第7話 二人暮らし/2LDK/ずっと前から好きでした

 俺と特別な関係になりたい。

 その日向の一言に、俺は戸惑いを隠しきれない。


「このままお姉ちゃんだってことを隠して同級生として過ごしてたら、いつか悠人君と離れ離れになっちゃうから。だから、悠人君と繋がっていたい、って思ったから」

「えっ――それって、家族として俺といつまでもいたい、ってこと?」

「……う、うん」


 恥ずかしさに耐えるように、わずかに俯く日向。

 日向の言葉が、ずっと頭の中をぐるぐると回ってる。日向が、俺と一緒にいたい。


「多分、悠人君が思ってる以上に、私は悠人君のこと尊敬してるんだよ? 生徒会で頑張ってる姿を、一年生の頃から見てきたんだもん。槍原さんとか、面倒見の良い先輩で助かりますよ~、っていつも言ってるよ?」

「あいつは俺のこと、イジりがいのある年上って思ってるだけだって」

「そういうところが、後輩に慕われる理由なんじゃないかな」


 くす、と日向が楽し気に笑みを零す。


「それにね、悠人君が住ませてくれないとちょっと困るんだ。私、帰る家が無くなっちゃったから」

「帰る家がない……?」

「悠人君と一緒に暮らしたいって話したら、お母さんと大喧嘩しちゃったから。家出みたいに家を飛び出してきたんだ」


 ああ、そうか。日向の母親が浮気をした親父のことを嫌うのは自然なことだ。その息子と娘が同居するなんて、母親からすれば気が気じゃないだろう。

 なのに、母親と喧嘩してまで俺と暮らしたいって言ってくれてるのか。


「あっ、もちろんずっとってわけじゃないよ? いつまでもお世話になるのも悪いし、せめて高校卒業までいさせてくれたら後は自分で何とかするから。……だから、ね」


 そこで、日向は深々と、まるで他人行儀に頭を下げた。


「だから、お願いします。食事なら毎日作ります。掃除や洗濯だって必ずします。部屋がないなら物置きが寝床でも構いません――この家に、住まわせてもらえませんか?」

「……………」


 こんな日向の姿、初めてだった。

 それほど日向にとって切実で、そして真剣な願いなんだろう。


「ごめん、それは無理だ。日向とは暮らせない」


 日向の肩が、微かに震えた。


「そんな条件で、日向と一緒に暮らしたくない。俺と日向が家族って言うなら、立場は対等なはずだろ?」

「……えっ?」

「敬語はもちろん、家事全般をするだとか、粗末な扱いでいいとか、そういうの全部止めてくれ。あと、日向のお母さんにも事情を説明して一緒に暮らす許可を貰って欲しい。日向とお母さんの二人の関係が悪くなるなんて、嫌だからさ」


 日向を安心させるように、精一杯笑みを浮かべる。


「それさえ大丈夫なら、小さな2LDKだけど一緒に生活してもいいよ」


 突然の同居の申し出に、まだ困惑してるのは否定できない。

 けれど、目の前の少女は頭を下げてでも俺と家族になりたいと言ってくれた。

 なら、俺もその覚悟と向き合って、手を差し伸べるべきなんだろうな。


 きっと、俺の憧れだった母さんなら、そうするはずだから。


 その時だ。ぽかんとしていた日向が、ぎゅっと俺の手を両手で包んだ。


「ひ、日向……?」

「良かった――ほんとに、良かったぁ……!」


 そう呟く日向は、感極まって泣きそうにすら見えた。


「ほんとはね、すごく不安だったんだ。どうして今更そんなこと言うんだ、とか言われちゃうのかなって。だけど、やっぱり悠人君は悠人君だった。私の知ってる、優しい男の子のままでいてくれて良かった」

「……べ、別に構わないけど。感謝されるほどのことじゃないし」


 俺がぎこちなく返事したことが気になったのか、日向が眉根を寄せる。と、日向は思わず手を取ったことに気づいたらしく、慌てたように離れた。


「わっ……! ご、ごめんね。つい舞い上がっちゃって。一応、昨日まで同級生だったのに、ちょっと距離感近かったよね」


 日向ははにかむと、


「でも、もう今までみたいにただの同級生じゃないよね? 今日から姉弟になったんだから、少しずつ悠人君と家族みたいな関係になれたらいいな」

「……家族、か」


 これから日向は、同級生でもなく生徒会長でもなく、姉さんとして俺と一緒に暮らすことになる。


 だとすれば――俺は、日向に話さなければいけない。


 今までみたいな同級生としてじゃなくて、家族として日向の隣にいるために。


「あのさ、日向。俺、日向にずっと隠してたことがあるんだ」

「……悠人、君?」


 俺の緊張が伝わったように、日向が戸惑ったように俺を見つめる。

 ああ、もう。これが生まれて初めての告白だっていうのに、まさか絶対に結ばれない相手に想いを伝えなきゃいけないなんて。

 一度だけ、深呼吸をした。


 さよなら、俺の初恋。


「俺さ、日向のことが好きだったんだ――初恋、だったんだよ」

「――――」


 まるで、世界が静止したみたいだった。

 日向は心を奪われたみたいに、息を呑んで俺を見つめていて……やがて、ぼっ、と顔が赤くなる。


「え――ええっ!? ゆ、ゆゆ悠人君!? わ、わたっ、私が好きって……!?」

「ずっと前から、日向のことしか考えられないくらい好きだった。出来るもんなら、今でも付き合いたいって真剣に思ってる」

「ふぇ!? つ、付き合いたい、って……!」


 恥ずかしさに耐えきれないように、日向が目を逸らした。

 やっぱり駄目だな。こんな日向を可愛いって思ってしまう自分がいる。


「ごめんな。こんなこと今更言ったって、どうにもならないのにな。だけど、日向への気持ちを隠したままなら、同級生同士だったあの頃から前に進めないって思ったんだ。俺はきっと、日向を一人の女の子として見てしまうと思うから」

「…………う、うん」

「だから、日向と家族になるためには、今までの片思いを諦めなきゃいけないと思うから。それまで、もう少しだけ待ってて欲しいんだ」


 俺にとって日向という少女は、昨日までは同級生で、今日からは家族となった。

 でも、その境界線は何処だ? 同級生だとか生徒会長だとか姉だとか、そんなのただの名称でしかなくて、日向の本質は変わらないはずだ。


 頑張り屋で、笑顔が可愛くて、他人と仲良くなるのが上手で、家事が上手で、胸が大きくて、頑固で、生真面目で、呆れるくらい真っ直ぐで、そして誰よりも優しい。俺が好きになったのは、そんな女の子だ。


 半分だけ血の繋がった姉だなんて関係ない。日向が日向であるのなら、俺は彼女に片思いをし続けるのだと思う。


「だから、日向に好きだって口にするのはこれが最後だ。俺は日向の弟になれるよう、自分の気持ちに折り合いを付けれるよう頑張る。でも多分、日向への想いはすぐに冷めないと思うから、それだけは理解してて欲しい」

「……そんなに、私のこと好きでいてくれたんだ」

「初恋、だったからな」

「ふ、ふーん。そうなんだ……」


 日向はやけにそわそわとしながら、


「うん、分かった。じゃあ、悠人君が私のことをお姉ちゃんだって認めてくれるまで、傍で見守ってるから。えっと、よろしくね、弟君」

「こちらこそ、姉さん。家族同士、仲良くやっていこうな」

「う、うん。……そっか、悠人君が私のことを好きだった、かあ」

「……日向?」

「あ、あんまりこっち見ないで。多分、顔が真っ赤だと思うから」

「……そ、そっか」


 ……こうして。

 俺は片思いだった初恋の同級生――そして実の姉である、日向と暮らすことになった。

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