第2話 幼馴染/二人きりの生徒会室/嘘じゃないよ?

 その一瞬、生徒会のみんなが入り口に立つ女子生徒に目を向けた。


 肩に届かない程度の、透き通った綺麗な髪。宝石のような瞳は神秘的な輝きをたたえ、感情の読めない透明のような無表情をしていた。


 まるで、精緻な西洋人形のような少女――小夜月乃だ。


「………………」


 月乃は無表情のまま、生徒会のみんなにぺこり、と頭を下げる。

 一見無愛想に見えるが、みんなは特に気にした様子もない。この感情表現の乏しさが月乃の平常運転である、と理解しているからだ。


「ほら、パイセン。噂をすれば、ってやつですかね。月の天使のお出ましっすよ?」

「えっ、じゃあ、月の天使って月乃のことだったのか」

「ほら、月乃先輩ってなんか透明感があるっていうか、ミステリアスじゃないですか。月みたいに幻想的で天使みたいに可愛い、って感じです」


 ……うーん、そうかな。可愛いっていう点に異論はないけど、幻想的ってとこはピンとこない。月乃って、もっと親近感がある女の子なんだけどな。

 まあ、俺がそう思ってしまうのもある種仕方ないのかもしれない。


 だって、月乃は俺の幼馴染だから。


 すれ違いざま、俺は月乃に軽く挨拶をする。


「お疲れ様。今日もよろしくな」

「……うん、悠人もおつかれ。悠人も、それに槍原さんも。一緒に頑張ろ?」


 無表情のまま、月乃は自分の席に座る。隣の下級生の女子生徒が、恥ずかしそうにちらちらと月乃を見ていた。


「ほら、あの娘とか多分月乃先輩のファンですよ? 月乃先輩って、男子だけじゃなくて女子からも評判なんですから。お人形さんみたい、っていうか。ずっと鑑賞したくなる可愛さがありますもん」


 確かに、中学くらいから「月乃の幼馴染とか羨ましいわ」って友達に言われるようになったっけ。周りの男子からすれば同年代の女子は子どもっぽく見えるようで、月乃みたいに無口でお淑やかな女の子の方が好みらしい。


「月乃先輩の人気、凄いんですよ? 知り合いの男子に片っ端から『生徒会メンバーで付き合いたい女子は?』ってアンケ取ったら、日向会長に次いで二位だったんですから」

「そんなことしてたのかよ……。それに、そのアンケは不備があるぞ。知り合いの男子って言ってるけど、俺は槍原からそんな質問された記憶はない」

「……? だって訊くまでもないじゃないですか。どうせパイセンは日向会長に――」

「そういや今日はスーパーの特売日だっけなぁ! 忘れないように卵を買わなきゃな!」


 もうやだこの後輩、先輩の純情を弄んでくる。


「じゃあ、そろそろ時間だし生徒会始めよっか。皆さん、席についてください」


 日向の一声によって、生徒会のみんなが着席を始める。

 全員が見つめるのは、会長席にいる日向、そして副会長席にいる月乃だ。


「では、一〇月一〇日の生徒会を始めます。月乃さん、お願いします」

「はい。この時期は風邪や感染症が流行しだすため、毎年生徒会では予防を促進するためのポスターを作成しています。そのため、去年のフォーマットを基にポスターを――」


 月乃の丁寧な説明、そして日向の円滑な進行のもと滞りなく進む。

 とはいえ、大きな行事はまだ先のため、生徒会自体はあっさり終わった。


「では、来週に作成したポスターを貼り出すことにしましょう。皆さん、今日はありがとうございました」


 日向の挨拶を最後に、生徒会室ががやがやと騒がしくなる。

 佐川先輩の一件について、他の人に訊いてみようか。そう考えた時だ。


「ねっ、悠人君。ちょっといいかな?」


 一瞬だけ、心臓が跳ねた。

 大丈夫、落ち着こう。いつも通りいつも通り。


「ああ、どうかした?」

「予防促進のポスターだけど、去年とちょっとだけ内容を変えようかなって思ってるんだ。悠人君って書記だし、アドバイスしてくれないかなって」

「えっ、俺? 分かった、手伝うよ。生徒会長直々の頼みだしな」

「ほんとに? ありがと、優秀な書記がいてくれて幸せだなぁ」


 日向は微笑んで、生徒会室に設置してあるノートパソコンを起動する。

 そんな光景をぼーっと眺めていると、槍原がこっそり俺の脇腹をつつき、小声で喋る。


「ねっ、パイセンなら可能性ありそうでしょ?」

「……俺が書記だから声をかけただけだって。特別な意味なんてないよ」

「消極的だなぁ。じゃあ、幸運を祈ってますよん」


 槍原が別れの言葉を残して去ると、生徒会室に残されたのは俺と日向だけになった。他のみんなは帰ってしまったらしい。

 平常心を装いながらノートパソコンを覗く。画面に映るポスターのレイアウトを見て、思わず俺は目を丸くした。


「インフルエンザ予防接種の助成金手続きについて……? こんなの、去年のポスターには無かった気がするけど。もしかして、これが日向の言ってた?」

「うん、変更点。申請すれば割安で受けられるから、予防接種を忘れちゃう人が減ればいいなって思って。特に、受験生の先輩なんて大切な時期に倒れたりしたら大変だから」


 そのためにわざわざ調べたのか? 誰に頼まれたわけでもないのに。


「……なんていうか、日向って相変わらずお節介だな」

「むー。なんか、そこはかとなくバカにされた気がする」

「純粋に感心してるんだって。去年と同じテンプレでも誰も文句言わないのに、それでも改善しようとしてるんだから」

「あはは……生徒会長だから、かな。やっぱり、頑張らなきゃって思っちゃうよ」


 こんな日向だからこそ、生徒会のリーダーになれたんだろうな。

 向日葵の女神、なんて槍原もよく言ったものだ。日向は誰にでも優しいからこそ周りにたくさんの人がいて、誰もが日向のことを信頼している。


 だからこそ――俺も、日向を好きになった。


 けど、そんな日向に惹かれているのは俺だけじゃなくて。ついこの前、佐川先輩に告白をされたのだという。

 ………………。


「そういえば、さ。噂で聞いたんだけど、日向って佐川先輩に告白されたみたいだな」

「え――ええっ!? ゆ、悠人君、知ってたの……?」

「まあ、噂好きの後輩がいるからな。それで、日向は何て答えたのかなって」

「……私と佐川先輩が付き合ってるか、そんなに気になるの?」


 ぴしり、と。それはもう、石像の如く固まる。

 けどそれも一瞬、俺は世間話を装うようにパソコンで作業をしながら、


「いや、そういうわけでもないけど。ただ、槍原がやけに知りたがってたから、後で教えてあげようかなって。嫌なら無理にとは言わないけどさ」

「そ、そっか。えっとね――」


 はにかんだ日向の声を聞きながらも、俺はキーボードを打ち続ける。

 カタカタカタ、カタカタ。


「ごめんなさい、って断ったんだ。だから、佐川先輩とは何もないよ?」


 タンッ。


「ん、そうなんだな」


 あと少しでも気を抜いていたら、俺は全力でガッツポーズをしていたと思う。

 やばい、すごいほっとしてる。良かった、佐川先輩の告白断ったのか。


「もしかして、私が佐川先輩と付き合うかも、って思ってた?」

「……ほんのちょっとは。佐川先輩って人気者だし、日向とお似合いかもなーって。それに、日向なら恋人くらいいても不思議じゃないしな」

「……そ、そんな簡単に付き合えないよ」


 恥じらいを隠すように視線を逸らし、ぽつりと日向は口にする。


「好きでもない人と恋人になんてなれないもん。初めて付き合うなら、好きで好きで仕方ないって思えるような、そんな人が良い」

「……そ、そっか」


 あまりに純粋な言葉に、何だかこっちまで照れてしまう。


「な、なんちゃって! この話は終わりっ! 早く作業の続きしよ?」

「自分で恥ずかしくなるくらいなら言わなかったら良かったのに……」

「だ、だって、悠人君が言ったんだよ? 私なら恋人くらいいても不思議じゃないって。だから、ちゃんと説明しなきゃって思って……」


 そのために顔を真っ赤にしてでも話してくれたのか。生真面目すぎだろ、俺たちの生徒会長。


「それに、悠人君だから話したんだよ? 私は君のこと、誰よりも信頼してるんだから」

「そんな大げさな。俺なんて大したことないって」

「そんなことないよ、悠人君とは一年生の頃から一緒にいるんだもん。今では書記としてすごく頼りにしてるし、私にとって大切な人なんだよ?」

「……そ、そっか。まあ、日向がそう言ってくれるなら、嬉しいけど」


 駄目だ、まともに目が合わせられない。胸がどきどきしてる。


「だったら、日向のサポートが出来るように何とか頑張らなきゃな。不甲斐ない同級生だけど、どうかよろしく」

「……うん、そうだね」


 これで一件落着だ。日向が告白されたというささやかな騒動は終わりを迎えて、また今まで通りの日々を過ごすことになるのだろう。


 ……だっていうのに、だ。


 不甲斐ない同級生だけど、どうかよろしく――そう俺が口にした瞬間、日向が物憂げに俯いたのが、やけに心に残った。

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