第40話 ブレード

 巨大なカエル、『ヒュージフロッグ』は結局部屋の外から水魔法で仕留めた。


 シーフと戦ったときは自分の苦手と向き合ったのだけど、こいつには必要ない。

 だってキモいだけで普通に戦っても勝てるし……。

 ときには省力化も重要だよな。

 実は魔法を使ったほうが疲れるのだが細かいことはいい。


 他に遭遇した敵は『ラビッドドッグ』。

 犬だ。割と普通の犬。ドゥームダンジョンを知らなかったら、普通に犬型のヒュドラ生物として認識していたに違いない。

 こいつは普通に強かった。身体能力差でゴリ押ししてしまった感じ。

 元々が強い生物だからな。ある程度の苦戦もやむなし。




 曲がった主要通路は南へと向かっており、途中西側に大きな横穴がある。

 その先にあるのは今まで見た中で最大の部屋だった。天井も高い。

 そして入り口から部屋の奥まで見通せた。

 鑑定の射程距離、五十メートルを超えてしまっているので肉眼で見るしかなかったのだが。


 その部屋の奥には、今までとは明らかに違うものがあった。

 自然洞窟のような横穴ではない、人工的な出入り口。

 巨大な門がそびえているのである。


 門の向こうには、同様に人工的な石壁で構成された迷宮が広がるのが見える。

 あれが本命、西の隣街の地下迷宮か。

 それにしてもあの外見は。

 パルテノン神殿を思わせる柱と、石細工で構成された迷宮は。


 ドゥームダンジョンのそれじゃあないか!


 ヒュドラの野郎……よっぽどあのゲームがお気に入りなんだろうか。

 あるいはハイドラのことがお気に入りなのかもしれないけどな。




 さて、その人工地下迷宮だが。

 入り口の前には少し異質な敵が居る。


 ドゥームダンジョンにおける名前は『ブレード』。

 プレイヤーキャラのサムライに相当するモンスターだ。

 直訳は刃物だが、剣客とかそんな意味だろうな。

 ゲーム内だと地下三階で最強の敵だ。


 そいつは俺を認識しているはずだが、胡座をかいたまま門の前で微動だにしない。

 ヤツを倒さないとその先には入れないってか。


 まあ門はデカいので、端のほうをダッシュで通り抜ければいけてしまいそうではある。

 単純な身体能力では、あいつが俺に追い付くことは出来ないはずだ。


 だが。


 あいつに手こずるようではその先に進むべきではないだろう。

 ブレードは技とスピードのキャラ。更にリーチもある。

 俺が最も苦手とするタイプだ。


 ゲーム内であれば、レベルの上がったローグのゴリ押しで倒せる相手だ。

 しかし現実では、身体能力で圧倒していても刀で斬られればタダでは済まない。

 あいつはソーサラーとは逆に、現実世界でのほうが遥かに厄介だろう。


 ……水魔法に頼らず、手斧一本で倒してみせる。

 それくらい出来なければ、先が思いやられる。

 迷宮の奥へと進むのはそれからだ。


 手斧を携えたまま部屋の奥へと歩いて行く。

 半分を過ぎた辺りで、ようやくブレードは立ち上がった。


「一応言っとくぜ。通してくれるなら命までは取らない」


 俺の言葉には全くの無反応。

 ブレードはスラリと刀を抜いた。

 今までの敵とは一線を画す、静かな殺気が流れてくる。


 両手持ちで切っ先を地面に向ける。

 下段構え。

 ゲームだと逆袈裟で斬り上げて、返す刀で斬り下ろすみたいなコンボを繰り出してくるが、普通は斬り上げが当たった時点で終わりな気がする。


 返す刀ってのは複数の対象を斬るものであって、同じ相手に二回攻撃するようなものではないのでは……。

 つまりコンボ喰らっても立ってるローグがおかしい。

 あれ? ローグのやつ俺よりも強くね?


 ゲームキャラもヒュドラ生物もそうだが、連中は防御力と耐久力がおかしい。

 俺は筋力や持久力こそ上がっているが、その辺は限界がある。

 多分ある、というべきか。本当に斬られて試したら死ぬわ。


 あと体重を超えた物理攻撃力も発揮できない。

 力も技も、どれだけ体重を乗せられるか、みたいなところがある。

 手斧で斬り裂けない相手には水魔法を使うしかないな。


 ブレードがゆっくりと近付いてくる。


 攻撃内容は分かっているんだ。対応できないことはない。

 もちろん予想外の攻撃も想定して、油断なく歩を進める。


 刀の間合いに入った。


 刀が動く。

 予想通りの軌道で迫るそれに、上半身を回転させ手斧を打ち付ける。

 そもそも、鍔すら存在しない手斧の小さな刃で、日本刀を受け止めるというのがもうあり得ない。


 自分で言うのもなんだが神業と言っていいだろう。

 俺とブレードでは身体能力に圧倒的な差がある。

 だからこそギリギリ実現可能な防御だった。


 激突時の火花、欠けたのは俺の斧の刃だった。

 この攻防を続けたら……負ける。


 相手の刀身が消えた。


 脇構えか?

 実際に対峙すると何をしてくるのか全然分からん!

 いや、刃が直接見えずとも刀は腕の延長線上にあるものだ。

 格上相手だとそんなこと言ってられないが、俺のほうが格上のはずだ。

 どんな軌道で斬り付けてこようが打ち落とすのみ。


 そして、刃が真横から飛んできた。

 胴斬り!

 だが俺の迎撃はそれよりも速い。

 正面から受けずに、斜め上から手斧を叩きつける。


 刀身を叩き折り、折れた刃が宙を舞う。

 返す刀、いや、返す手斧で相手の首をめがけて斬り上げる。


 ブレードは折れた刀を振り抜いたまま動かなかった。

 追撃を躱すとか逃げるとか、こいつの動きなら可能なはずなのに動かない。


 鈍い音と共に手応えがあった。

 ヒュドラ生物特有の頑丈さで、手斧の刃は首の三分の一ほどの位置で止められている。

 俺の攻撃力をもってしても、首を刎ねるには至らない。

 だがそれで決着はついた。


 血の溢れる口から、掠れるような呼吸音が聴こえる。

 そして、確かにこう言った。


「――お見事」


 そしてブレードは光の粒子となって散る。


 なんだよ……喋れたのかよ。

 先に言ってくれりゃあいいじゃねえか。

 止めを刺してからバラすとか意地が悪くないか……?

 そんなに俺と馴れ合うのは嫌だったのかよ。


 だけど。

 悪いけど。

 お前も俺と一緒に来てもらうぜ。


 光の粒子は俺の身体に吸い込まれ、そして命は継承される。




 門の奥を見やる。

 ドゥームダンジョンと同じ、石の人工迷宮だ。

 巣の主はこの奥にいるんじゃないかと俺は考えているわけだが。


 ダンジョンマスターに今挑もうとは思ってないので、ここに入る必要はないかもしれない。

 ただこの迷宮、まだだいぶ先は長いんじゃないかと思ってはいる。


 ハイドラの情報によれば、ドゥームダンジョンにおける強敵もこの迷宮にいるって話だった。奥に行くほどに強くなるとも。

 だが、これまでに遭遇したヒュドラ生物はゲーム内では地下三階までの敵。まだ序盤と言っても差し支えない。

 今の俺なら、地下五階相当の相手までなら倒せなくもなさそうだ。


 つまり、もう少し進んでも問題ないってことだな。

 ここまでは自分の苦手を克服すべく敢えて接近戦で戦ったりもしたが、ここからは出し惜しみは無しだ。

 水魔法、不意討ち、持久戦。使える手はなんでも使っとこう。

 修行とかは、相手が予想よりも弱かったときにすればいい。




 俺は、門をくぐり新たなエリアへと足を踏み入れた。




 ――はずだった。


 目の前の人工迷宮が消えた。

 真っ暗になった。

 いや、光は僅かにある。急に光量が落ちたので目が対応しきれていないだけだ。


 鑑定に集中する。

 床も壁もある。

 不測の事態ってやつだ。一度外に出よう。


 そう思ったのだが。


 俺の背後に今さっきまで戦っていたはずの部屋はなかった。

 ただ、岩の壁だけがある。

 鑑定結果はそう示していた。


 まずい。

 何が起きた?

 いや、この現象は知っている。

 ドゥームダンジョンにはあって、この迷宮には無いと思っていた要素。

 トラップだ!


 種類は転移の罠。

 半径五十メートルの鑑定結果は、ここが未踏破区域であることを示している。


 俺は、地下迷宮の中で迷子になってしまったらしい。

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