第6話 同級生もとい、姉さん/日向さんはお料理上手/俺の母さん

 リビングに戻ると、真っ先に鼻についたのは、香ばしい匂い。

 見れば、日向がキッチンに立ちフライパンを振っていた。


「日向……? 料理、してるのか?」

「簡単な料理だけどね。もしかして、他人がキッチンに立たれるの嫌だった?」

「いや、そんなことはないけど。ただ驚いただけ」


 ご飯を用意するって言うから何処かの店でテイクアウトするのかって思ってたけど、自分で作るって意味だったのか。

 待つこと数分、俺の前にカルボナーラが運ばれてくる。いただきます、と手を合わせてフォークにパスタを絡めて一口食べる。


「――美味い」


 まろやかな牛乳とチーズの旨みと、ピリッとしたブラックペッパーの辛さが絶妙にマッチしてる。今までの俺は市販のソースで満足してたけど、手作りだとこんなに奥深くなるなんて。


「ほんとにっ? 良かったぁ、悠人君に私の料理食べてもらうの初めてだから、美味しいって言ってくれるか緊張してたんだ。あっ、勝手に材料使っちゃったけど、大丈夫だった? 今日の夕飯に使う予定だったらごめんね」

「いや、全然いいよ。俺ならこんなに美味しく作れないし、むしろ感謝してるくらいだ。日向って料理が上手だったんだな」

「私のお母さんって仕事でご飯が遅くなる時が多いから、中学くらいから自分で作ってるんだ。……ちなみにこれは、私と一緒に暮らすと料理には困らない、って悠人君にアピールしてるつもりだよ? 私と暮らせば、すごくお得だと思うけどなぁ」


 思わず、フォークを運ぶ手が止まった。


「……それは、凄い特典だな」

「でしょ? 今ならお米と洗剤もついてくるよ?」

「新聞の勧誘みたいだな、それ」


 思わず口元が緩む。やっぱり、日向は他人への気遣いが上手い。俺を和ませようとこんな冗談を口にするんだから。


「本当に、日向は俺の実の姉なんだよな?」


 日向は頷くと、鞄から一枚の紙――日向自身の戸籍謄本を取り出す。

 確かに両親の名前が記された項目には、俺の親父である『父・湊哲也』と記されていた。


「やっぱり本当なんだな……。俺が異母弟ってことは、日向はいつから気づいてたんだ?」

「実は、生徒会で初めて会った時から。私が中学の頃にお母さんが再婚したんだけど、その時に哲也さんとその息子について話してくれたんだ。まさか、高校で会うなんて思ってなかったけどね」


 じゃあ、俺だけ知らなかったってことか……。まあ、姉弟だなんて打ち明けづらいだろうし、日向もきっと悩んだ結果なんだろうな。


「ってことは、親父は別々の子どもを作ってた、ってことだよな……。うわ、複雑な気持ち。親父のこと好きだから、あんまり責めたくないんだけどな」

「そういえば、哲也さんって今は海外でお仕事してるんだよね? っていうことは、悠人君って一人暮らししてるの?」

「まあ、そうだけど。……? ちょっと待った。確かに俺に母さんはいないけど、どうして日向が知ってるんだ? 俺の母親のことなんて、月乃くらいしか知らないのに」

「――あっ」


 そこで、日向はあたふたと取り乱して、


「え、えっと、どうしてだっけ! そういえば、ずっと前に悠人君から教えてもらったことがあったような、無かったような……!?」


 そうだっけ。でも確かに、日向とは一年生からの付き合いだし、俺が覚えてないだけで身の上話を打ち明けたこともあるかもしれない。


「だったら、日向は俺の姉さんだし改めて言っておくよ。俺の母さん、病気で亡くなったんだ。だから、今はここで一人で暮らしてる」

「……うん」


 母さんがいなくなったのは、俺がまだ五才の頃だった。母さんは俺と暮らすために限界まで闘病をしてくれてて、いつも傍にいてくれたことを覚えてる。

 母さんの余命が短いことは、子どもの俺でも何となく理解出来て。だけど、母さんは自分の境遇を悲観したことは一度もなかった。

 誰よりも苦しくて怖いはずだったのにいつだって優しくて、そして亡くなる瞬間まで母さんは俺に微笑みを浮かべていた。


だから、俺の記憶にある母さんは、いつだって笑顔だ。


こんな人になりたい、って思った。

今でも母さんは俺にとって人生の目標で、そして憧れの人だ。


「って言っても、昔の話だし別に気にしなくてもいいよ。あとさ、一つ訊いておきたいんだけど、日向って浮気してた親父のこと、やっぱり怒ってる……?」

「うーん……正直に言うとね、あんまりお父さんって思えないんだ。会話したことなんてほとんどないし、親切なおじさんってイメージの方が強いかな。私が大人になるまで養育費を払い続けてくれてるみたいだから、そんなに悪い印象はないよ?」


 その言葉に救われたような気さえした。余命幾ばくもない母さんを看取って、俺を男手一つでここまで育ててくれたのは、誰でもない親父だ。

 たとえ世界中の人間から非難されても、俺は親父を責める気にはなれなかった。


「でも、信じられないけど、日向は本当に俺の姉さんなんだな。でもさ、もう一つ詳しく訊きたいことがあるんだけど――今更、どうして日向は俺と同居を望んでるんだ?」

「……悠人君と、特別な関係になりたかったから、かな」


 ……えっ?

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