第46話 ホラーシネマ・パラダイス/日向の気持ち/だって家族だから
ホラー映画鑑賞会が行われたのは、それから数時間後のことだった。
俺の家では親父と暮らしてる時からアマプラに加入しているため、映画なら気軽に見ることが出来る。
ノートパソコンでホラー映画を検索してみると、ゾンビや幽霊が映ったジャケットがずらっと並んでいて、この段階でもう日向は泣きそうな顔をしていた。
「ね、ねえ、本当にこんな怖そうなの見るの……?」
「一緒に見てくれ、って言ったの日向じゃないか」
「……わざわざ怖い思いをするために自分から映画を見るって、人として間違ってる気がする」
世界中のホラー映画愛好家を全否定するようなこと言い出した。
数ある映画の中から、俺でも名前を知ってる有名な作品を見ることにする。
俺と日向はソファに腰を下ろし、テーブルに置いたノーパソを見つめた。
「じゃ、いくぞ」
「……う、うん」
風呂上がりでパジャマ姿の日向が、ぎゅっとふわしばのぬいぐるみを抱きしめた。
このぬいぐるみはいつか俺が日向にプレゼントしたもので、恐怖を和らげるために一緒に鑑賞することにしたらしい。ふわしばは恐怖を吸収する素材で出来てるのかもしれない。
けれど、パジャマ姿の少女がぬいぐるみを抱くその姿は、あどけない可憐さがあった。
……なんていうか、俺と日向はもう家族だけど。
可愛いな、なんてつい思ってしまった。
「よし、それじゃあ見るか」
無理やり思考を切り替えて、映画を再生させた。
画面に映るのは、幸せそうな二人のカップル。どうやら同棲しているらしい。
「この二人が、今回の犠牲者になっちゃうんだね……」
「いやまあ、そうなんだろうけど。改めて言われると悲しくなっちゃうんだけど……もっと素直に見た方が良くないか?」
「う~……どうか二人が何事もなく平和な人生を送りますように」
それホラー映画として問題があるような……。
けど、会話が出来るってことはまだ心に余裕がある証拠だ。
同棲している二人はある日、夜な夜な怪奇音に悩まされるようになる。そこで二人はカメラを購入し、元凶を突き止めるべく日常風景を撮影するようになり――と、この辺りで明らかに日向が緊張し始めたのが分かった。
「大丈夫か? 無理そうなら、電気くらい付けるけど」
「……ま、まだ平気。これ特訓だもん、もうちょっと頑張ってみる」
なんて言ってるけど、やっぱり怖いんだろうな。強く抱きしめすぎてふわしばがくの字に曲がっていた。
「あのさ、もう少し傍に寄ろうか?」
「……えっ?」
「隣に誰かいた方が、ちょっとは怖さも誤魔化せるかもしれないから。余計なお節介かもしれないけど……」
「……そ、そんなことないよ? えと、じゃあお言葉に甘えて」
お互いの肩が触れ合うくらい、俺と日向はすり寄る。お風呂上がりだからか、ふわり、と日向の優しい香りがした。
体温が伝わりそうなくらい近い、日向との距離。
……全く気にならない、って言えば嘘になる。昔みたいに同級生同士なら、きっと緊張で頭が真っ白になってただろう。
でも、別にこれくらいの距離感、どうってことない。
だって、日向は家族なんだから。
それより今は映画だ。気が付けば、物語はホラーっぽさを増していた。
「うわ、壁一面に血文字がびっしりと……。英語だから全然分からないけど、なんて書いてあるんだろうなこれ。もしかして、日向なら読めたりして」
「………………」
「……日向?」
「ふえっ!? なな、何のことかな悠人君!?」
どうしたんだろう。心ここにあらずって感じだけど……もしかして。
俺は一時停止ボタンを押し、小さく首を振った。
「やっぱり、もう止めとこうか。日向、限界が近いみたいだし。よく頑張ったよ、特訓の続きはまた今度に――」
「わ、私なら何ともないからっ! お願い、もうちょっとこのままで……!」
「そ、そうか? その割には、心ここにあらずって感じだったけど」
「う、うん。怖かったのはホントだけど、今は悠人君が近くにいてくれてるから。だから、大丈夫だよ?」
「……そっか。なら、エンドロールまで頑張ってみるか」
再生ボタンを押して、改めて映画を一緒に見る。
けど、やっぱりさっきの日向の様子はおかしかったよな……。大丈夫かな、日向。
◇
……なんて、ちっとも大丈夫なんかじゃなかった。
さっきまでは、不穏な映像や無音の演出のせいで怖くて仕方なかった。けど、今は映画を見てる時より胸がどきどきして、どうにかなってしまいそう。
理由なんて一つしかない。
すぐ隣に、悠人君がいるから。
(……こんなに近いなんて、遊園地の時以来かも)
悠人君のぬくもりが、すぐ傍に感じられる。それだけで、胸の奥からあったかいものが広がるのが分かる。
こっそり、悠人君の横顔を見る。
悠人君は映画に集中してるのか、映画から目を離さない。暗い部屋の中、真剣な表情をした悠人君の顔が、モニターの光に照らされている。
――やっぱり、カッコいいなぁ、悠人君。
(い、いやいや、そんな恥ずかしいこと考えてる場合じゃなくて……!)
悠人君が付き合ってくれてるんだから、特訓に集中しないと……そう頭では分かっていても、映画よりも悠人君のことが気になってしまう。
悠人君と一緒に映画が見たい――そんな本心を隠して、特訓なんて称して悠人君を映画に誘ったのに。まさか、こんなに緊張しちゃうなんて。
……ホントは、悠人君にそういうのを求めるのは間違ってるのかもしれない。私と悠人君はもう同級生じゃなくて、家族なんだから。
だけど、悠人君が月乃ちゃんとデートするって口にしたあの日から、何だか心がそわそわして落ち着かない。
いつか、月乃ちゃんが悠人君の恋人になるかもしれない――そう思うと胸がきゅっとして、二人のことばかり考えてしまう。
ただの姉である私に、悠人君と月乃ちゃんの関係を思い悩む権利なんてないのに。
……だけど。
(だからこそ、悠人君と一緒に映画を見るくらい、いいよね?)
悠人君のために料理を作ったり、ご飯を一緒に食べたり、二人で買い物に出掛けたり、おかえりと言って出迎えたり、寝るときにはおやすみって言葉を交わしたり。
そんな、同級生や幼馴染じゃなくて、家族だからこそ過ごせる悠人君との時間を大切にしたい。
だから、こんな近い距離で悠人君と映画を見たって許されるはず。
だって、家族なんだから。これが姉の特権なのだ。
(映画に全然集中してないじゃん、って言われたら否定出来ないけど)
見れば、映画の方は佳境に入ってるみたいだった。途中まで映画どころじゃなかったから物語の前後は分からないけど、登場人物の二人がパニックになっている。
その映像だけで、これから起こるであろう悲劇に不安を抱いてしまう。
けど大丈夫、すぐ傍には悠人君がいるから――そう思った時だ。ぎゅっと、右手があたたかい感触に包まれる。
突然、悠人君が私の手を繋いでいた。
……うん、大事なことだからもう一度言おっか。
悠人君が、私と手を繋いだのだ。まるで、恋人のぬくもりを求める彼氏のように。
(~~~っ!?)
驚き過ぎて、逆に声なんて出なかった。
食い入るように映画を見ていた悠人君は、私に視線を送ると、
「あっ……ごめん。もしかして、嫌だった?」
「う、ううんっ! そんなことないよ、いきなりでびっくりしただけだから」
どうして、悠人君は急に手を繋いできたんだろう。
……もしかして、私が怖がってるかも、って心配してくれたから?
もしそうなら、世話焼きな悠人君らしい。
悠人君が手を離そうとした直後、まるで引き止めるように、今度は私が手を握った。
「ま、待って。……もうちょっとだけ、このままじゃダメ?」
「……日向?」
「悠人君が手を繋いでくれてたら、怖いの我慢出来ると思うから。その、悠人君さえ迷惑じゃなければ、だけど……」
「えっ……そ、そっか。うん、日向がそう言うなら、俺は構わないけど。そのぬいぐるみも、日向にずっと抱き締められてて可哀想だしな」
「えへへ、ありがと。じゃ、悠人君の手もふわしばくらいぎゅってしても、平気だよね?」
うん、これくらいならセーフ。異性として悠人君を意識してなんかない。
だって、悠人君が家族として心配して手を繋いでくれてるだけなんだから。
悠人君と付き合ったらこんな風に映画を見てたのかなあ、なんて。ちっとも、これっぽっちも、一ミクロンも思ってなんかいない。それはもう、全っ然違うんだから。
……なんて、思っていたのだけど。
(っ! ゆ、悠人君、また手をぎゅって……!)
悠人君から強く手を握られる度に、胸が弾んでしまう。
告白すれば、映画なんかより、悠人君のことで頭がいっぱいだった。
(けど、まさか悠人君から手を繋いでくれるなんて……。ちょっと前までは、同級生の頃みたいな距離感だったのに)
悠人君も、私のことを家族だって思ってくれてる、ってことなのかな。
……そのせいで、こんなにどきどきさせられてるのだけど。
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