第29話 繋がる世界

 落ち着いて考えろ。

 そもそも俺は召喚魔法を、食料を得るための手段として認識してしまっている。

 水は食料に含まれるかもしれないが、戦闘に用いようとしている時点で俺の召喚魔法からは『望むこと』がズレてしまっている。


 始めから無理があったのだ。

 水魔法は水魔法として、独立して運用されなければならない。


 周囲の空気を《鑑定》する。

 ヒュドラ毒を含む大気だ。しかしそれだけではない。

 湿気。この大気中にも水分は存在する。ヒュドラ毒の弱点が水とはいっても、湿気くらいではどうにもならない。


 俺は周囲の水分を集めるイメージを構築した。

 ペットボトル一本分ほどの水が瞬く間に眼前に集まり、周囲の空気が僅かに乾燥するのを感じた。

 なんだ、やれるじゃないか。《水魔法》。


 周囲の水を集めては霧散させたり、ときどき失敗して床にぶち撒けたりを繰り返しながら館内を歩いた。この能力はこれから常に練習していく必要がある。消費魔力からすると、四六時中実行していてもあまり問題はなさそうだ。


 それに後から気付いたが、集めた水を食品として《魔力化》できてしまった。魔法は体力や精神力も消耗するので永久機関というわけにはいかないが、少なくとも魔力切れの心配はほとんどなくなったことになる。


 家電ショップに用があるのだが、電化製品に水をかけてしまうといけないと思い、しばらく練習してから向かった。




 家電ショップに着くと、とりあえずその辺の商品を《鑑定》する。知識としては理解できないが、その情報は流れ込んでくる。過去に遡って記憶を読むことでもしない限り、魔力消費はさほどでもない。


 食料の次に切実なのが電気だ。ソーラーパネル? あいつは今も元気に館内の非常灯を輝かせている。水道ポンプとかも多分あいつのおかげで動いてる。感謝してる。それはそれとしてネットが使いたい。


 しかし商品の情報を読んでも、それだけで使えるイメージが湧かない。電気の代わりに魔力でなんとかならんか、と思ったのだがならんかった。

 次はソーラーパネルの方を見てみるか。




 屋上に戻って太陽光発電システムの情報を読む。


 その結果、ずっと不明だった電力供給場所が明らかになった。

 普段使ってる食堂や宿直室からは離れているが、バックヤードの開かずの扉の奥にその区画はあった。

 問題はどうやって入るかだが……。


 扉の鍵の構造は情報としてすぐに鑑定できた。

 だけど俺は盗賊ではない。構造が分かっても針金で開けられるようなものではない。


 以前より身体能力が上がってるのだから壊したほうが早いか?

 難しそうだな。なるべく手間がかからない方法がいい。

 壁を通じて内部を鑑定したところ、窓が開いている場所があることが分かった。

 窓を割るのはあんまりやりたくない手段なので助かる。


 四階の上の屋上に登り、上から侵入するのは今の身体能力なら楽勝だった。

 中に入ると、まずは閉まっていた扉の鍵を内側から開ける。

 その後内部を調べに行く。


 ここは、このショッピングモールのオペレーションセンターであるようだ。

 普通の会社みたいな事務所。それに太陽光発電システムの設備もある。

 停電時に使う非常用コンセントが何箇所かに設置されていた。


 非常用コンセント……つまり俺が以前、普通のコンセントが使えないかどうか、半日かけて探し回っていたのは全くの無駄だった。

 人間は愚か。


 ネット関係の機器やPCをつなげてみる。ネット開通……ならず!

 まあそうだよな。封鎖地域の端のほうならまだしも、ここはど真ん中だ。

 地元の通信事業者もやられてしまっているだろう。


 コンセントが使えるならそれだけでも大進歩だ。

 屋外用のドラム型延長コードがあったので、それを食堂まで引っ張っていく。

 でもいきなりコンセントが増えても急に使い道が思い浮かばん。

 肝心のネットが死んでるのではなー。


 仕方ないので平べったい時計ことスマホを充電しておいた。




 充電が済んで電源を入れた途端、なんとスマホが使えるようになった。

 え? なんで?

 通知が山のように更新されている。

 110番にかけてみた。通じない。あ、電話は無理なのね。はい。


 理由を考える。普通は交換局だか基地局だかが死んでたらその地域でネットは使えない。でも各通信事業者は災害時用の、広範囲に電波を飛ばせる基地局を備えているはずだ。


 災害発生時はヒュドラの影響かなんかで電波という電波が使用不可能だったが、今は近隣地域からの電波でラジオもスマホも使えるということか?

 そして電話だけ使えんのは何故だ。単なる端末不具合だったりしてな。


 それはそれとしてなんだこの大量の通知。また炎上でもしたのか?


 だが届いていたのは罵詈雑言ではなかった。

 SNSにおける山のようなフォロー通知と数々の応援リプライである。否定的な言葉がほとんどない。興味本位の質問も大量にあるが、俺の状況を信じている前提のものが多い。そしてそれに劣らぬ量の励ましの言葉。

 なんでだ? なにがあった?


 あと長いこと発言してなかったので、俺が死んだ前提で話している者も多い。ああ、そりゃそうなるな……。こうして生きてるのでお悔やみの言葉はまだ早いんだが、これも感謝するところではあるよな?

 うーん、全部チェックするの難しいから、アパート壊された日くらいまで遡ってリプライ見てみればなんか分かるか?


 その結果、次のような事実が明らかになった。


 五月十五日、俺はショッピングモールでゲームセンターの電源を復旧し、色々なゲームを適当に遊んで帰った。その中にはオンライン対戦ゲームもいくつか含まれている。

 対戦相手の情報、といっても俺はユーザー登録をしていないのでゲスト扱いなんだが、それでも一部の情報は相手にも表示される。


 それは、ゲームの対戦相手が日本全国のどのゲームセンターからアクセスしているか――

 つまり『店名』が表示されるというものだった。


 この店名というやつは、機種によって後から設定変更できるものもあるらしい。だから、どっかの関係ない店舗が悪戯で他所の店の名前を騙ることも可能な場合がある。それによるトラブルを防ぐために初期登録から簡単には変えられない場合もある。

 基本的にユーザーには知らされない情報だな。


 俺が封鎖地域内のゲームセンターで遊んでいることに最初に気付いたのは、そのときの対戦相手の一人だった。その人は店員にその話をし、ネットでもその話をしたが最初は悪戯だと思っていたらしい。


 だが、その封鎖地域には現在絶賛炎上中の自称生存者が居るのだとすぐに知ることになった。

 この話は同じ対戦ゲームのユーザーという、ある意味狭い、しかし人数の多いコミュの中で静かに広まっていく。


 あのショッピングモールのゲームセンターに遊びに来たことがある有志の手で、店内にある筐体の種類がリストアップされていった。俺はそのとき既にネット不通状態だったのだが、俺のアカウントに直接質問する人は少なかったらしい。


 彼らはなんというか、人道的な理由ではなく面白半分で、俺の言っていることが事実なのか嘘なのか、妙な方面から徹底的に調べ上げようとしていたのだ。


 まあ、分からないこともない。

 別に彼らに限らず、死亡必至の危険地帯の中に生存者が居るかもしれないということに面白みを感じて、俺を話題にする者は結構いた。その好奇心は俺の助けになるかもしれないのだから、感謝こそすれ文句を言う気は全然ない。


 そして、リストに記された他の対戦ゲームのユーザーからも証言が挙がってきた。

 他にも気付いていてゲーム画面の写真を撮っていた者。

 当時は気付かなかったが公式サイトから対戦ログを確認したら店名が出てきた者。

 どこの店なのか把握はしてなかったが、店名はしっかり覚えていた者。


 最後のは、俺のプレイが重大なマナー違反だったらしくめっちゃキレていて、「店名覚えたぞコノヤロー」とか言ってたらしい。

 そんなことがあったのか……大変申し訳ない。

 防御固めてじっと待つのってあかんかったの? まあダメなんだろうな。

 どのゲームのことかすぐに分かってしまった辺り、俺もあの戦い方はないなって自覚がなくもなかった気がしないでもない。


 この騒ぎは各ゲームメーカーの知るところになった。

 ただしこんなご時世なのでメーカーからのコメントは控えさせてもらいます的な対応だったそうだ。

 でもそのうちの一社の広報アカウントの人が、『封鎖地域内の店舗からアクセスされているのを確認しました』とかポロッと言っちゃったそうなんだよな。

 現在ではその発言は削除されている。

 アカウント自体は存続しているが、中の人は変えられているのかもしれない。そうだとしたらなんかすまん。


 そんなわけで、ネット上のアーケードゲーマー内では――

『スネークが本物の封鎖地域内生存者(であったら面白い)と思う派』

 というよく分からんクラスタが発生していた。


『スネーク! なにやってんだ。早く帰ってこい』

『無事を願っています』

『噂の女子高生と思って見に来たのに別の封鎖地域じゃん! スネークはJKじゃないの?』


 まあそのなんだ。最後の奴。気持ちは分かる。

 でも内緒だけどな、この地域にはJKどころかマジもんの女神が居るんだぜ。


 ありがとう皆。世界復興したら俺もゲーセンで金落とすわ。

 そのために、今は俺に出来ることをするよ。

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