第43話 百頭竜

 コイツ……!

 なんか話が分かるようなフリして殺る気満々じゃねーか!


 逃げようとしたら殺されるなこれ……。

 付け入る隙はなんかないか?


 ひとつに、こいつは退屈してるから会話をしたがっている。

 そこにウソはないと思う。

 これから殺すつもりの侵入者と雑談するようなヤツだ。


 もうひとつ、こいつは俺をナメている。

 いや、実際ナメられても仕方ないくらいの実力差はあると思うが……。

 むしろまったく正しい評価と言わざるを得ないが……。

 しかし警戒されるよりはずっと逃げやすい。

 そのままナメたままでいてほしい。


 よし、時間稼ぎついでに情報を聞き出せるだけ聞き出そう。お望み通り会話相手になってやる。


「名前に意味はないって? ならあんたには名前が無いのか? 百頭竜じゃなくて、あんた自身を示す名前がさ」


 うん、少し調子が出てきた。


『む……名はある。我が名はバジリスク』


 ふうん……バジリスク、ね。

 この部屋で起きたことが、その名前だけで想像できちまうな。


 バジリスクは西洋に伝わる毒蛇の名だ。

 視線で対象を石に変えることが出来るとか。

 この辺の伝承は時代と共に移り変わるのであやふやなんだが、別にこいつが伝説のバジリスクそのものというわけではないだろう。

 ヒュドラ同様に、能力になぞらえた名を与えられていると見るべきか。


 あれ? じゃあモニクは? 普通の名前だよな?

 いやいや、それは今関係ない。思考の脱線をやめろ俺。


「あんたに見られただけで、こいつらは石に変わったのか?」


 核心を突く質問だ。どう答える。

 普通は手の内を明かすようなことは答えないだろうが、な。


『それは我の名の元となった架空の怪物の能力であろう。我が《石化毒》は創造主より与えられし力。《毒の超越者》の力の一端よ』


 よく喋るヤツだ。

 架空の怪物の能力だろうが、望めば魔法として具現化できる可能性だってあるはずだがな。なるほど、石化も毒の一種なのか。どうやって展開するのかまでは流石に教えてくれないか。


「なるほどね。ところで俺は門番ってのに会ってないから、地上への道は多分通ってないんだよな。どの通路がそれなんだ?」


『貴様の後ろにあるであろう……』


 それも教えてくれるんか。

 まあ、絶対逃げられんとか思われてるっぽいなあ。


「最後に聞かせてくれ。この迷宮に、あんたの創造主は居るのか?」


『この地にはおらぬ……』


 そうなのか?

 んー。全部が本当がどうかは判別できないな。


 ま、知りたいことはだいたい分かった。

 潮時だな。


「色々教えてくれてありがとよ、バジリスク。じゃ、俺もう行くわ」


 こいつから逃げるに当たって、どうしても賭けになる部分が大きい。

 これだけの格上相手だ。仕方ないだろう。


『そうか……なれば貴様もこの地の礎となるがよい』


 来る……!

 奴が攻撃態勢に入った気配がする。

 俺は即座に振り返って通路目掛けてダッシュした。


 背後から凄まじい速度で何かが迫ってくる。

 それは、あっという間に俺に追い付き包み込み、そして追い越した。


 それは気体だ。

 霧というか煙というか、僅かに視認可能。それ故に周囲がほとんど見えなくなった。


 ある程度予想していた攻撃。

 あのポイズンクラウドのような、高濃度の毒の塊。

 竜の名を冠するせいかどうかは知らないが、これは息――いわゆるブレス攻撃だ。


 もしヤツが物理的な近接攻撃を用いたり、あるいはよくある炎のブレスを吐く竜であったなら、俺はこの瞬間に死んでいたかもしれない。


 だがこの広間にある石像は原形を止めているものが多数あった。

 バラバラに砕けている石に関しては、引き裂かれて殺されてから石化したのか。それとも石化してから砕かれたのか。判別はできなかった。

 しかしどうやら先に引き裂かれるパターンは免れたようだ。


 周囲の視界がさえぎられたため、鑑定情報によって壁や石像の位置を避けながら走る。

 ここまででも既に相当な綱渡りである。


 だが最大の懸念であった、俺の《破毒》は果たして《石化毒》に耐えられるのか、という問題。


 自身の魔法を応用して防御を試みる。思い付いたばかりの即席防御だ。あまり上手くいかなかった。また仮にこの防御方法を修練したとしても、格上の魔法使いである百頭竜のブレスを完全に防ぐことなど出来なかっただろう。


 結果として、俺は今ヤツのブレスを直撃……とまではいかないものの、かなりの量を浴びてしまっている。


 それでも足は動く。まだ石化はしていない。

 もしかして、俺はヤツの毒に耐えられるのか?

 分からない。

 百頭竜の部屋にあった石像。

 その元となったヒュドラ生物とて、即座に石化したのか、あるいは一定時間後に石化したのかが不明だからだ。


 俺は一本道の通路を走り続けた。




 結構走ったが、途中でヒュドラ生物には全く遭遇しなかった。


 それにしてもあいつ……バジリスク。

 普っ通~に会話しておきながら立ち去ろうとした瞬間、なんの抑揚もなく殺しにくるとは。


 思うにあいつは俺如きが相手では、戦うどころか殺すという意識すらないのだろう。

 気に入らない。個人的には大変に気に入らない。


 でもまあ人類もな。

 他の生き物に対してそういうとこあっから、そこはあんまり突っ込む気も起きないが。




 少しだけ緊張から解き放たれて歩いていたら、なんかふらふらしてきた。


 意識が遠のきそうな予感がする。

 これは……やはり石化毒の効果か?

 手足がだるい。

 今、ヤツが――バジリスクが追いかけてきたら俺の命はない。


 恐る恐る振り返る。

 何かを思い出した。


 ああ、最初に見た犬の石像。来た道を振り返ったまま石化していたんだっけ。


 ようやく意味が分か……った……。




 ――――。




「あ痛ァ!」


 激しい痛覚に襲われて、俺は覚醒した。

 なんだ、なんの痛みだ? あれ? 俺倒れてる?


 どうやら今の痛みは地面に倒れ込んで頭とか色々打った衝撃によるものらしい。


 ……なんで俺倒れたんだろ?

 転んだとかそういう感じじゃないし……いや、そもそも倒れる前は俺は何してた?


 …………。


 ここは地下迷宮。岩壁の自然洞窟エリアだ。

 俺は《百頭竜》のバジリスクに会って……それで……。

 石化毒のブレスを受けた。

 そして気を失った?


 気を失って倒れた。倒れた衝撃で目覚めた。だとしたら気を失ったのは一瞬?

 いや、なんか違うな。

 頭がまだぼんやりする。

 一瞬前のことというには、妙に思い出すのに時間がかかる。


 もしかして……俺、石化してた?


 もしそうならなんで戻った? 破毒の効果か?

 ……まあ、本当に石化してたのならそれ以外に理由はなさそうだが。


 世界大災害の日、初めてヒュドラ毒を浴びた俺は三日間気を失っていたんだよな。


 収納からスマホを出して時間を確認する。

 時刻は出発した日の朝のままだった。


 …………?


 あ、ああー。思い出した。

 収納に入れてる間はスマホの時間は止まってるんだった。

 えっと。ほっといても直るけど、すぐ直すには設定入れ直せばいいんだっけか。

 めんどい。再起動で。


 再起動した結果、日時はそのままだった。あれ?

 ああ、ここアンテナがつながらないからか。

 そりゃ時刻調整も出来ないよな。

 役に立たない平べったい板を再び収納に仕舞う。


 周囲に敵の気配はない。

 百頭竜の部屋から続いてる通路には、基本的にヒュドラ生物が居ないとか?


 部屋に入ったら石化ブレス吐いてくるパワハラ上司が居るんじゃ近付かないのも無理はないが、そもそも雑魚のヒュドラ生物にそんな知能あるんだろうか……。


 考えてもしゃーない。

 道は相変わらず分岐がない。引き返してバジリスクと再会するのはあり得ない。

 あいつの言葉とかもう全然信用できないが、一応ここは地上へ出る道って話だからな。

 真っ直ぐ進んでみるか。


 ――なんか忘れてないか?


 あ、地上への道には門番とかいうヤツが居るんだった。

 勝てんの? 俺……。

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