第3話 終末チキン
すごく腹が減ってきた。よく考えたら三日も気を失ってたのにカップ麺しか食べてない。色々行動する前にもう少しなんか入れておこう。
駅前の牛丼屋に入ってみる。店内放送は流れているが誰も居ない。いや、客席の椅子の上から滑るようにサラリーマンのスーツが落ちていた。カウンターの内側には、制服を羽織った店員のものであろう服が落ちている。割れたコップとか、他にも結構色々落ちてるな。
ま、営業してるわけないわな。店内には牛丼の匂いはするものの、三日もそのままでは腐るのも時間の問題だろう。
片付けておいたほうがいいかな。そんな考えが頭をよぎる。そんなことを考えたらキリがないのは分かっている。でもこの店の冷蔵庫とかには食材が入ってるはずだ。放置しておくのはもったいない……いや、俺一人で出来ることは限られている。どこかで食料を確保するにしても、ここじゃないだろう。
だってなあ、ここで調理場を漁ったら不法侵入だし火事場泥棒じゃん。今は非常時だけどそのうちひょっこり他の店員さんが帰ってくるかもしれない。
そう考えるとあれだな。食料確保はバイト先のコンビニでするべきだな。店長帰ってきたら事情話して支払いはツケにしてもらおう。
牛丼屋を出ると、自動販売機が目に入る。スポドリがあったので買って飲んだ。普段は飲まないけどな。今はなんか栄養ありそうなものを入れておくか、ってなったんだ。
「あ」
コンビニにスポドリくらいあるしそれをもらっておけば良かったのでは? 小銭を無駄遣いしてしまった。いや、街がこんな有り様で小銭がこの先役に立つかどうか、俺にも分かんないのだけども。
てなわけでバイト先のコンビニに帰ってきた。最初にやったことは服の片付けだ。店員二名、店の前にあった服もダンボールに突っ込んでカウンターの奥に置いておく。
服を拾うのに恐怖心がないこともなかった。具体的には服の中に死体の一部とかがあったらどうしよう……とか。重さ的にそんなことはなかったと思う。
だいぶ感覚が麻痺している。駅前とか服だらけだったからな。今俺は完全にパニックホラー世界の住人と化している。真相は分からないけども。そして俺は物語の登場人物に比べて冷静な気がする。
まあそりゃそうか。
パニックホラーとかいっても、別にゾンビも巨大ゴリラも出現していない。モヒカンもいない。俺の命に直ちに影響はないのだ。ジャンルとしてはなんだ? 人体を溶かすウイルスか? それとも服の中身だけUFOにキャトルミューティられたりしたんだろうか。
非現実的な思考だが、目の前の出来事が非現実的だからな。とりあえずメシ食お。
レジカウンターの容器には唐揚げとかのホットスナックが並んでいるが、三日間放置された揚げ物とか普通は食わない。ただ、今は非常時だ。この先は本当に食料が手に入らないかもしれない。食えるか食えないかだけでいうならこれは食える。
俺は少し考え込んだ。賞味期限切れだとか味の劣化だとか、元からあんまり気にするほうではない。でもリスクとコストはどうなる? 腹痛くらいで死にはしないだろうが、食ったほうが支払う体力コストが多くなったりしたらバカバカしい。
栄養よりも消化に使う体力の方が多くて、食べ続けると飢餓状態になる食べ物の話とかを思い出した。あれは与太話というか、机上の空論っぽい話だったような気もしたが。クジラとかも捕食行動で使う体力が多すぎて、少ない餌とかは食っても意味がないんだったか?
ホントかどうかは知らんけど面白い話ではある。
今の俺の状況とは似ているような似ていないような。コンビニチキンのケースの前で考え込むことだろうか。結論としては廃棄することにした。季節は春。ゴミ収集車は……来ないよなあやっぱり。
一応現在の拠点ともいえるコンビニの周辺が臭くなるのは避けたい。かといって離れたゴミ収集スペースに捨てるのはなあ……マナーが……不法投棄。
俺は今、いわばパニックホラー映画の主人公みたいな立場なのだが、考えているのは生ゴミの処理についてである。
普通に店のゴミ捨て場に捨てた。後のことは後で考えよう。腹が鳴った。
弁当の棚の前に行く。ホットスナックに比べれば弁当の賞味期限とか余裕。一番古いおにぎりをふたつと、横の棚に並んでいるホット缶コーヒーを取った。
事務所から椅子を引っ張り出して、カウンターを机代わりにする。袋をぺりぺりと剥がしておにぎりを一口。特におかしいところはない。普通の味だ。少しは劣化してるのかもだが、そんなのを感じ取れるほど上等な舌はしていない。食べ進めて出てきたシーチキンの味も問題ない。うまい。
昆布のおにぎりも美味しかった。ホット缶コーヒーを開けて口の中に流し込む。食ってる間は今の状況についてなんも考えてなかった。俺、落ち着き過ぎなのでは?
守るべきものとかなんもないからなあ。もし就職してたら……。就職してたら?
うん、それは想像できない。そうだな、大学入学した頃は浮かれてたからな。あの頃にこの事件が起きたらもっとショックだったかもしれない。
今は明日以降のメシはどうしよう、どうやって生きてこうかって考えてはいる。いるが、今のところ失ったものがないのであまり悲観的な気持ちが湧いてこない。
人が大勢死んだかもしれないのに?
でもそれも真相が分からないからなあ……。
おにぎりふたつでは足りないというか、まだ全然いけるが、日が落ちるまでにしておきたいことがある。夜に外を移動するのはちょっと、いやかなり怖い。
棚には賞味期限が切れてから最長で二日ほどのものが結構ある。今は余裕だが、いずれ駄目になる。食べ切れるはずがない。
サバイバル映画とかなら保存の効く缶詰とかを探したりするのだろうが、別に探さなくても売るほどある。それよりも、足の早い食べ物をどうにかしたい。勿体ないから。
棚に向かうと弁当類を片っ端から冷凍食品コーナーの隙間に放り込んでいった。これで今誰かが普通に帰ってきたら「何やってんの?」とか言われてしまうだろう。
だが駅前の惨状を見てから、俺は疑ったりはしていない。今は本当にヤバいことが起きているのだ。
冷蔵庫裏のバックヤードに入り、在庫をざっくりと確認する。だいたいは飲み物だ。もし停電が起きて食料が駄目になっても、缶ジュースだけでもひと月は生きていけると思う。
ま、そんなことをして凌ぐくらいなら避難所まで移動するべきだ。問題は、この人間消失現象がどのくらいの規模で起きているかだな。街ひとつ、市区町村くらいの範囲ならすぐ外に出れる。
でももっと広かったら?
あの日、震源地として多くの都市名がタイムラインに表示された。それとこの人間消失は無関係である、なんてとても思えない。無関係であってほしいとは思う。関連性があるなら、日本全国この有り様ということになってしまうからだ。
その割にはSNSのタイムラインは今日も普通に流れていたし最新のニュースも更新されていた。つまり日本全滅とかにはなっていないのだ。俺が割と落ち着いているのも、SNSの人らが普通に日常を送っているのを見たからというのが大きい。
無事な地域はある。だから必要そうならそこに逃げればいい。
どこへ行くかはネットで調べて決めよう。停電になったりしたらそれも出来ない。食料確保も重要だが街を調べるのはその後にしたほうが良さそうだ。
そうと決まったら家に帰るか。ふと、冷蔵庫の酒類が目に入る。
あれもまあ食料の一種だよな。アルコールは脱水症状になりやすいので、さっきの食事のコストの考えからいけば飲まない方がベターだ。
ベターなんだけど。
店のガスも当然のように止まっていたので復旧させると、俺は業務用フライヤーに火を入れた。
何をしてるのかって?
さっき食い損ねたホットスナックを揚げている。材料はたっぷりあるからな。外はサクッと中はジューシー、このコンビニチェーンの頭文字が入った名物チキンである。
もっとも他の系列チェーンでもほぼ同じものが食べられる。名前が違うだけだ。なんならウチのチェーンのほうがパクリだ。いいんだよ美味けりゃ。
チキンを二枚とメンチカツを一枚揚げると、レジ袋を持って缶ビールを三本、あとさっき冷凍庫に放り込んだレンジ用のラーメンをひとつ袋に入れた。カップ麺よりもたないから先に消化してしまおう。ついでに調味料の棚からタルタルソースを貰っていく。
今日はもう帰る。オツカレシター。
家に帰るとチキンとメンチを包丁でいくつかに切り分け皿に並べてタルタルソースを添える。皿を机に置くとPCをスリープから復旧させた。
SNSの画面が映る。トレンドは家を出る前に見たものとあまり変わらない。タイムラインは日常的というか、テレビ番組が放送延期になったとかゲームの鯖が落ちたとか、そんな会話がなされている。
フォローしているのがそういう層だからな。あんまりお堅い会話をする人は居ない。
缶ビールのフタをカシュッと開ける。コップに注ぐと、泡が落ち着くのを少し待ってから喉に流し込んだ。
染みる。
今日は俺の人生で最も奇妙な日だった。当然気疲れした。ビールが凄く美味く感じる。割り箸を割ってチキンを頬張る。
揚げたて……まあ揚げたてといってもいいだろう。
コンビニチキンとしては。
相対的に揚げたて。
外はサックリ中はジューシー。店で時間が経ったやつよりはずっと美味い。追ってビールをゴクリ。二切れ目はタルタルソースをたっぷり絡めて食う。ほどよい酸味が舌を刺激する。最高か。
飲みながら調べ物でも、と思っていたがマウスを動かすのがだるい。二本目、三本目とビールを開けてはチキンとメンチをつまみに飲み、シメのラーメンもレンジで温めてからやっつける。
だいぶ落ち着いた。三日分の栄養は取り戻した。栄養じゃなくてカロリーだけのような気もするがカロリーも大事だ。
おかげでよく眠れそうだ。ベッドに横になる。なんか忘れてる気もするのだが明日考えよう。
お休みなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。