1章 

①向日葵の女神と、月の天使

第1話 同級生/気になるあの娘/会長、プロポーズされたらしいですよ?

 週に一度だけある、生徒会活動の日。

 生徒会室に来た時、ある少女の姿を探してしまうのが俺の習慣だった。

 日向、もう来てるかな……そう、生徒会室を見渡した時だ。


「お疲れさま、今日も生徒会に来てくれたんだ」


 背後から、柔らかい澄んだ声音がした。


 驚きのあまりとっさに振り返れば、そこにいるのは一人の女子生徒。

 腰まで届きそうな、カラメルのような優しい栗色の髪。ぱっちりとした目は少女らしいあどけなさが残り、つい心を許してしまいそうな可愛らしい笑みを浮かべていた。


 朝比奈日向――この学校の生徒会長だ。


「あ、ああ。まあ、俺も書記になったからな。出来るだけ生徒会には顔を出さないと」

「うん、良き良き。じゃあ、生徒会頑張ろうね?」


 日向が生徒会室に入ると、「あっ、生徒会長~!」と一人の女子生徒がぱっと顔を明るくした。それが呼び水になったように、一人、また一人と加わっていく。


 そんな生徒会のいつも通りの光景を眺めながら、書記の席につくなり、隣にいた後輩の少女に声をかけられた。


「ねね、悠人パイセン。聞いてくださいよ、大ニュースですよ?」

 制服を着崩した、お洒落な見た目の女子生徒――槍原は、誰かに話したくて仕方ない、って感じにうずうずしていた。


「何だよ、にやにやして。そんなに面白い話なのか?」

「面白い、っていうかショッキング系ですかね。ほら、三年生に佐川先輩っているじゃないですか。バスケ部主将で、しかもイケメンっていう優良物件の」

「ああ、よくクラスの女子が話してるな。それがどうかしたか?」

「なんとですね、その佐川先輩がウチの日向会長に告ったらしいですよ?」


 がんっ。


「どしたんですか、パイセン。突然机にヘドバンしちゃって」

「……い、いや、別に。日向の話だったから、びっくりしたっていうか」


 おい、嘘だろ。日向が佐川先輩にプロポーズされた……!?


「へ、へえ、そうなのか。ちなみに、日向は何て答えたんだ?」

「いやー、実はウチも知らないんですよね。日向会長が佐川先輩に告白された、って噂しか聞いてませんし」

「なっ――おい、そんな話題振っといて知りませんって無いだろ」

「気になるなら本人に訊けばいいじゃないですか、そこにいるんですし」

「むっ……」


 そんなの、出来るはずがない。

 だってそれじゃまるで、日向と佐川先輩が付き合ってるのか、俺が気になって仕方ないみたいじゃないか。


「ほらほら、どうしたんですか~? 年上らしく堂々と訊いてきてくださいよ~」


 いつもながら失礼な後輩だな……いや、もう慣れたけどさ。


「まあ、佐川先輩が狙うのも分かりますけどねー。日向会長って全生徒の憧れですもん。アイドルくらい可愛くて、しかも勉強も運動も学年上位、おまけに胸まで大きいって完璧過ぎますって。あれ多分Eはありますよ?」

「ばっ……! おい、止せって。そういうの堂々と言うなよ」


 慌てて日向を見る。良かった、こっちの会話には気づいてない。


「何よりも、ですよ。そんなハイスペックなのがちっともイヤミにならないくらい、日向先輩って優しいんですよね」


 それが、日向が愛される一番の理由なんだろうな。

 誰よりも優しいからこそ、クラスの人気者にも、あるいは友達が少ないぼっちにも、分け隔てなく日向は笑顔で接してる。そういう光景を何度も見てきた。


「ま、だから大抵の男子は『あれ、俺でもワンチャンあるんじゃね?』って勘違いしちゃうんですけど。で、実は自分の手に届かない相手って気づいて失恋するんですよね。罪作りな生徒会長様ですよねー」


 がぁんっ!


 ノックアウトされるが如く、再び頭を打った俺に槍原はにやにやとしながら、


「んー? どうしたんですか、パイセン。なんかノックアウト寸前って感じ」

「おい、槍原っ。お前、俺のことからかってるだろ……!」


 にしし、と槍原は笑いながら、俺にしか聞こえないくらい声を落とす。


「パイセンが日向先輩に気があるの、生徒会のみーんなが知ってますから。ウチは断然、佐川先輩よりパイセンのこと応援してますよ?」

「……後輩の温かい励ましをどうも。全っ然嬉しくない」

「本気で言ってるんですってば。ここだけの話、パイセンなら可能性あると思いますよ? 日向会長、パイセンに気があるっぽいですし」


 そんなことない、日向は優しいからそう錯覚してしまうだけだ。

 そう自分に言い聞かせていると、槍原は、


「けど、綺麗な野花に見えて実は高嶺の花でした、なんて強敵ですね。流石は向日葵の女神、ってとこですね」

「向日葵の女神、ね。いつの間にか日向もそう呼ばれるようになってたよな」


 向日葵みたいに明るい笑顔で、誰にでも優しく接する少女って意味なんだろうな。日向と向日葵で名前にもかかってるし、やけに凝ってるあだ名だ。


「ほんと、女神と天使がいるなんて、まるで天国みたいですねこの生徒会」

「……天使?」

「あれ、パイセン知らないんですか? 最近、生徒会の中に『月の天使』って呼ばれてる美少女がいるんですよ? それはですね――」


 槍原が口にしようとしたその時だ。

 がらり、と扉の開く音がした。

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