第49話 休日の三人/そわそわの理由/もしかして修羅場です?

 やがて、約束の土曜日。

 昼食を終えた頃には、私服姿の月乃が俺たちの部屋に訪れた。


「なんか月乃、いつもよりきちっとした私服だな。俺が夕食を作るときとか、毎回だぼだぼのセーターなのに」

「日向さんがいるのに、だらしない服装なんて失礼だから。あれは悠人の前だけだよ?」


 なるほど、月乃なりに気合いを入れて来たのか。良かった、いつも通りの月乃だ。

 それに比べて、日向は明らかに普段と違っていた。


「い、いらっしゃい、月乃ちゃん」

「こんにちは、日向さん。今日もお仕事、がんばろ?」

「う、うん! もちろんだよ、わざわざ遠いとこから月乃ちゃんが来てくれたんだもん。ここまで来るの、大変だったよね?」

「いや、日向。月乃の家ここから徒歩五秒くらいだし、遠くはないんじゃ……」

「あっ……そ、そうだったね! 月乃ちゃんとはお隣さんだもんね、あはは……」


 向日葵の女神とは思えない、苦笑いを浮かべる日向。

 最近の日向はずっとこんな感じだ。あの日――『聖夜の告白』の参加用紙を受け取った時から、やけに動揺している。


 それは、月乃も気づいてるようだ。あたふたする日向に、小首を傾げている。

 日向がお茶の準備のためにぱたぱたとリビングに去ったのを見計らって、俺は声を落として月乃に尋ねた。


(なあ、月乃。最近日向の様子がおかしいんだけどさ、『聖夜の告白』で何か思い当たることとかあるか? きっかけがあるとしたら、あの時としか思えないんだ)

(うーん……。もしかして、だけど)


 澄んだ綺麗な瞳で俺を見つめたまま、ささやくように月乃は言う。


(日向さん、誰かに告白されるんじゃないかな。『聖夜の告白』で)


 ……………………………。

 はい?

 日向が告白される? 『聖夜の告白』って、プロポーズが成功する前提の、実質隠れカップルの発表会なのに?


「それってまさか日向に恋人がいるってことじゃ……!?」

「ゆ、悠人。声が大きいよ。日向さんに聞こえちゃう」

「わ、悪い。ちょっとびっくりしたから……」


 待て、待て待て待て。日向が誰かに告白されるだって?

 それは――確かに、可能性はゼロじゃない。


 ということは、日向にこっそり付き合っていた相手がいた、ってこと? いや、絶対にそれはない。数か月も一緒に暮らしてる俺が全く気付かないなんて、そんなことあり得るか? だけど日向みたいな美少女なら彼氏の一人くらいいた方が自然じゃ――。


(ねえ、悠人。もしかして、日向さんに彼氏がいるかも、って心配してるの? 恋人になるのはもう諦めた、って言ったのに……?)

(い、いやいや、断じて違う単純に驚いただけだ! いやまあ、日向に恋人がいたら複雑な気持ちになるのは、否定できないけど……!)

(……ふーん)


 この話はここまで、と言わんばかりに月乃が歩き出す。その時、わずかに見えた月乃の横顔は、むすーっとしていた。

 もしかして、俺がまだ日向と家族になったことに未練がある、って思って怒ってる?

 待ってくれよ。俺は本気で月乃のことを――。


(ああ、もう……っ!)


 どこか拗ねたような月乃の背中を、俺は必死の思いで追いかけるのだった。


                  ◇


「え、えっと、全然ゆっくりしてくれていいからね? もしこの家で分からないこととかあったら、私が案内するから」

「ありがと、でも大丈夫。部屋の構造、わたしの家と同じだから」

「……そ、そうだよねっ! 月乃ちゃんも同じマンションに住んでるだもんね!」


 おかしいな。どうして家の主である日向より、客人である月乃の方が落ち着いているんだろう……。

 でも、俺だって日向のことをとやかく言えないわけで。


「――と。悠人ってば」

「はいっ!? なな、なんでしょうか月乃さん」

「生徒から寄せられた質問で予算のことがあったから。喫茶店で食器を購入する場合、申請すれば生徒会の予算を使うことは出来ますか、って」

「あ、ああ。それは難しいな。各企画の費用は全部そのクラスが出すことになるから」


 こんな風に俺も、心ここにあらず、だった。

 もしかしたら、日向が誰かと付き合っているかもしれないこと。そして月乃を傷つけてしまったかもしれないこと。二人の少女のことで頭がいっぱいだった。


 日向への初恋を忘れてないことは、否定しない。けど、それでも月乃と一人の少女として向き合ってるつもりでいたし、その覚悟だってあった。

 けど、結局はどっちつかずなまま、月乃を怒らせてしまっている。

 もしかして俺は、ただの最低な男なのか……?


「……? 悠人君、どこか痛いの? 滅多に見ないような顔してるけど……」

「いいよ、悠人なら大丈夫だから。それより、聖夜祭の準備を進めないと」

「う、うん、そうだね」


 日向と月乃がスマホで生徒からの質問メールを確認する。しかしせっかく三人で集まったのに、会話一つなく淡々と作業だけが進んでいく。

 こんな気まずい雰囲気、今まであっただろうか。いや、ない。


「な、なんかいつもより変な感じだね。……あっ、二人に相談したい質問があるんだけど、いいかな!?」


 日向は無理に話題を作るように、質問文を読み上げた。


「合唱のためにピアノの練習がしたいのですが、音楽室のキーボードが故障してしまいました。即急に代用品をお願い出来ませんか。……これ、生徒会の予算じゃ難しいよね。先生にお願いしても、購入まで時間がかかっちゃうし……」

「なるほどな、キーボードか。そういえば月乃って――いや、なんでもない」


 不意に言葉を飲み込んだ俺に、日向が訝し気に首を傾げた。


「月乃ちゃんがどうしたの?」

「えっと、月乃って電子ピアノ持ってるから。でも、私物を貸すなんて月乃に悪いし。どうしようかな、って思って」


 そう、何気なく俺が口にした時だ。日向も、そして月乃も、驚いたように俺に振り向いた。

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