③聖夜祭の準備

第48話 聖夜祭/『聖夜の告白』/ちょっとおかしな生徒会長さん

 ――聖夜祭。

 それは俺たちの高校に通う者にとって文化祭に代わる、最大級のイベントだ。


 クリスマスの時期に行われるこの聖夜祭は色とりどりな模擬店や企画で溢れて、たった一度の学園生活を謳歌するかのように全校生徒が熱狂する。


 そのイベントを伝統的に運営しているのが、生徒会であり……聖夜祭まで、残り二週間まで迫っていた。


       ◇          ◇          ◇


 生徒会室に入ると、何人もの生徒会メンバーが忙しなく作業をしていた。

 その中には、何か相談をしている日向と月乃の姿もあった。


「会長。一年A組から、メニュー追加の申請がありました。たこ焼きとお好み焼きだけど、どうしよっか」

「アルコール以外の飲食なら認められてるから、問題なしって伝えてくれるかな。でも、ガスは禁止だからIHの使用を徹底してね?」


 こうして見ると、如何にも優秀な生徒会長とクールな副会長、って感じだ。


「おつかれ。聖夜祭間近ってだけあって、やっぱり忙しそうだな」

「あっ、悠人。うん、知らない人とたくさん話さないといけないから、結構大変。だけど、会長の方がもっと引っ張りだこだから」

「生徒会長だからね。けど、月乃ちゃんがいてくれてすごく助かってるよ?」

「……ほんと?」

「月乃ちゃん、真面目に頑張ってくれてるから。他の生徒からも、無口だけど真剣に話を聞いてくれる、って高評価だよ?」

「…………」


 あっ、幼馴染だから分かるけど、これ本気で照れてるやつだ。

 月乃って、日向のことを本気で尊敬してるところがあるからなあ。日向に褒められるって、きっと特別なことなんだろう。


「けど、今年の生徒会長が日向なら、きっと良い聖夜祭になるな。何しろ、一人で準備を頑張り過ぎて体調崩しちゃうくらいだし」

「あはは……あの時はお世話になりました。お返しに、悠人君と月乃ちゃんが風邪をひいたら、私がたくさん看病してあげるね?」

「そっか、じゃあわたしも悠人も倒れるくらい頑張っても平気だね」


 ちっとも平気じゃないが……?


「でも、まだまだ生徒からの質問や要望は多いんだよね。聖夜祭用のメールフォルダ、五〇通くらい溜まってるんだ」

「五〇!? 日向、そんなに仕事があるのか?」

「頼ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、今度の休日を生徒会活動に充てないと間に合わないかも……」

「……じゃあ、一緒にする? 今度の休日、三人で」


 ぽつりと口にした月乃の提案に、俺も日向も目を丸くした。


「一緒にって、聖夜祭の準備をか?」

「うん。生徒からの疑問なら、副会長のわたしでも答えられるかも。そうすれば、ちょっとは日向さんの負担がなくなるよね?」

「私のためにそこまで……? 月乃ちゃんっ、あなたは最高の副会長だよ!」


 日向は月乃に抱きつくと、子猫を愛でるが如く頭をなでなでする。

 やめてあげてください日向さん、いつもの無表情だけど、月乃さん確実に照れてます。


 けれど、同時に俺は別のことにも驚いていた。

 あの人見知りな月乃が、誰かを休日に誘うなんて。俺の知る限り初めてのことだ。それくらい、日向のことを信頼してる、ってことだろうか。


 だとしたら、それは素直に嬉しい。

 俺と日向と月乃の関係は、三角関係として拗れてもおかしくないくらい複雑だ。それだけに、月乃が日向に対して親愛の感情があるのは、喜ばしいことだ。


 そう思っている時だ。後輩の槍原が「ちゃっすー」と生徒会室に入るなり、日向に数枚の用紙を差し出した。


「会長、おつかれさまでーす。これ、今日締め切りのやつですよー」

「ありがとう、槍原さん。じゃあね、月乃ちゃん。あとでまた連絡するね」


 日向が生徒会長の席に戻る。なんだろう、あの紙の束。


「槍原。さっきのやつ、何かの企画か?」

「ウチもよく知らないんですけど、生徒会が進めてる企画の参加用紙みたいですよ? 名前は、えっと……『聖夜の告白』、でしたっけ」


 あー、あれか。月乃もピンときたようで、俺たちは互いに顔を見合わせる。


「パイセンと月乃先輩、知ってるんですか?」

「うん、聖夜祭の恒例行事。聖夜祭の終わり頃に、生徒が屋上から叫ぶの。絶対に受験合格するぞ、とか。記録だと一番古い聖夜祭から存在してて、ある意味だと一番有名かも」

「へー! そんなのあるんですね、まるでユーチューブみたいじゃないですか」


 槍原が目を輝かせる。こういう派手なイベントが好きなのかな。


「じゃあじゃあ、もしかしてですけど……愛の告白、とかあります?」

「まあ、あるにはあるな」

「うわ、マジですか。なんか、これぞアオハル! って感じですね。……でもそれって、何か成功する前提っぽくないですか?」

「成功って、告白が?」

「だって、たくさんの人の前でフラれたらカッコ悪いじゃないですか。下手したら卒業までイジられるかもしれませんし。だから、実はこっそり付き合ってて、思い出作りで聖夜祭に告白するっていう生徒が多そうだなーって」

「恋愛事になるとやけに鋭いな、槍原」

「ま、ウチは名探偵ですから?」


 むふー、と槍原は決して小さくない胸を張る。


「んで、実際のとこどうなんです?」

「多分、それ当たってるな。実際、『聖夜の告白』の成功率ってかなり高いみたいだし。だから、今では絶対成功するって分かってる人しか参加しないらしいぞ」

「パイセン、やけに詳しいですね。もしかして興味あります?」

「……そんなわけないだろ。生徒会の人間だから嫌でも耳に入ってくるだけだ」


 そう、興味があるわけじゃない。正しくは、過去に興味があった、だ。

 何しろ、誠に遺憾ながら、今すぐ消し去りたい忌まわしい記憶ながら――俺は『聖夜の告白』で、日向に告白しようと考えてたんだから。

 そうすれば、成功しても失敗しても、日向への気持ちが吹っ切れると思ったから。


 今思えば踏み止まって大正解だし、もしかしたら日向と恋人になれるかも……なんて甘い幻想を抱いてた自分が馬鹿みたいだ。もし告白なんてしてたら「ごめん実は悠人君と家族なのー」とか言われて大勢の生徒の前で恥を晒すところだったぞ。


 と、月乃が澄んだ瞳で槍原を見つめながら、


「槍原さんは、『聖夜の告白』で告白したい人とか、いないの?」

「えっ!? い、いやいやっ! こんな場所で言えないですってば。月乃先輩、たまにトンでもないこと言いますねー……」

「そっか。じゃあ、後でこっそり教えてね?」


 月乃、やけに『聖夜の告白』に食いついてるな。小さな頃から異性とは無縁だったし、月乃が恋愛話に興味があるとは思えない。


 ……なんて、数か月前の俺なら考えてたと思う。

 けど、もう俺は知っている。月乃には好きな異性がいて、そいつに告白をしたってことを。

 今の月乃なら、『聖夜の告白』に興味を示しても何も不思議じゃない。


「でもそうか、『聖夜の告白』をするなら命綱とかちゃんと確認しなくちゃだな」

「命綱? なんですそれ、告白ついでに屋上からバンジーでもするんですか?」

「そうじゃなくて、フェンスの低い場所で叫ぶなんて危険すぎるってことで、命綱が必須になってるんだよ。ちゃんと安全面に考慮しないといくら聖夜祭でも――」


「ええ―――――――――――――――っ!?」


 それは、あまりに突然だった。


 生徒会室に、一人で書類を見ていた日向の叫び声が響き渡る。

 きーん、という耳鳴りが聞こえそうな沈黙の中。部屋にいた誰もが、唖然した表情で席から立ち上がった日向を、呆気に取られたように見ていた。


「……ひ、日向? どうした、急に大声出して」

「あっ――う、ううんっ! な、なんでもないから気にしないで? さっ、聖夜祭まであと二週間! みんながんばろー!」

「お、おう……」


 言いたいことは山ほどあったが、生徒会のみんなは女神の笑顔に流されて各々の作業へと戻る。

 けれど、やっぱり日向の様子はどこか変だ。

 日向は平静を装うように席についているけど、『聖夜の告白』の参加用紙の一枚をまじまじと見つめて、たまにある方向へと視線を送っていた。


 その視線の先にいるのは――月乃、だった。


「……~~~っ」


 日向は月乃を見つめたまま、何か言いたげに、きゅっと口を結ぶのだった。

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