【書籍化決定】初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる

弥生志郎

プロローグ

向日葵の女神と、俺と

 俺の高校には、『向日葵の女神』がいる。


 ……いや、もちろん女神っていうのは比喩で、ホンモノじゃないんだけど。


「そういえば日向さ、この間教えてくれた化粧水最高だったよ~! 最近合わないのばっかで泣きそうだったんだけど、すっごく助かっちゃった!」


 放課後の生徒会室。生徒会メンバーである女子生徒たちが、談笑していた。


 今は生徒会活動の終わりで、数人の生徒が残って雑談するのがお決まりの光景だった。まあ、俺は書記の仕事で黙々と作業してるだけなんだけど。


 そして、女子生徒に喋り掛けられた少女――朝比奈日向が、微笑みながら答える。


「そうなんだ、良かった。スキンケアが全然上手くいかない、って困ってたもんね。ちょっとでも役に立てたかな?」

「本当、日向はお肌の恩人だよっ。いや~、女神様は頼りになるな~!」

「も、もうっ! それ止めてってば、別に女神なんかじゃないってば」


 向日葵の女神――それがこの高校で一番有名な、日向のあだ名だ。


 成績は常に学年上位、容姿は見惚れるくらい可愛くて、生徒会長として生徒や教師の人望も厚く、おまけに家事まで得意って噂のある完璧少女。

 それが、日向っていう誰にでも愛される女子生徒だ。


 さて、そろそろ書記の仕事も終わりそうだ。そう一息ついた時だ。


「日向さ、この後予定って空いてる? 近くのカフェで期間限定のケーキが食べられるんだけど、一緒に行かない?」

「あっ……今日はちょっと無理かな。誘ってくれたのに、ごめんね」

「えー、そうなんだ。じゃあ明日にしよっか」


 友達と会話しながら、日向はスマホをタップする。と、俺のスマホがポケットの中で震えた。

 日向から、チャットアプリにメッセージが届いていた。


 ――今日の夕飯の買い物がしたいんだけど、付き合ってくれないかな?

 ――了解。校門前で待ってるから。


 そう返信し、仕事を終わらせて生徒会室を出る。


 日向が到着したのは、それから数分後のことだった。俺は軽く手を上げて、


「お疲れ。せっかく友達が誘ってくれたのに、良かったのか?」

「そろそろ食材を買わなきゃ、ちゃんとしたご飯が作れなくなっちゃうから。悠人君だって、夕飯抜きは嫌でしょ?」

「なるほど、それは勘弁して欲しいな。おっけ、なら荷物持ちなら任せてくれ」

「うんうん、お姉ちゃん思いの弟だなぁ」


 冗談交じりに口にして、くす、と日向は笑う。


 姉弟、って言っても俺たちは双子とかそういうのじゃない。ちょっとした事情があって一緒に暮らしてる、少し前までは同級生同士だった家族だ。


 正直、日向が姉だなんて、今だってすごい違和感だ。


「悠人君、今日は何か食べたい料理とかある?」

「そうだなぁ、そういえばこの前作ってくれたキノコのグラタン、あれ美味しかったな。また食べてみたいな」

「あっ、あれ気に入ってくれてたんだ。じゃあ悠人君のために作ってあげるね」


 夕暮れに染まる空の下、日向と肩を並べて帰途につく。

 本当、不思議な気持ちだ。


 まさか――初恋だった同級生と、家族として暮らす日がくるなんて。


「悠人君、どうしたの? 何か、ぼーっとしてるみたい」

「ああ、いや。日向と夕飯の買い物をするなんて、未だに慣れないからさ」

「あはは、そうかもね。私だって驚いてるもん。私たち、まだ家族になったばっかりだもんね」


 それも、ずっと片思いをしていた少女と、だ。


 日向は同級生で、生徒会長で、そして向日葵の女神で。俺みたいな何の才能もない男が好きになるには、あまりに眩しすぎる存在だった。


 けれど、一ヶ月前のあの日。俺と日向の人生は変わった。




 俺たちはただの同級生から――家族になった。

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