第47話 予想外の出来事/ホラー映画の結末は/君のため

 どきどきしていない、って言えば嘘になる。だって、こんなの聞いてない。


 まさか、日向と手繋ぎで映画を見るなんて――やばい、今の状況を振り返っただけで顔が熱くなるのが分かる。

 緊張するな、ってのが無理な話だ。これは家族のラインを越えている。一体誰なんだ、恋人みたいに手を繋ぐ、なんて姉弟にあるまじきことをしだした奴は。


 俺だった。


 いや、違うんです。確かに俺から手を繋ぎに行ったけど、わざとじゃない。

 思った以上に映画が怖くて、つい日向の手を握ってしまっただけなのだ。


 ホラーが苦手な日向に付き合っている手前、情けない姿なんて見せたくなかった。だから、声が出るのを抑えようとしてつい力んでしまい……そして今に至る。


(……意識するなっていう方が無理なんだろうな、やっぱり)


 何しろ、日向は元同級生なわけだし。少しずつ家族らしくなってはいるけど、こうも距離が近すぎたらどうしても女の子として見てしまう。

 まあ、それは仕方ない部分がある。

 まだ俺と日向は家族になったばかりなんだから。


 だからって、初恋を思い出すなんてこと、もうないけど。


(とはいえ、この状況はちょっと……!)


 異性と手を繋いだ経験なんて、月乃を除けば、小学生の頃に運動会で女の子とフォークダンスを踊ったことしか思い出せない。日向とは初めてではないけど、それでも動揺はしてしまう。


 ……い、いやいや、何を考えてるんだ。日向は俺の家族だろ。

 日向だって俺のことは元同級生の弟としか思ってないだろうし、俺だけがテンパってたら日向に変な風に思われてしまう。


 やっぱり、平常心を保つためには映画に集中するしかない。幸い、今はホラーっぽい状況じゃないみたいだし。

 ……そう思っていたのに、予想してなかったほどの最悪な展開が待っていた。


 映画は終盤に差し掛かっており、主役であるカップルの二人は一緒に悪霊から生還しようと誓っていて――。

 あろうことか、ラブシーンが流れたのだ。

 それはもう、たっぷりと長い時間で。


「…………………」

「…………………」


 ベッドの中で絡み合う男女を前に、互いに手を繋ぎながらフリーズする二人。

 物凄い気まずさと沈黙。何か話さなければと、俺も日向も慌てて口を開いた。


「ま、まさかこんなシーンあるなんてな! まあもう高校生だし何てことないけど。いや、久しぶりに見たなー。もう今では平気だけどこの不意打ち食らう感じ久々だなあ!」

「う、うんうんっ! 子どもじゃないんだから、これくらい普通だよねっ。自分でもびっくりするくらい落ち着いてるもん、これも一つの愛のカタチなんだなあって!」


 まずい、喋れば喋るほどお互い泥沼に沈んで行ってる気がする。

 けど、動揺する俺の気持ちも分かって欲しい。どうして日向と手を繋いでる時に限ってそーゆーシーンが流れるのか。

 このまま黙ってたら、日向を異性として意識してるってバレバレじゃないか。


 けど、不幸中の幸いと言っていいのか、おかげで手繋ぎしてた時の浮ついた空気は完全に消え、ラブシーンが終わった後は自然に映画に集中出来ていた。

 それは日向も同じようで、ふわしばを抱きしめながらモニターを見つめている。


 映画の中では、先程まで愛を確かめ合っていたカップルが数々の怪現象に襲われ、彼氏の方が徐々に狂乱していく。彼女は必死になだめるが、彼の奇行は激しくなっていく。

 この辺りで、日向の映画を見る顔色が明らかに変わっていた。

 今まではただ怖がっているだけだったのに、その横顔には悲しみのような感情が滲んでいる。まるで、カップルの悲劇に胸を痛めるように。


 ――ホラー映画って悲しい結末も多いでしょ? それも苦手なんだ。


「…………………」


 夕食の時の日向の言葉を思い出して、さり気なく日向に手を近づける。今度は驚いたからではなく、純粋に心配だったから。

 そっと、日向が俺の手の甲に手を合わせた。


「ありがと、心配してくれたんだ? ……でもここまで見たんだもん、最後まで頑張ってみる。この二人がどうなっちゃうのか、ちょっと怖いけど」


 ……そこまで言うなら、日向の意志を尊重してあげたい。

 けど、日向の不安を煽るかのように映画は悲惨さを増していく。彼氏は狂気に犯され、悪霊に取り憑かれてしまう。二人暮らしをしていた彼女に他に頼る人間などいやしない。


 化物のような顔をした彼氏は、凶器を手に彼女に襲い掛かる。彼女は半狂乱で逃げ回るが、やがて――。


「……っ」


 心が軋んだような小さな悲鳴が、隣で聞こえた。

 あんまりだ、と思う。ホラーが苦手な日向がここまで頑張って、なのに映画は悲しい結末を迎えようとしている――だから、だろう。


 反射的に、俺は日向を自分の胸に抱き寄せていた。

 バッドエンドを、日向に見せたくなかったから。 


「あっ――」


 日向の息を呑む音と、映画から断末魔のような悲鳴がした。

 やがてエンドロールが流れて、我に返った俺は申し訳ない気持ちで口にする。


「ご、ごめん。俺でも戸惑うくらい、悲惨な終わり方になりそうだったから。その、勝手に身体が動いて……」

「……ううん、いい。多分、悠人君が隠してくれなかったら、私が目を逸らしてたもん」


 胸に顔を埋めたまま、日向が口にした。

 良かった。やっぱり、日向もつらかったんだな。


「どうだった? ホラー映画、友達と見れるくらいには平気になった?」

「分かんないけど、悠人君が付き合ってくれたからちょっとはマシになったかも。だけど、今度悠人君と映画を見る時はホラー以外がいいな」

「それは同感だな。俺もずっとハラハラさせられたし……色んな意味で」


 けど、弟としての責務は果たせたような気がするし、これで良かったんだろうな。

 ……それはそうと。


「あの、確かに俺が日向を引き寄せたけどさ。そろそろ離れてくれないと動けないんだけど……」

「ご、ごめんね? 今は、ちょっと動けないんだ。……多分、顔が赤くなってるから」


 そう口にする日向の耳は、真っ赤になっていた。

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