤマアラシになるところだった」


「ヤマアラシ?」

「今襲ってきた連中」


 エーコはきょとんとした表情になったあと、ポンと手を打つ。


「あー、ハリネズミじゃなかったんだアレ」


 たまに混同されることがあるが、ヤマアラシというのはハリネズミとは全然違う生き物だ。

 コンセプトは確かに似ている。でも別物。

 蕎麦とうどん、オロチとヒュドラ程度には違う。


「なんでアヤセくんがヤマアラシになっちゃうの?」

「接近戦に持ち込まれるとあのトゲをめちゃくちゃ刺される。サボテンみたいになる」


「あはは、それはちょっと見てみたいかも」

「ハハ……朝メシくう?」

「食べるー」




 店に戻ると、エーコは朝から天せいろを所望した。

 やはりあれだけの魔法の使い手ともなると、消耗も激しいのだろう。

 俺も二杯目だが、まだ余裕で食えるので同じものを召喚する。

 海老以外にも色々な天ぷらを楽しみながら会話をした。


「でね、異能者って基本的には秘密主義なんだよ。それでも以前、アヤセくんに何が出来るか聞いたのは、そうしないことにはアドバイス出来なかったからなの。ごめんね」


「ああ、全然気にしてないっていうか。それはむしろ、いくら礼を言っても言い足りないところだから」


 俺がアオダイショウと戦うにあたって、アドバイスを貰ったときの話だな。


「私自身は誰にも言うつもりはないんだけど、SNSの発言は監視されてるかもしれないから……」


 なに?

 非公開のDMログをSNSの運営に提出させるほど、エーコのバックにいる連中は権力があるのか?

 しかし、人類存亡の危機といってもいい現状、それくらいは出来て当たり前な気もする。

 そもそも俺は非公開会話の安全性を元から信用してないので、動揺するほどのことではないな。


「能力に関してバレると、たとえばどんな弊害が?」


「今の時代で具体的にいうなら、強制的に封鎖地域の対策組織に駆り出される。私は元々組織に協力的な一族だったから気にならないけど、大災害以降に従わされてるところは少し険悪な雰囲気なの。だから派閥は互いに手の内を隠してる。引き抜きとかの心配もあるみたい」


 うーん、人類同士でそんなことをしている場合じゃないだろう、とは思うが。


「こっそり隠れてる俺が申し訳なくなるような話だな」


「野良の異能者、しかも封鎖地域に入れるなんて人が見つかったら大変だよー。派閥のスカウト引く手あまた……いや、誘拐くらいは普通にされちゃうかも」


 そうなのか。確かに、呑気にスカウトとかしてられるご時世じゃない。

 でも今の発言、誘拐とかよりも気になるところがふたつあるな。

 ひとつは――


「俺、生存者だってSNSで散々バラしてるけど。あれは信用されてないってこと?」

「いや、注目はされてると思う。でも誰も確認しに行けないんだよ」


 そう、それがもうひとつだ。


「封鎖地域に入れる異能者って、そんなに数少ないの?」


「そうだよ。異能者自体が希少だし、ヒュドラ毒に耐えられる異能者は更に少なくて数えるほどしかいない。私の派閥では私ひとりだけ。どこの派閥も地元以外の封鎖地域に貴重な人員を回せない」


 まじか。人類側の戦力ってそんな少数だったんか。

 更に話は続く。


「だから日本のほとんどの封鎖地域は完全に放置されてるの。ラスダン説のある《終わりの街》ですら……」


 んんん?

 今なんかヒドい名前の街が出てきたが、ひょっとしてそれは。


「えっと。その《終わりの街》ってのはもしかして……」


 エーコはにっこりと笑って頷く。


「うん。アヤセくんの地元。封鎖地域のコードネーム」


 ひっでえ!

 確かに終わってる街だけども! 否定は出来ないけども!


 終わってんのは何処も一緒なのでは……。

 食後の蕎麦湯を飲み終わると、俺は溜め息をついた。

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