第9話 生徒会/ウザかわな後輩/いつもと違う天使ちゃん
日向の朝食を美味しく頂き、月乃を起こした日の昼休憩のこと。
いつものように、昼食を食べようと日向が作ってくれた弁当を手に生徒会室に入った時だ。
「あっ、悠人パイセン」
数人の生徒会メンバーの中で誰よりも早く、槍原が俺に気づいて駆け寄った。
「パイセン、聞きましたよ。日向先輩と姉弟だったって」
「なっ……! 槍原、もうそのこと知ってるのかよ!?」
「ウチの学校じゃ、今一番ホットな噂ですよ? あの高嶺の生徒会長が、平凡な男子生徒の姉らしいって。パイセン、月のない夜道は気を付けてくださいね。日向先輩のファンに襲われるかもしれませんし」
嘘だろ。俺、まだ誰にも話してないのに。
多分、日向がそれとなく周りに話したんだろうな。それでこんなに噂が広まるなんて、それくらい衝撃的だったってことか。
「パイセン、本当に残念でしたね。……パイセンのことですもん、日向先輩のこと、本気だったんですよね?」
「……ああ、そういうことか」
なにしろ、俺が日向の弟である以上、失恋は確定されている。
「ありがとな、心配してくれて。けど、俺は何ともないから。っていうか、俺が日向に気があるなんて一言も言ったことなかったろ? 槍原は考え過ぎなんだよ」
「……良かったらおっぱい揉みます? ウチに出来ることとか、それくらいですし」
「揉まない。っていうか、仮にも生徒会の一員がそういうこと言わない」
「あーあ、残念だなぁ。パイセンなら日向先輩とくっつくって本気で期待してたのに。まあ、切り替えていきましょーよ。考えてみれば、日向先輩って攻略難度激高だったわけですし」
あっけらかんとした槍原の口調。
これでも、俺を励まそうとしてくれてるんだろうな。
「だから、元気出してください。生徒会のみんなも応援してますから」
俺がみんなに視線を向けると、生徒会の生徒たちは気まずそうに一斉に顔を伏せた。彼らなりに気を遣ってるのかもしれないけど、そんなに同情されると逆にへこむ。
ただその中で、月乃だけが事情が分からないとばかりに首を傾げていた。
もしかして、月乃は俺の噂のことを知らないのか?
でも、日向と姉弟だって打ち明けるなら、ゆっくり話し合える場所にしたい。いっそ生徒会室から連れ出そうか。
そんな風に、小説を読み始めた月乃を眺めてる時だ。
「まあ、ポジティブに考えましょうよパイセン。あの日向先輩がお姉さんだったんですよ? 家事とか得意みたいですし、ラッキーじゃないですか。女のウチですらお嫁さんに欲しい逸材ですよ?」
ぴたり、と。
視界の隅で、まるで固まるように。文庫本をめくる月乃の手が止まった。
どうしたんだろう、ちょっと様子がおかしいような。
俺が驚いていると、月乃は文庫本に目を落としたまま歩き出し、俺の隣の席に腰を下ろした。
「悠人。さっきの槍原さんの言葉、ほんと? ……日向さんが、悠人のお姉ちゃんってこと」
ああ、なるほど。さっきの槍原の会話が聞こえていたのか。
そりゃ驚くよな。優秀な生徒会長が、実は幼馴染の姉だったんだから。
「ああ、本当だ。俺も最近知ったんだけど、どうやら俺と日向は半分だけ血が繋がってるらしい。色々事情があって、今まで暮らしたことはなかったんだけどな」
「ふーん、そっか。そうなんだ」
……あれ、意外とノーリアクション?
ぱたん、と月乃が小説を閉じる。そして自分の席に戻ると、まだ手を付けていない購買で買ったサンドイッチを手に生徒会室を去ろうとした。
「まだ飯も食べてないのに行っちゃうのか? お前に話したいこと、たくさんあったのに」
「ごめん、用事思い出したから。日向さんのことなら、また今度聞くね」
そう言うと、月乃はさっさと部屋を出てしまった。
それまで無言でなり行きを見守ってた槍原が、ぽかんとしながら、
「わー、やっぱ月の天使ですねえ。ウチなんて初めて聞いた時大絶叫しちゃったのに、月乃先輩ってば表情一つ変わんないんですもん」
……なんか、ちょっとだけ寂しい。月乃とは小さな頃から、それこそ家族同然のつもりで付き合ってきた仲だ。俺に姉がいると知ったら、もっと興味を持ってくれると思ったのに、あんなに素っ気ないなんて。
そう軽く落ち込んだ時、部屋に生徒会メンバーである一人の後輩が入って来た。彼女は驚いたように俺たちを見ると、
「あの、さっき生徒会室を出ていく月乃先輩を見かけたんですけど……月乃先輩、様子が変でしたけど、何かあったんですか?」
俺たちが首を傾げていると、後輩の女子生徒は信じられないといった風に口にした。
「月乃先輩、にこにこと笑ってましたよ? 私、びっくりしたんですから! あんなに上機嫌な月乃先輩、初めて見ましたもん」
「えっ――」
にこにこって、あの月乃が?
その瞬間、生徒会室にいたみんなが、一斉にざわつき始めた。槍原が呆れたように、
「いやいや、流石にそれはないっしょ~。だって、あの月の天使だよ? 愛想笑いだって見たことないのにさ、くしゃみする寸前の顔を見間違えたとかじゃないの?」
「そんなトリッキーな見間違いしないよ! ほんとに笑顔だったんだってば。こんなことなら写メ撮っとけば良かったなぁ」
結局、誰も彼女の言葉は信じず話は流れてしまった。付き合いの長い俺でさえ、月乃が突然上機嫌になる理由なんて分からなかったし、何かの間違いだろうと思っていた。
まだ、この時までは。
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