第30話 決戦の日

 さて、今すぐ生存報告をすると通知で埋まってしまいそうなので、復旧したスマホの有効活用を優先させる。


 なんでもいいからもっと敵の情報や戦いのヒントがほしい。藁をも掴む気持ちだ。

 俺はフォロワーの一覧を開き目当ての人物を探す。


 滅茶苦茶増えてんなフォロワー!

 元々はちょっとしかいなかったからな。あいつはもっと最初の方に居るはずだ。画面をひたすら下にスクロールする。


 居た!


 そいつをフォローしてダイレクトメッセージを送る。


『先日は返事できなくてすいません、エーコさん。お伺いしたいことがあります』


 水魔法の鍛錬をしながら待つこと数十分。

 エーコからDMの返事が着た。


『無事だったんスねスネークさん! 返事とかは気にしないでくださいッス。調子はどうッスか?』


 なんだかいい人っぽいなこの人。詐欺師の才能がありそう。


『調子はぼちぼちです。敵との戦い方を教えてほしくて連絡しました。よろしければなにか教えてくれませんか? 手斧は用意しました』


 書き込み中表示が出てしばらくそのままだ。返事を考えているのか。


『スネークさんの特技を教えて下さいッス』


 特技?

 正直に書いたら頭おかしいと思われないか?

 ……いや。こっちは真剣なんだ。駄目元でもいい。


『えと、なんのことか分からなかったらスルーしてほしいんですけど、まずは猛毒耐性。それから敵の力を奪う魔法、食料の魔力化、元に戻す魔法、収納、鑑定、最後に水の魔法。平均より体力はあると思いますが武道の経験とかはないです』


『ええええっ!? それすごくないですか? それだけあれば手斧とかいらなくないですか?』


 なにこの反応。ていうか『~ッス』ってカタカナに変換するのを忘れてるぞエーコ。


 もしこのエーコが封鎖地域の真実を知る人間だったら、異能持ち関係者なのかもしれないと思ったんだが……。

 やっぱりそっち側の人間だったか?


 いやいやまてまて。普通に考えて、たいへん失礼ながらおかしい人である可能性のほうが遥かに高い。あんま期待しないでおこう。


『いや、手斧は必要だと思います。魔法はまだ米を炊くくらいしかできないので』

『米?』

『米』

『すいませんッス…意味がよく分からないッス』

『米はライスです』

『いやそうじゃなくて。炊飯器じゃダメなんスか?』


 コミュニケーションへたくそか俺は。おかしい。接客バイトだから普通に喋れるし、そりゃ友達はいないけど、ネットじゃ空気読めるほうだって自分では思ってたんだけど。

 自信なくすわ。


『インフラ止まってたので。敵の力を奪ってもそれ以上に強い敵がいます。空気中の水分を集めたりはできるんですけど、有効活用する方法はまだ思い付いていません。魔力化と元に戻す魔法は食料確保に。鑑定は米の記憶を読むのとかに。収納は全然使ってません』


『米の記憶って何!?』


 会話へたくそか俺は。今、魔法を使った美味しいお米の炊き方について論じてる場合か。


『すいません今の無しで。とにかく魔法攻撃とかはできないんです』

『あ、はい。ところで』


 いったん切ってからエーコは続ける。


『スネークさん、その封鎖地域からずっと出られなかったんスね…。川と海に囲まれて橋は封鎖。陸路にはダンジョン。そっか、気付けなくてごめんなさい』


 ……他の封鎖地域って結構が出入りがガバガバなんだな。地続きだとそんなもんなのか。

 俺は最初から救助要請をしてたはずなんだが。その気になれば簡単に脱出できると思われていたのかもしれない。買い被りだ。


 ところでなんか、この人めちゃくちゃいい人っぽくないか?

 おかしい人である可能性が高いとか思っててごめん。いや、依然としておかしい人である可能性は残ってるんだが。


『ヒュドラ毒の弱点が水なのは知ってるみたいッスね』


 …………!?


 前言撤回。この人は本物だ。


 おかしい人なんかじゃなかった。

 同じ敵と戦う味方はモニクだけじゃなかったんだ。


『はい』


 とりあえず返事をする。下手に口出しをせず、まずは相手の意見を聞いてみよう。


『水魔法は特攻ッスよ。水が出せるだけでも全然違うッス』


 俺はスマホの画面を凝視して、エーコとの会話を続けた。

 その会話を終えると、SNSに生存報告をする。


『生きてる。封鎖地域が停電して通信の手段がなかったけど解決しました。返事はしきれませんが、皆様の言葉には感謝してます』




 それから何日かが過ぎた。

 そして、俺はその日を選んだ。


 スマホとリュックはショッピングモールに置いていく。

 ベルトとホルダーに手を加えたものをたすき掛けに装着し、バールはそこに差して背負っている。


 自分から危険な場所に飛び込むなんてイカれているだろうか。


 いや、俺は普通だ。

 自分たちの種を脅かす敵に怒りを覚えるのは、人として普通の感情だ。


 ビビリの俺も、好戦的な俺もどちらも自分。

 ひとりでの気ままな俺も、他人に気を使いまくりな俺も。

 薄情な俺も、誰かの無事を喜べる俺も。


 常に一貫した意見や感情なんてものはない。ダブスタは人間らしさ。

 簡単なことだった。


 確かにこの感情は、あんまり褒められたようなものではないな。

 普通だわ。勇気とかでは断じてない。

 モニクの言い方だと、俺に普通であることを許さないと言ってるようにも聞こえる。

 あの人実はけっこう厳しいのでは?

 まあそれはそれとして。


 ヒュドラは自分の巣に敵を寄せ付けようとしない。


 俺もだ。


 俺も自分の巣を荒らそうとする奴は許せない。

 二度と地上に出てくる気が起きなくなるまで、徹底的に撃滅しなければならない。




 ショッピングモールから徒歩十数分。

 懐かしの我が家へと戻ってきた。


 二階の真ん中が削ぎ落とされているのは今見るとシュールだ。

 なんか使えるものが残っていないか、少し捜索してみたいが後回しだな。

 今日の戦いには時間制限がある。


 この場所まで戻るとヒュドラ生物をそれなりに見かける。

 だいたいは小型の鳥だ。襲ってくる気配はない。


 コンビニに来てみた。一階の店舗に大穴が開いている。店内のレジ側半分は滅茶苦茶だ。こっち側からこの状況を見るのは初めてである。

 なんというかこの街も、より終末らしい外観になってきたよな。


 ずるり、という音が聞こえる。

 ……来やがったな。

 アックスホルダーから手斧を外して握ると、その場でしばし待つ。


 街中から巨大なアオダイショウが姿を現す。

 コンビニ前の通りまでやって来ると、俺を見据えながら鎌首をもたげた。


 瞬間、蛇の頭が俺の居た場所を通り過ぎた。

 俺はそれを横っ跳びにかわす。

 これに反応できないようではまず話にならない。ひと呑みにされてお終いだ。

 コンビニの窓を破壊したときの蛇の動きを頭の中で反芻し、何度も躱す練習をした。


 蛇とすれ違うように前方へ走り込むと、胴体の鱗めがけて手斧を振り下ろす。

 弾かれた――

 硬い!

 高速で走る鱗に対して、刃を垂直に打ち込むことは困難だ。


 背後の蛇が、回り込むように反転する音が聞こえる。

 コンビニ前の駐車場は広い。このままでは、とぐろを巻くように周囲を胴体で囲まれてしまだろう。そのまま前へと走った。前方のブロック塀に跳び上がる。それを足場に民家の屋根へと跳び移り駆ける。


 三軒目に跳び移ったところで背後からメキメキという音が聞こえる。振り返るまでもない。蛇は高所に登るのが得意だ。住宅など障害物にもならないだろう。地面に跳び下りて更に走る。


 世話になってたドラッグストアの前に出た。

 この辺でいいか……。

 手斧をホルダーへと収める。


 地面に降りてきたアオダイショウが正面から迫ってくる。

 攻撃されるまでの時間はあと僅か。

 俺の横にはバス停の標柱があった。

 おもむろにバス停の支柱上部を掴むと引き倒しながら前方へと踏み込む。


 バス停土台部分の重さはおよそ四十キログラムから六十キログラム。

 持ち運ぶのは御免だが、一度ぶん回すだけなら――

 今の俺の身体能力なら不可能ではない。


 蛇の頭部が攻撃動作に移る。

 奴の顎が大きくひらくのと、俺がバス停を振りかぶるのはほぼ同時だった。

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