第41話 未踏破区域

 ゲームでも現実でも、複雑な洞窟の中で迷子になろうものなら高確率で死ぬ。

 ただ俺には鑑定という、リアルオートマッピング魔法があるしジャンクフード召喚もある。


 召喚はなんでも無制限に出せるわけではない。

 たとえば俺の水魔法は周囲の水分か、水を魔力化した分しか発現できない。

 同様に、ジャンクフード召喚も今まで魔力化したものに大きく影響される。


 しかし俺が今まで魔力化した食材は、到底ひとりで消化しきれるような量ではない。

 スーパーの在庫数軒分とか軽く超えているからな。

 つまり食料切れで終わるということはまずあり得ないのだ。


 だから俺の命を脅かすものがあるとすれば、それは敵の存在に他ならない。

 ドゥームダンジョンであれば転移罠を踏んだ場合、敵の脅威度が同じくらいか、あるいは少し危険な場所に飛ばされる。

 たとえ敵の強さが変わらなくとも継戦能力に限界がある以上、転移罠はゲーム内では非常に危険なトラップだ。


 現実ではどうか。

 俺が実質、魔力と食料を無限に用意できるといっても、睡眠をいつ取るのかという問題がある。

 普通に考えて迷宮内で寝るとかあり得ない。

 二十四時間以内に脱出できなければ死ぬ可能性が高い。


 直線距離だけで考えるなら、封鎖地域の端から端までを移動するのにたいした時間はかからない。

 道に迷ったり、戦闘で余分な時間をかけなければ。

 あと妙なトラップに引っ掛からなければ大丈夫だ。

 悲観するのはまだ全然早い。


 そうと分かれば早速行動だ。


 暗闇に目が慣れてきた。

 光量が少ないだけで、真っ暗というわけでもない。

 ここはゴツゴツとした岩肌で構成される自然洞窟のエリアのようだ。

 だから、あの人工迷宮の中には入っていないと考えられる。


 やはり、あの迷宮にはそう簡単には入れないということか?

 しかし、それならばあの転移トラップは侵入者を遠ざけるのが目的ということになる。

 俺にとってはそのほうが助かる。

 侵入者を逃がさないために、迷宮の奥深くに飛ばすトラップのほうが遥かに厄介だ。


 さて、どちらの方角へ向かえばいいか全く分からない。

 それに罠を踏んだときは西を向いていたが、今も同じとは限らない。

 だが現在地はどうやら広い一本道のようで、とりあえずは目の前に進むしかなかった。




 敵が居ない。

 ひょっとしたら人材不足で、迷宮の端のほうにはなんにも居ないとかあるんだろうか。


 鑑定の範囲を上方向に向けてみたら地上らしきものを観測したっぽい。

 普通の建物の基礎とかが出てきた。現在地と地上のあいだの地中には、水道管やガス管と思しきものもある。

 物凄く地下深くに閉じ込められた、とかではなかったのでひと安心。

 でもさすがにこの情報だけでは、自分が街のどの辺に居るのか分からない。


 天井を破壊して脱出……は無理。

 ただの岩壁ではなく、巣の主による魔法の産物だからな。

 俺が巣の主を上回る魔法使いにでもならなければ壊せない。つまり不可能。


 でも俺は、そのほころびを探しているんだよな。

 モニクによれば、ダンジョンにほころびがあるかもしれないという。

 そしてエーコによれば、ダンジョンは魔法の産物なので不測の事態は魔法で解決できるということだ。


 壁や天井を壊すのは無理でも、付け入る隙はあるということか。

 もう一度あの転移罠の場所に行くことがあったら、今度はトラップ解除を試みてみるのもいいかもしれない。


 罠外しの魔法か……。

 そうそう、その前に食べ物の容器だよな。敵は見当たらないし、歩きながらでも方法考えるか。


 少し気になっているのが武器とか防具を装備したモンスターたち。

 あいつらを倒すと装備ごと消えている。

 装備品もやはり消失から再生産のサイクルがあるのだと思われる。

 俺が倒した場合、あれって何処に消えてるんだろうな?

 継承は命を受け継ぐ力だ。装備品は関係ないと思うんだよな。


 そう考えながら歩いていると――


 前方の暗がりの中に、獣のようなシルエットが浮かび上がった。


 なんだ!?

 鑑定には引っ掛からなかったぞ?

 手斧を構え戦闘態勢に入る。


 が、相手は動かない。

 集中して鑑定すると、それは石の塊だった。いや、石像か。

 石で出来ていたため、鑑定の情報では迷宮の一部だと思ってスルーしていた。


 俺の鑑定では具体的な視覚情報までは分からない。

 また、どんな情報を優先するかはそのときの状況による。


 周囲の空気とかいちいち鑑定していたら魔力体力の無駄なので、無意識に情報量はセーブされているのだ。

 疑似オートマッピングのように魔力垂れ流し状態のときは、地形をアバウトに記憶することと、生命体の索敵しかしていない。


 それにしても……。

 随分と出来のいい石像だな?


 それは犬の石像だった。

 犬種まではよく分からないが、デカくて強そうな犬だ。

 こちらに向かって歩いてきている体勢だが首は振り返って後方、つまりこの先の奥を見ている。


 オブジェにしては妙。というか妙なところしかない。

 芸術は分からん。ヒュドラの考えていることを深読みし過ぎても労力の無駄ということもある。

 だが警戒するに越したことはないだろう。


 ありそうな線としては、これはトラップの一種ではないだろうか。

 精巧な石像だと思っていたものが、近付いた瞬間に動き出す。

 映画で見たような展開だ。


 犬の視線は奥を向いているので、恐らく奥に進んで犬の視界に入ると動きだす。

 よし、これだな。


 俺は犬の像から離れた位置で慎重に通路の奥に進むと、バッと振り返って手斧を構えた。


 さあ来い!


 犬の像と目が合った。

 像は全く動かない。ただの石のようだ。




 気を取り直して奥へと進む。

 五十メートル先の鑑定結果にひらけた場所が出現する。通路は終わりか。


 もしかしたら何かしらの変化や危険があるかもしれない。

 さっき勘が外れたからといって、次も安全とは限らないからな。


 収納からカロリーバーを取り出す。

 袋を開けてかじった。

 あらかた食べ終わると、袋の中に再び召喚させる。

 この袋を生成したいんだがな。それはまた今度試そう。


 再召喚したカロリーバーは収納に戻した。

 今度はスポーツドリンクのペットボトルを取り出して飲む。

 飲み終わった後、やはり同じように中身を再召喚してから収納に仕舞う。

 補給はこれで問題なし、と。


 奥の広間に向けて歩き出した。




 その空間は、ひとことで言えば散らかっていた。


 迷宮内にはヒュドラ生物とかいう謎生物しか居ないわけで、基本的にゴミとかは落ちていないのだ。自然洞窟っぽい形を取ってはいるが、どこかテーマパークのような嘘臭さも感じる場所である。


 しかしこの広間の中は砕け散った石のようなものがそこかしこに落ちていた。


 かなりの広さだ。ブレードと戦った部屋の倍近い幅と奥行きがある。

 鑑定を使っても半分くらいまでの距離しか把握できない。

 ちなみに落ちているのはただの石だった。


 野球が出来そうな広さだな、と思ったが天井があるから無理か?

 ドームの天井とかよりはさすがに低いと思う。結構な高さはあるけどな。


 とりあえず鑑定範囲内と視界に敵影は確認できない。

 明るくないのと鑑定の射程外ということもあって奥はあまりよく見えないのだが、奥の壁際にもそこそこの大きさの岩だか石だかが多数あるのが見えていた。

 もしかすると、さっき見たのと同じような石像ではないだろうか。


 そっと広間の中へと踏み込んで行く。

 左右を振り返って見ると、壁際に多数ある獣の姿にぎょっとする。

 もちろん石像だ。


 心の準備は出来ていたのだが、それでもビビってしまった。

 鑑定で察知できない敵影は、すなわち格上ってことだからな……心臓に悪いわ。

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