第44話 情報収納

 自分の状況を見直してみる。

 幸いこの通路に敵は居ない。門番戦に向けて準備をしよう。


 出来ればゆっくり睡眠を取ってから挑みたいが、絶対に敵が出ないとは限らないし、バジリスクもいるからなー。体力の限界が来る前になんとかしたい。


 ホルダーから斧を取り出す。

 刃がボロボロだ。特にブレードとの戦いで削られた部分が大きく、下手をすると折れてしまいそうですらある。


 こんなので戦っていたら、紙一重の差で負けたときに悔やんでも悔やみきれない。

 アウトドアショップにあった他の斧を、予備として持ってきておくんだった……。


 そういえば、コボルドが石斧を装備していたな。あんなのでも無いよりはマシだ。

 倒したヒュドラ生物の命だけでなく、装備とかも奪えないものだろうか。


 ……いや、もしかしたら奪えていたのではないか?


 左手を見ながら、かつてコボルドと戦ったときに鑑定した石斧の情報を引き出す。

 もし、消えた装備を俺が無意識に回収していたのだとしたら。


 近くに在りながら、此処ではない何処かに存在するもの。


 魔力。


 収納。


 そしてもうひとつ――


 そこに石斧はあった。

 いや、あったというのは少し違うか。

 石斧は原形をとどめているわけではなく情報化している。これは魔力の形状に近い。

 だが魔力のように俺の身体の一部というわけではなく、収納の中身と同じく所持しているだけだ。


 これは……収納の一種だな。

 形状としては魔力に近い形だが、性質としては収納だ。言い換えると《情報収納》か?




 左手で石斧の情報を掴むと……俺の手には実物の石斧が握られていた。




 現物ではなく情報を収納している。

 あちら側からこちら側に引き出すときに、再び実体化したのか。

 これだけなら石斧を収納に入れて出すのと何も変わらないな。過程が違うだけで。


 モンスターの装備品は、モンスターの命を奪った時点でヒュドラの《捕食》により消失する。

 俺はそれを横取りしてるので、現物ではなく『粒子化した魔力情報』しか奪えないわけだな。


 それが知らずうちに、俺の《情報収納》にストックされていた。

 これを現物に戻すには、魔力コストを支払って引き出さなければならない。


 出てきた石斧を試しに通常の収納に仕舞った。

 問題なく仕舞える。再び出してみた。

 現物にしてしまえば他の道具と変わらないわけだな。なら次は。


 石斧を再度、《情報収納》へと仕舞う。

 斧は再び魔力情報と化し、この世ならざる空間へと仕舞われた。


 今度は右手に持った自分の手斧を見る。

 刃こぼれしていてボロボロだ。


 手斧の記憶を読み、復元を試みる。

 使う材料はさっきの石斧だ。

 情報から復元された石斧の刃が、欠けた手斧の刃を補うように実体化する。


 形だけなら元に戻った。

 でも石と鉄が混じり合って見た目は酷い。石斧と手斧のキメラだ。

 なるほど、キメラを造る魔法を模倣したわけだな俺は。

 キメラ斧で試しに岩壁を殴る。石の部分が結合部からボロボロと落ちて、元の状態に戻った。


 ダメじゃねーか!


 えーっと、材料が悪いなこれは。

 ツギハギにするのもよくない。

 材質を全部変えてしまうか、あるいはもっと混ざり合うようなものじゃないと駄目だ。

 情報収納の中身を精査する。


 ブレードの刀を見つけた。

 いいのがあるじゃないか……。


 欠けた手斧の刃に融合するように、刀の一部を溶かし込んだ。

 刃は元の形を取り戻し、心なしか怪しげな光を放っているようにも見える。


 妖刀ならぬ妖斧だな。ようふ? ようおの?

 まあなんでもいい。名前に意味なんか無いって、どっかの百頭竜も言ってたしな。

 普段の俺の主張とは真逆なわけだが……。

 ケースバイケースだ。ダブスタは人間らしさ。


 あ、岩壁を試しに殴ったりはしません。あれ俺には壊せないし。

 さっきのは単なる強度テストだ。


 あと俺の着ている服。これもシーフと戦ったときに斬られたところとかそのままだったな。ちょうどいい。そのシーフの装備で直しておくか。


 布同士を融合するのは比較的すんなりと成功した。

 現代のテクノロジーの結晶ともいえる防水だの速乾だのの機能は、ツギハギ部分でだいぶ損なわれたと思う。

 水は魔力化で消せるから、いらんといえばいらん機能なんだが。




 さて、ここまでは単なる準備運動みたいなもんだ。

 本番はこっから。


 俺は遂に食べ物以外の物質でも、魔力化から再召喚へのサイクルを造ることに成功した。

 食べ物と武器では過程がだいぶ異なったが、やってることは同じである。


 何かを消して、それをもとに何かを造る。これだけだ。


 かねてより考えていた、食べ物の容器を創造する魔法の出発点に立ったわけだ。

 自分で自分を褒めてあげたい。


 ま、消失の部分は相変わらずヒュドラの魔法に乗っかった形なので、ぶんどった装備品以外の物質も情報化できるかどうかはこれから試すのだが。


 では早速。

 収納から取り出すのは缶ビール!

 よく売れてる銀色のヤツ。


 何故こんなものをダンジョンに持ち込んだとか言うなかれ。

 別にダンジョンだから持ち込んだわけではない。


 俺は……缶ビールを常に収納に入れている……。


 その辺はほっといてくれ。

 最初にやることは中身抜きだな。魔力化で中のビールをゆっくり消していくと、缶がベッコリとへこむ。急に消すと缶が破損しそうで怖い。今回は破損しても別に構わないのだが。


 よし、空になった缶を魔力情報化……できねえ!


 まてまて、落ち着け。俺のスペック的にはたかが缶一個、ゴリ押しで消滅させられるはず。

 ダンジョンで起きたあらゆる不測の事態は魔法で解決できるはずだ。

 ダンジョンあんま関係ないけど。


 むん……!


 出来ない……何故だ。

 必要に迫られてないからか?

 んなこたない。これはめっちゃ必要。屋外でビール召喚するのに缶は必要。

 紙コップでもいいのでは?という心の甘えが魔法を阻害している。

 もっと熱意を持て。


 祈りの濃度を高める。

 それはもう、ゲンナマでガチャ引くときくらいの集中力だ。

 囁き、詠唱、念じろ~。


 俺は必死になっていた。

 バジリスクとか門番とか、結構どうでもよくなってきてた。


 数十分後、とうとう俺の手元から銀色の缶が消失した。

 やっぱりバジリスクとか門番のせいで集中が乱れていたらしい。

 あいつらは徹底的に駆除する必要がある。


 ここまで出来れば後は簡単。情報収納には既に缶の情報があるからな。

 ただ、缶を呼び出すだけならすぐだが、中身も同時に召喚しなければならない。


 こういうのは最初からひとつのものとしてイメージするのがいいだろうな。

 中身入りの缶ビールを心に描き、《情報収納》と《ジャンクフード召喚》を同時に起動し具現化する。


 そして、俺の手元にはキンキンに冷えた銀色のヤツが召喚された。


 やり遂げた。

 これでジャンクフード召喚の幅は無限に広がるだろう。

 新たな宇宙を創り出した気分だ。


 缶を見ると、製造年月が先月だ。

 ラベリングまで忠実に再現されているらしい。

 これ、同じ素材を使い回すと賞味期限表示もこの先ずっと同じ日付で出てくるんだろうな。

 召喚した缶ビールの現物をうっかり出しっ放しにしておくと、ワケが分からなくなりそうだ……。


 まあ俺は食品の鮮度を鑑定できるから大丈夫なんだけど、事情を知らない他人には渡せないよな。

 やっぱ俺は、大量召喚で終末世界の食料事情を改善!みたいなことは出来ないらしい。

 救世主とかガラじゃないので別にいいけど。


 出来上がった缶ビールは収納に仕舞っといた。

 今飲むほどおめでたい性格ではない。


 じゃあ今缶ビール召喚を練習する必要があったのかと言われれば。

 勘が鈍らないうちに練習しときたかった、とかそんな理由。


 俺は収納の使い方が下手くそだからな。

 魔法の得手不得手は俺の場合、射程距離に直結してる気がする。


 バジリスクに負けたのはそれが原因……あれは俺の負け扱いなのかな? 生き残った時点で勝ちでは?


 ともあれ戦術の幅を広げるために、苦手は克服しておかねばならない。

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